4 騎士
数日後、騎士が言っていた『別の者』がクランに訪れた。
黒い髪に、帝国軍の真紅の制服がよく似合う青年だった。しかし表情は硬く、厳しい。じろじろとクランのメンバーに観察されても怖気づかない、むしろこちらを下がらせる威厳があった。青年は敬礼した。
「帝国軍第2部隊所属、ルーヴと申します。今回は帝国軍、クラン双方との架け橋として、貴方がたの監視を命じられました。以後よろしくお願いします」
黙っていたユーリッドがぼそっと呟いた。
「・・・・自分で監視って言ったよ」
「嘘がつけない馬鹿正直タイプなのね」
セレニアが納得したように呟いた。そこでキーファから鉄拳をくらう。
ルーヴはヴェイに視線を向けた。ヴェイの方も頭を掻き、気まずそうに言った。
「・・・・・よお」
「・・・・・どうも」
「お知り合いですか?」
アシュレイの問いに、ヴェイは曖昧に頷いた。
「まあ、昔にちょっと・・・・共同戦線を張ったことがある」
ルーヴは軽く咳をし、ヴェイに向き直る。
「では、早速ですが。我が帝国軍は、魔獣の巣窟らしき場所を発見しました。クランには、そこを突いていただきたいのです」
「帝国軍は何をしているつもりだ? 俺たちにやらせて後ろでふんぞり返っているのか」
「相も変わらず、帝国がお嫌いなようですね。ご心配なく、巣窟は二か所あります。一方を帝国軍が、もう一方をクランが。そういうことです」
「ほう・・・・・で、お前さんは? 監視らしく後ろで腕を組んでいるのか?」
ルーヴは首を振る。
「御冗談を・・・・私もクランの一人として戦います。その・・・・監視など必要ないと思いますから。上層部ではクランを嫌う人が多いですが、貴方に限って期待を裏切るようなことはしないでしょう」
ヴェイが不敵な笑みを浮かべる。ルーヴは実に居心地が悪そうだった。規律の厳しい騎士にとって、この開放感は落ち着かないのかもしれない。
「場所をお伝えします。帝国の西にリぺラージ大瀑布があるのはご存じでしょう。その滝の裏に穴があります。そこから湧き出ているようで・・・・これまで以上に強い魔獣がいるようですから、準備は万全に」
「ああ」
「伝えることは伝えました・・・・・では、後は貴方に任せますよ」
ルーヴはそう言って顔をそむけた。
「なんだ、お前が指示出すんじゃないのか」
「ここはクランです。私に決定権はありません。貴方たちはいつも通りにしてください。私は決定に異を唱えることはありません」
キーファが腕を組んで首を捻る。
「なんだか新しい反応だな」
「何が?」
ユーリッドが問うと、キーファは片手を広げた。
「今まで首領の前に出た人間は、大抵が『帝国一の英雄』と思って恐れ入っていただろう。あの騎士は、なんだか自然だ。よほど親しいのかね」
ヴェイは頷き、仲間を見やった。
「よし、出発は明日の朝だ。それまでは自由。ただし、魔獣の出現で駆り出すかもしれないから、それは覚悟しておけ」
メンバーは頷き、踵を返した。
アシュレイがその場に留まっていると、視線を動かしたルーヴと目があった。ルーヴはこちらに歩み寄り、アシュレイと正対した。
ルーヴは厳しい目つきでアシュレイをじっと見ていた。
否、彼はアシュレイを見ているのではない。彼の「内側」を透かし見ているようだった。
「ええっと・・・・・?」
困ったように声をかけると、ルーヴは真っ直ぐアシュレイを見やった。そして小さく囁いた。
「君は・・・・・何を身の内に飼っている?」
―――っ!?
ゼクトが息をのむ気配がアシュレイに伝わってきた。
「あの、何をおっしゃっているのか・・・・・」
アシュレイは咄嗟にとぼけようとした。ルーヴはそんなアシュレイを見やり、踵を返した。
「私からは何も言うまい。しかし、内なる声に従い、己を見失うことがないようにしろ」
ルーヴはそう言い残して歩み去った。
「あの人は、一体・・・・・」
アシュレイが呟く。と、ゼクトが言った。
―――人間には、人ならざる者の気配を察知する能力がある。多くは微々たるものだが・・・・・奴はずば抜けて長けているようだ。私の存在に気づいた。それも、確信を持って・・・・・。
(それは霊感ってやつかな)
―――人がなんと呼んでいるかは知らん。それに、私は霊ではない。が・・・・考え方はそれと同じだろう。・・・・奴に気をつけろ。この先、何をしてくるか分からん・・・・・。
アシュレイはヴェイと何か話すルーヴを見やった。アシュレイの中でルーヴは「危険人物」と認識されていた。
そのルーヴは、ヴェイに呼びとめられていた。ヴェイは声を低めた。
「・・・・お前、何か気付かなかったか」
「彼のこと、ですか」
ルーヴがちらりと後方に視線を送る。
「お前はよく分からないものを視ることができただろう?」
「・・・・・彼は危険なものを棲まわせているようですね。魔獣に近い・・・・そんな気配がします。・・・・気付いていたんですか」
ヴェイは頷いた。
「来てくれたのがお前でほっとしているところさ。あいつは穏やかなんだが、あるとき性格が豹変することが多くなってな・・・・何が何だか分からないんだ」
「ならば、それも含めて私が監視しています」
「いや、それはもうディーク・・・・・・っていう俺の片腕に頼んである。正体を探ってくれないか」
ルーヴは溜息をついた。
「感じることができても、詳しいとは限らないんですよ」
「それを何とかしてくれ。このまま放っておいたら、アシュレイが消えてしまうような気がしてならない。頼む」
ルーヴは腕を組んだ。
「・・・・大切な人なんですね。貴方には借りがあります・・・分かりました、なんとかします」
「助かるよ」
ヴェイが笑みを浮かべた。と、横合いから声がかかった。
「おい、そこの騎士さんよ」
ルーヴが振り向くと、そこにシルヴァスがいた。シルヴァスは腕を組んでむっとした様子だった。
「なんですか?」
「言いたいことがあるんだが・・・・・」
シルヴァスは怒ったように言った。ルーヴが思わず肩に力を入れる。
「魔獣のせいで怪我人が大量に出てやがる。治癒術師は俺しかいねえから、治療が間に合わねえ。悪いんだが、なんか医療器具や医療品を手配してくんねえかな」
そんな怒った顔で何を言い出すのかと身構えていたルーヴは、唖然として沈黙し、それからはっとして頷いた。
「そういうことなら、すぐ持ってこさせましょう」
「助かるぜ」
シルヴァスはそう言って踵を返した。ルーヴは顎を摘まんだ。
「・・・・彼は、治療師なんですか」
「ああ。シルヴァスって言ってな、クラン一の治癒術師で、クラン一口が悪い」
「喧嘩でも売られたのかと思いましたよ。それに、印象と役職が合ってない・・・・・」
「ははっ、あいつは四六時中不機嫌な顔をしているからな。だが、あいつこそ本当に優しくて、仲間の心配をしているんだよ」
ルーヴは嬉しそうなヴェイを見やり、顔をそむけた。
「なかなか個性的な人が多いですね。何かに取りつかれていたり、柄が悪かったり・・・・・」
「そのうちお前も慣れるさ」
「まっぴら御免ですね」
ルーヴは片手を振った。
★☆
夕暮れ過ぎ、ルーヴは野営地の真ん中にしゃがみこんでいた。ぶつぶつと不機嫌そうな表情で独り言をつぶやく。
「まったく・・・・・なんでもやるとは言ったが、最初に任されたのが夕食準備だなんて。優れた魔術師が何人もいるだろうに、どうして原始的に火起こしなんて方法をとっているんだ、このクランは・・・」
ルーヴは火起こし用の板を前に悪戦苦闘していたのである。上手なものはほんの数十秒で火を起こせるというが、生憎ルーヴはど素人である。どうやら野営経験の多い騎士だからと任されたようだが、野営をしたって火は魔術師が生み出した炎を利用していた。
とはいえ、火がなければこの後の調理ができない。なんとか火を起こそうとしたが、努力しても火がつく気配はない。
お手上げである。諦めてクランの者に任せようと腰を浮かせかけたとき、声がかけられた。若く、優しげな青年の落ち着いた声だ。
「大丈夫ですか?」
ルーヴは振り向き、声の主を見て身体を硬直させた。
「君は、先ほどの・・・・・」
たたずんでいたのはアシュレイだった。
「アシュレイといいます。ルーヴさん、ですよね」
「そ、そうだ」
「ヴェイもいきなり大変なことをやらせるものですね。火起こしは初めてでしょう」
「ああ。今ちょうど、誰か呼びに行こうと思っていた。火ひとつ起こせないのは情けないが・・・・・」
「これにはちょっとコツがいるんですよ」
アシュレイは微笑むと、ルーヴの隣に膝をついた。ルーヴは慣れた手つきのアシュレイに感心しつつも、じっと彼を観察していた。
先程自分が投げかけた言葉をまったく覚えていないような様子だ。あれだけ意味深なことを言えば、記憶に残って当然だと思う。だが、彼は気にした素振りがない。
それに、あの時アシュレイの身体を覆っていた赤い光―――常人には見えない、いわゆる霊感がもたらす力ではっきりと見えた、人ならざる者の気配―――それが跡形もなく消え失せていた。アシュレイの雰囲気も、先ほどとは少し違う。鋭利であり冷たく見えたアシュレイの瞳は、いまは限りなく優しさと穏やかさで満ちており、いかにも好青年といった印象だ。
(どうやら、内なる者に支配されているときと、その支配から解放されているときというふたつがあるようだ。いまの彼が・・・・・本物のアシュレイか)
ルーヴはそう解釈した。そうしている間にもアシュレイは作業を終えていた。
小さな炎が木から木に燃え移り、やがてしっかりとした焚き火となった。その手際には、さすがに驚く。
「はい、できましたよ」
「すまない、助かった。それにしても、なぜ火起こしなんて原始的なことを・・・・?」
「いつ何があっても、生き残るためです」
アシュレイは立ち上がった。
「クランとはぐれてひとり森の中に放り出されたとしても・・・・・火の起こし方、水の探し方、方角の見方、寝床と食料確保の仕方を身につけていれば、生きることができますから」
それだけ毎日、危険と隣り合わせの任務を行っているということなのだろう。ヴェイが新参のルーヴに火起こしをさせたのも、そういう意図があってのことと思われる。
「いかにも首領殿らしい考えだ。・・・・・ところで君は首領殿を名で呼んでいるな。親しいのか?」
気になっていたことを問うと、アシュレイは苦笑を浮かべた。
「親しいというか・・・・・窮地をヴェイとディークさんに救っていただきました。ですから、ふたりは恩人なんです」
このクランにいることを心から誇りに思っている。アシュレイの表情がそう語っていた。ルーヴもふっと微笑む。
「・・・・・そうか」
「はい。・・・・あ、そろそろ支度をしないと」
「支度?」
「食事当番なんです。急がないと夕食に間に合わなくなる・・・・・」
ルーヴは瞬きをした。
「アシュレイひとりでやっているのか?」
「大体はそうですね」
さほど苦ではないようだ。むしろ楽しんでいるらしい。気の利きそうな彼らしいとルーヴは思う。
「手伝おう」
「いえ、でも悪いですよ」
「遠慮しないでくれ。これからは私も共に戦うクランの仲間―――そう思ってくれたら嬉しい」
ルーヴの言葉にアシュレイが微笑んだ。
「有難う御座います。じゃあ、まず・・・・」
料理の手並みもアシュレイは鮮やかだった。包丁さばきから味付けまで慣れたものだ。
アシュレイがずっとアシュレイのままでいてくれたら―――ルーヴはなんの憂いもなく、彼と接していられただろうに。
アシュレイを取り巻く赤い光が、ルーヴを不安にさせていた。
テスト期間のため、本業である勉学に取り組みたいと思います。更新スピードが大幅に落ちると思いますが、ご理解のほどを。