6 未踏
有翼獅子の姿をしたゼクトが、地面に横たわっていた。しかし呼吸とともに、ゼクトを覆う赤い光がうっすらと濃くなったり薄くなったりしている。その光が小さく、消えそうになっていた。そして何より、ゼクトは傷だらけだった。ヴェイらがつけたものではない、明らかについ最近できたものだ。
『・・・・・アシュレイか』
ゼクトが薄く片目を開け、アシュレイを見やった。そして、彼らの剣に宿る霊水もとい酒を感じ取ったのか、しかしすぐに目を閉じた。
『ふっ、我らが酒の成分に弱いことに気付いたか・・・・・ついにとどめを刺しに来たな』
相変わらず威厳のある声ではあったが、弱々しく、起き上がる力すらないようだった。アシュレイが首を振る。
「違う、ゼクト・・・・お前を探しに来たんだ。この傷はどうしたんだ? 何があったか・・・・教えてくれないか」
『・・・・・』
「お前は僕に感情を送ってきた。僕が気付くことを狙って・・・・・違うのか?」
ゼクトはしばらく沈黙し、それから説明し始めた。
『お前たちとの戦いに敗れ、力を失った私は・・・・魔獣の統制を取ることが難しくなった。既に魔獣は、私が封印されている間に制御できる範囲を越え、強くなりすぎていた・・・・・その中で特に発達した魔獣は人に劣らない知能を獲得し、ついに私を排除し、人を滅ぼそうとし始めた』
「それで、怪我をしたのか・・・・・?」
ゼクトは僅かに首を上下させた。
『全部で5体・・・・・内の2体は、お前たちが倒したらしいな。だがもう、私でも奴らは止められん・・・・・』
それを聞いたルーヴが眉をひそめた。
「お前は確か、人を滅ぼすのが狙いだったのではないか? なぜ止めようとしている?」
『・・・・・私は魔獣を統べる王だ。その私が力を失くしているからと言ってその座を奪い、独裁しようとするのは、人間の世界では許されることか?』
「・・・・・考え方によるな」
ルーヴはそう呟いて腕を組む。ヴェイが皮肉っぽく笑った。
「随分と人間らしい例えを使うんだな」
『そこにいるお人好しに影響されたのかもしれんな』
アシュレイが頭をかいた。
「影響?」
『・・・・・見極めたかったのだ。もう少し、人という生物を・・・・・私の考えを察した奴らは、問答無用で人間を排除しようとしはじめた』
「ふん。とりあえず、お前はその魔獣を止めたいんだな?」
『・・・・ああ・・・・』
「ならここは一時休戦ってことにするか? 俺たちもそいつらを止めたい。共同戦線を張るっていうのは」
ゼクトは沈黙していた。しばらくしてゼクトは目を開ける。
『いま、お前たちに与えられる力は残っていない。取り戻すには時間がかかる』
「前に言っていたよね・・・・・」
と、アシュレイが前に進み出た。
「器の中に入ったほうが、早く力を取り戻せるって・・・・」
ディークがアシュレイの思惑に気づき、声を上げた。
「アシュレイ!? お前は、まさか・・・・・」
アシュレイは頷いた。
「もう一度・・・・・僕と一緒に行こう」
「馬鹿言ってんじゃねえっ! こいつは・・・・・っ!」
シルヴァスが叫ぶ。ゼクトは冷静にアシュレイを見やった。
『・・・・一度はお前を傀儡とした私を、再び身に宿すというのか。お前は・・・・・どこまでお人好しだ。魔獣をもいたわるお前の心・・・・・私はそこに付け込んでいたのだぞ?』
「勘違いしないでほしい。僕はお前を助けるつもりで言ってるんじゃない。ただ・・・・僕は魔獣の被害をなくしたいだけ。お前と利害が一致したから言っているだけだ。もう・・・・・お前に操られるような隙は、絶対に作らない」
ヴェイは何も言わない。ディークもその様子を見て、口をつぐんだ。
「魔獣をもって魔獣を制す・・・・か。協力が得られるのなら、心強くはある・・・・」
ディークは悔しげにつぶやいた。ゼクトは身を重そうに起こし、アシュレイを見つめた。
『・・・・・その心の強さを私に見せよ』
ゼクトはそう言うと、ふっと姿を赤い光に変えた。
光がアシュレイを包み込む。アシュレイの足から力が抜け、そのまま後方に倒れた。ヴェイがアシュレイを抱き起こす。
「アシュレイ・・・・・」
ヴェイが呟く。本当は、彼が一番止めたかったに違いない。それでもヴェイは、アシュレイの意思を尊重したのだ。
「・・・・・っ・・・う」
「大丈夫か、アシュレイ?」
苦悶の声を上げたアシュレイに、ヴェイが呼びかける。アシュレイは小さくうなずいた後、ふっと意識を失った。
と、外で爆音が響いた。ヴェイがはっとして顔を上げる。
入口に、ひとりの男が立っていた。シェルドと雰囲気が似ている。魔獣だった。
「お前は・・・・・魔獣か」
ルーヴが身構える。その男はふっと笑みを浮かべると、同じように身構えた。
『イリスと申します。人の身でありながら主を宿すアーレイの末裔をお渡しいただきたい』
シェルドとは違い、どこか人間味のある魔獣だった。ヴェイがアシュレイを庇いつつ立ち上がった。
「お前は単独でそれを行っているのか? 他の奴らと結託しているのか?」
『我らには、我らを率いる盟主がおります。私は彼に従うのみ。主を廃し、人を滅ぼす。そして新たな魔獣の支配者となる』
「ふん。考えることがますます人間臭い。つまり簒奪だな」
ヴェイは吐き捨てつつ、傍にいるディークに囁く。
「アシュレイを抱えたまま戦うのは難しい。とりあえず洞窟の外に出たいな」
「では、隙を作りましょう」
ディークがそう言って術符を構えた。
『煙』
それを放つと、洞窟内に白い煙が現れ、あっという間に視界を遮った。が、遮られたのはイリスのみだ。
『くっ・・・・・小癪な真似を』
「走れ! 外に出ろ!」
メンバーがそれに応じ、外へ走り出る。最後に出たディークがまた術符を投じ、入口を覆ってしまう。そして走りだす。
「くそっ、もうどっちがどっちか分からんな」
ヴェイが呟く。と、彼に背負われたアシュレイが、目を閉じたまま呟いた。
「そのまま・・・・・真っ直ぐ・・・・・」
「アシュレイ! 大丈夫か?」
アシュレイは小さく頷いたが、そのまままたぐったりとヴェイに身体を預けた。ヴェイはそのまま前を見据えた。
「行くぞ」
アシュレイの言葉に従い、彼らは前へ進んだ。前―――北へ。
「森を抜ける・・・・・・・え? 森を抜ける・・・・・?」
ルーヴが、自分で言って自分で驚いていた。前方の木が薄れ、視界が開けてきたのだ。キーファが呟く。
「おいおい、俺たちは誰も見たことの無い秘境を目にするのか」
「どうやら、そういうことみたいですね。地図上、この先は存在しないはず・・・・」
「大地は実は球形をしていて、このまま走っていたらアルシャインの砦がある南の森につながっていたりしてな」
ルーヴとキーファが先頭を走り、真っ先にその光景を目にした。
「・・・・・なっ・・・・・」
ルーヴが絶句する。他のメンバーも唖然としていた。ディークもそれを見て言葉を失う。最後尾のヴェイがようやくそれを見る。
「なんだ・・・・・? 街・・・・・?」
北の森を抜けた先・・・・・そこには、確かに街があった。一面が霧で覆われた世界。丘の下にはぼんやりと街が浮かんでおり、ファル・アレイ帝国とはまるで違う世界に出て来てしまったような雰囲気だった。
「森の先には、人の住む場所があったのか・・・・・」
「・・・・・とりあえず、降りてみましょうか。人がいれば話を聞きましょう」
最初に冷静さを取り戻したディークがヴェイを促す。ヴェイは頷き、傍にあった丘を下り始めた。
★☆
街に住む人々は、ヴェイらと全く違った服装だった。夏と言っても諸国に比べれば涼しい帝国の人々は、裾の長いコートを着ることが多い。上着一枚は考えられないのだが、この街の人々はそんな服の人物ばかりだった。北側のはずなのに南北が入れ替わっているようだ。明らかにアルシャインは浮いており、人々の好奇と疑心の視線を向けられた。
「まあ、貴方達変わった服を着ていますね・・・・・どちらからいらっしゃったんです?」
ひとりの若い女性がそう声をかけてきた。20歳前後だが、醸し出す雰囲気が明らかに天然でほわわんとしている。
「いや、よく分からん・・・・ここはなんて街だ?」
ヴェイの問いに、女性は答えた。
「シミュラの街です。あの、良ければ私の家へいらっしゃいますか? 実家が宿屋なんです。その眠っている方を休ませてあげてください」
ヴェイが目を見張った。
「それは願ってもないが、良いのか? こんなに人数が多いんだ」
「大丈夫です。うちの宿、お客さん来ないくせに部屋数だけは無駄に多いんです」
女性はにっこり笑った。「面白いお嬢さんだ」とヴェイは内心で思い、頷いた。
「助かる。よろしく頼むな」
「はい」
宿へ向かう途中、女性はオレットと名乗った。到着した宿は確かに巨大で、部屋も広かった。寝台にアシュレイを寝かせてやり、ヴェイは息をついた。室内にはディークとルーヴもいる。
「俺はヴェイ。こっちはディークとルーヴ。改めて礼を言うよ」
「いいえ、構いません。ところで、何処の方ですか?」
ヴェイは腕を組むと、うーんと唸った。
「俺たちも方向感覚が分からないんだが・・・・・傍に森があるだろう? あの森ってなんだ?」
「人は絶対に入らない場所です。抜けた先に何があるのか、私たちは誰も知りません」
状況は一緒か、とヴェイは思う。正直に告げてしまおう。
「俺たちは、あの森を越えてこっちに来た。俺たちの国でも、まさかこちら側に人が住んでいるとは思ってもいなかった。・・・・ま、そういうことだ」
オレットは驚愕して、2度「森の向こうから?」と聞きなおした。ようやく納得してくれたか、オレットは息を整えた。
「向こうに国があったなんて・・・・! どうしてこっちへ来たんですか?」
「悪い奴に追われて迷い込んでしまってな。ところで、こっちに魔獣っていうのは存在しているか?」
「魔獣・・・・ですか? いいえ」
ディークがルーヴを見やる。
「どういうことでしょうね。厳密に言えば隣国なのに、魔獣がいないなんて。それ以前に、どうしてお互いのことを知らなかったんでしょう」
と、寝台の上にアシュレイが身を起こした。そして静かに呟く。
「・・・・北の森に結界が施してあったんです。人は絶対に越えられない結界が・・・・・かつてゼクトが、魔獣を帝国の外に出さないため張ったものです」
「アシュレイ!」
アシュレイは閉じていた目を開けた。それを見て一同が息をのむ。アシュレイの瞳は、以前のように淡い紫だったのだ。その視線に気づいたアシュレイが、優しく微笑む。
「僕は・・・・・大丈夫ですよ」
「・・・・そうか。疑って悪かった」
「いえ・・・・・」
アシュレイは首を振った。ルーヴが問う。
「その結界のせいで、互いの存在は知られなかったということか。私たちは、ゼクトの存在のおかげで、こちら側へ来られたんだな」
「ゼクトはそう言っています。ここは魔獣の襲撃がない、平穏な世界だと。こちらには人だけでなく、魔獣も越えられないそうです。たとえ、あの言葉を話す魔獣たちでも」
「形成を立て直すには絶好の場所だな」
すっかり思案にふけったディークとルーヴは放っておいて、ヴェイは混乱気味のオレットに向き直った。
「こんなことまで頼んで申し訳ないんだが、こいつ・・・・・アシュレイに何か精のつきそうなものを食べさせてやってくれないか? 随分疲れ果てているようだからな・・・・・」
「はい。ちょっと待っていてください」
オレットはそう言って部屋を出た。
体よくオレットを追いだしてしまったことを、アシュレイは悟っていた。ヴェイは寝台に座り、アシュレイを見やった。
「・・・・ゼクトはどうしている?」
「大人しくしています・・・・・今は先に力を取り戻すことが優先らしいですね」
「じゃあ、ゼクトに言っておけ。事が済んで、お前がまだ人の滅びを願っているようだったらただじゃおかないから、考え直しておけってな」
しばらく目を閉じたアシュレイは顔を上げると微笑んだ。
「人間次第だそうです」
ヴェイは肩をすくめた。それから真面目に問う。
「身体はどうだ、アシュレイ。最初、お前熱を出しただろ」
「・・・・・少しだるいですけど、すぐに慣れます。もう2回目ですからね」
アシュレイはそう呟いた。ヴェイはアシュレイを片手で抱きよせた。
「・・・・・いつもお前一人に抱え込ませて悪いな、アシュレイ」
「・・・・・そんな暗い表情は、ヴェイらしくありませんよ。今回は僕が・・・・自分で選んだんです」
アシュレイは敢えて明るくそう言った。
戻ってきたオレットが持ってきたのは、ファル・アレイ帝国の食事とは似ても似つかないもので、ルーヴがひそかに「食べられるのか」と思ったものだ。しかし料理が趣味のアシュレイは興味津々で、「美味しい」と言ってそれを楽しんでいた。ありていにいれば激辛料理だ。
そのアシュレイの明るさは、半ば無理をしてそう振舞っていたのかもしれない。ヴェイが無理矢理アシュレイを寝台に押しつけると、アシュレイはそのまま眠ってしまった。オレットがそのアシュレイを見つめ、呟いた。
「アシュレイさん、早く元気になると良いですね」
ヴェイはオレットを見、首を捻った。
「察しの良いお嬢さん・・・・・で済ませるには、俺たちの話は雑すぎたと思うんだが。あの話で納得してくれたのか?」
「いえ、さっぱり。でも、ヴェイさんたちが悪い奴に追われて別の国から来て、アシュレイさんが大変な状況にある、とは分かりましたよ。それ以上はお客様との信頼にかかわるので聞きません」
オレットは飾った様子もなくそう言った。
「皆さん、また旅立たれるとは思うんですけど、いつまででもいていただいていいですからね」
「・・・・有難うよ」
オレットは頷いて部屋を出た。沈黙していたディークが、眠っているアシュレイを見やった。
「アシュレイがこれほど消耗しているのは、ゼクトとの同化のせいではなさそうですね。ゼクトが再生するためにアシュレイの力を使っている・・・・・そんなところですか」
「ルーヴ、アシュレイの中のゼクトは?」
ヴェイに問われたルーヴは頷いた。
「視えます。・・・・けど、以前のような禍々しい力は感じません。とても弱い光です」
ディークが窓枠にもたれかかった。
「どうしますか? ここは魔獣の襲撃がない場所・・・・・アシュレイの中のゼクトが力を取り戻すまで、ここにいますか」
「そうも言っていられんと思うな。ここは、俺たちが知らないだけでちゃんと実在している国だろう。別に帝国の時間が止まっている訳でもない。・・・・・となれば、早く戻って魔獣を何とかしないといけない」
ディークは頷き、窓の外の街並みを見つめた。霧で視界は悪いが、1年中こんなものだとオレットは言っていた。
「不思議ですね・・・・なぜか、異世界にいるような気分になってしまう。本当は、ここはゼクトの作った幻なんじゃないかって」
ヴェイは立ち上がった。
「よし、とりあえず、まずはアシュレイの目が覚めるのを待とう。全快させてやりたいが、そんな時間もない。動けるようになったらすぐ帝国へ戻る」
ディークとルーヴは頷いた。
翌日、昼過ぎになってもアシュレイは目を覚まさなかった。部屋には看病をするディークがいて、室内の書架にあった本を何冊か抜き取って読みあさっていた。
と、アシュレイが身動きをした。ディークは立ち上がると、寝台の傍に歩み寄り、そこにあった椅子に座った。
「目が覚めたか?」
「・・・・・ディーク・・・・さん。・・・・ヴェイたちは・・・・?」
アシュレイがぼんやりとそう問いかけた。
「ヴェイとルーヴなら街を探索しに行った。他も、まあ適当にやっているだろう」
「すみません・・・・・・ずっと傍にいてくださったんですね」
アシュレイが急に謝る。ディークは微笑んだ。
「どうしてお前が謝るんだ? 別にいい―――この宿には、随分と古い歴史書が置かれている。私はそれを読みあさるので精一杯で、街の探索などできるものか」
「・・・・・」
「昔はしょっちゅうだったじゃないか。アシュレイは怪我をしたり病気をしたり・・・・そのたびに、私がお前の傍についていただろう」
珍しくディークが昔話をして、アシュレイはくすりと笑った。それからディークが持つ歴史書に視線を送る。
「何が書いてあったんですか・・・・・?」
「古代文字だから全部は読み取れないが、帝国のことについて少し。別に異次元などではなかったな・・・・・かつては国同士で国交があったようだ。しかしそれはアーレイがファル・アレイを統一する前の話だ。そしてゼクトが結界を張った、と」
「どうしてそんな古文書が、この宿に・・・・・?」
ディークは首を振った。
「さあ。だが、古代語を読める者もいなかったから置物代わりだったのかもしれないな」
しばらく黙っていたアシュレイは、毛布の中から右手を出してディークに差し出した。
「どうした・・・・?」
「ゼクトが、ディークさんと話があるそうですから・・・・・・僕の手、握ってください」
ディークは目を見張り、アシュレイの右手をとった。アシュレイが目を閉じた瞬間、ディークの脳裏に声が響いた。
『驚いたな・・・・・いまだに古代語を読む人間が存在するとは。それに、失われたはずの符術を用いる・・・・お前は、なぜそこまで歴史に精通している?』
最初の言葉は、本当に感心したような響きがあった。ディークは内心で肩をすくめる。
(別に・・・・・興味があったからとしか言いようがない)
『お前の考えはいちいち的中している。アシュレイが弱っているのは、私が力を取り戻すために、アシュレイの生命力を使っているからだ。もうしばらく時間はかかるが・・・・再生を終えれば、アシュレイも力を取り戻すだろう。そうなれば私は今度こそ力を与え、お前たちの助けになることができる』
(あくまで助けだけか)
『魔獣が魔獣を倒すのには無理がある。同族同士で殺し合えるのは、人間くらいのものだ』
それは確かだ、とディークは思う。人間は己の欲のため、正義を振りかざす。そして人を殺すのだ。確かに、そんなことができるのは人間だけだが、それは人が個々の意思を持っているからだとディークは思っている。
『おそらく・・・・魔獣の新たな王を名乗った奴の名はセリオスだ。お前たちが言葉を話す魔獣と呼ぶのが、奴に従う者だ。残り3体、そいつらを倒さねば、セリオスには挑めまい。だから、実質魔獣を4体は倒さねばならんな』
(どこにいるかは分かるのか)
『・・・・・今はまだ分からん。力を取り戻したら、アシュレイを通じて知らせよう・・・・・』
ディークは頷きつつ、ふと首をかしげる。
(なぜ私に伝えたんだ?)
『お前は参謀だろう。それに、あの剣士に話は通じそうにないし、騎士には探られていそうで不快だ。その点、お前は尋常ではない知識を持つ。個性的な人間たちの中では最もまともだ』
(・・・・信頼していただけて光栄だ)
ディークはふっと苦笑した。ヴェイとルーヴは、色々な意味で話しにくいらしい。確かにヴェイは歴史に疎く、目で見たものしか信じられない。ルーヴとは、初対面からして苦手意識があったのかもしれない。
いよいよ人間臭い。ディークは、ヴェイと同じようなことを思った。
『私はこのお人好しに救われた。・・・・借りは必ず返そう。これ以上アシュレイが苦しまぬよう・・・・・さあ、そろそろアシュレイに代わろう。これ以上長く喋れば負担がかかる』
ゼクトはそう言い、気配を消した。それと同時にアシュレイが目を開く。ディークは手を離した。
「・・・終わりましたか・・・・?」
「ああ。・・・・アシュレイ、もう寝ろ。早く寝て、調子を取り戻してくれ」
ディークはそう言ってアシュレイの毛布を引きあげた。今の会話で、だいぶゼクトというひとつの意思を感じ取ることができたようだ。なんだかんだ言って、本当は自分を助けたアシュレイに恩義を感じているのだろう。
ゼクトを信じよう。ディークはそう思った。