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4 再会

 以前に比べ、魔獣も随分と大人しくなっている。王であるゼクトの休眠が影響しているのかもしれない。それでも活動的な魔獣も存在し、たびたび襲撃を受けたがどれも撃退した。ユーリッドが何よりも嬉しかったのが、アシュレイが再び、「勝利の合図」を一緒にやってくれたことだ。


 帝都へ向けて出発して14日、ヴェイはアシュレイに聞いた。


「方角は?」

「あっています。段々、近くなっている」


 ヴェイは頷きつつ、ちらりとアシュレイを見やった。


「・・・・お前はゼクトに操られていた。にもかかわらず、そんなになってゼクトを探そうとしているのはなぜだ?」


 アシュレイは沈黙し、首を振った。


「・・・・自分でも良く分からないんです。ただ・・・・あのゼクトが、こんな感情を僕に送るんだと思ったら、放っておけなくて。それに、例え僕の思い違いでも、一時は確かに僕を理解してくれていた。今度は僕が・・・・・人の強さを教えてやりたい」


 魔獣へのやり場のない憎しみと、変わりのない毎日への虚無感。自分でも気づいていなかったその感情に気付き、同調してくれた。あの日々は、不謹慎ながら満ち足りていたと感じる自分も、確かに存在する。今はそれに気づけたからこそ、同じ過ちを繰り返すことがないよう気を付けていられる。


「・・・・敵だった相手も信じられるのか?」

「・・・・信じたいだけなのかもしれませんが。ゼクトに何かあれば魔獣がどうなるか分からない。それだけは止めないと」


 アシュレイはそう言った。自分のように、魔獣の被害で独りになる人を減らしたい―――それがアシュレイの願いなのだ。


「・・・分かった。だが言っておくぞ。ゼクトに惑わされるなよ、いいな」

「ディークさんにも言われました」


 アシュレイはにっこり微笑んだ。


「大丈夫です。もう、絶対に・・・・・・」

「なら良いがな」


 帝都の南にひとつ街がある。小休止に立ち寄ったところ、ヴェイの元にひとりの老人が歩み寄ってきた。杖をついて足取りはおぼつかない。


「あの・・・・貴方がたは『アルシャイン』のヴェイさんですか?」

「『アルシャインのヴェイさん』は俺だけだがな」


 ヴェイが苦笑しつつ前に進み出た。


「どうした? 魔獣の被害にでもあっているのか?」


 老人は頷き、自分はこの街の町長だと告げた。街の傍に川があり、その上流地点に遺跡があるという。いつからあるのか分からないほど古く、今でも何人か街の者が調査に訪れているらしい。最近、そこに巨大な魔獣が出ると言うのだ。街の者で結成した討伐隊は全滅し、もう打つ手がないとアルシャインに声をかけたのだ。騎士にも声をかけたが、来るのが遅れているらしい。


「成程な。だからなんだか街に活気がないのか」


 それはアシュレイも先程から感じていた。前に来た時はこんなに静かではなかった。店は閉まり、人々が殆ど外に出ていない。


「にしても、騎士団が遅れるなんて、なってないな」

「ヴェイって、なんだかんだで騎士団を目の敵にしていますね」

「俺は政府の役人の大半が嫌いでね。ルーヴはいいとして、他は駄目だ」


 手厳しく言って悪態をついたヴェイは腕を組むと、メンバーを振り返った。


「多数決。行きたい奴は手を上げろ」


 その声で全員手を上げる。ヴェイはにっと笑って町長に言った。


「全員が賛成。というわけだ、行ってくるよ」

「ほ、本当ですか。有難う御座います。これで同胞の弔いができます・・・・・・!」


 町長が涙ぐみつつ頭を下げた。


 教えられたとおり、川沿いを進むと巨大な遺跡があった。空が見える分明るいが、雰囲気はバラクリフ王廟と大して変わらない。


「いかにも出そうだな」

「魔獣がですか? それとも霊ですか」


 ディークが肩をすくめて問いかける。ユーリッドがシルヴァスの代わりにアシュレイにしがみついた。


「あ、アシュレイ・・・・・」

「大丈夫だよ。みんな一緒にいれば、幽霊だって近づけないで逃げるよ」

「3歳児を慰めるような表現ね」


 セレニアがアシュレイの口ぶりに呆れるが、そのあとで「そうよね、みんな一緒だものね」と呟いたのを見ると、やはり怖いらしい。


 中に足を踏み入れると広い空間があり、吹き抜けの構造になっていた。二階はなく、地下へ延々と進むだけだ。


 アシュレイが剣の柄に手をかけた。


「妙な気配がします」

「だとよ。警戒しろ」


 ヴェイが後方を振り返って指示をする。


「どこから気配がする?」


 アシュレイは手すりから下を覗き込んだ。


「下です」

「降りるか・・・・・」


 アシュレイは頷き、ふたりで階段を下りて行った。メンバーが続く。


 しかし、どれほど下へ降りても魔獣は見当たらなかった。ディークがあたりを見回した。


「以前は何か祭事にでも使っていたんでしょうか。元々魔獣は棲みついていなかったようですね」

「ああ、だからこそ街の者が普通に調査できていたんだろう」


 アシュレイがふと階上を見上げた。キーファがそれに気づいた。


「どうした、アシュレイ?」

「いえ・・・・・今、何か物音がしたような・・・・」


 アシュレイは言いかけ、少女の悲鳴で口をつぐんだ。


「ちょ・・・・・ちょ、ちょっと! あ、あれ!」


 セレニアが悲鳴を上げ、後ずさりした。アシュレイが前に飛び出し、セレニアを庇って身構える。


 セレニアが見たのは、床に倒れた血まみれの人間だった。かろうじて人だと認識できるほど、酷く傷ついていた。そんな人が、この場所に何人もいる。アシュレイも思わず声を失った。


「街の人間か・・・・・・」


 ヴェイが呟く。キーファがセレニアとユーリッドを抱き寄せ、目を背けさせる。アシュレイは闇に目を凝らした。そして、僅かに揺れる気配を感じ、顔を上げた。


「気をつけてください。そこにいます」


 メンバーが身構える。重々しい足音とともに闇の奥から現れたのは、狼のような魔獣だった。しかし、とにかく巨大である。最も長身であるヴェイが見上げるほど大きい。


「様子がおかしい! 気をつけろよ!」


 ヴェイが声を張り上げ、飛燕を抜いた。


 キーファが狼に斬りかかる。狼は巨大な尾でキーファを叩き落とし、アシュレイに向けて前足を振り下ろした。アシュレイはそれを跳躍して避け、剣を一閃させた。足に一筋の傷ができたが、狼は露ほども思わない。


 壁を蹴って、今度は自分から狼に向かって剣を振る。狼の腕を避け、剣をつきこむ。アシュレイの攻撃は特に効果的だった。


「アシュレイの攻撃だけ通じるな。俺たちじゃびくともしない」


 ヴェイが呟く。その通りだった。そして、魔獣はアシュレイだけを狙っている。他のメンバーの攻撃にまったく構わないのである。


「なんでアシュレイだけ狙うんだよっ! こっち向けっ!」


 ユーリッドが叫んで銃を撃つ。ディークが術符を構えながら呟いた。


「血筋・・・・か?」

「血筋って・・・・アシュレイがギルバースの末裔とかなんとかって奴?」


 セレニアの問いに、ディークは頷いた。


「ギルバースは始祖アーレイの弟の家系。そしてアシュレイはギルバースの末裔・・・・つまり、アーレイの血も引いているということだ。魔獣はアーレイを憎んでいる。きっと、それが理由だな」

「・・・・でも、そんなのアシュレイのせいじゃない」


 ユーリッドが呟くと、ディークは微笑んで頷いた。


「そう、その通りだ。アシュレイに責任なんてない。だから、私たちが魔獣の復讐を阻止するのも自由だ」


 ディークはそう言うと、術符を放った。


(らい)


 激しく狼の身体に雷が落ちる。さすがに効いたらしい。魔獣の動きが止まる。アシュレイは剣を振り抜いた。


 魔獣が咆哮を上げる。そして大きく前足を振り下ろした。


 避けきれなかったアシュレイの身体をまともに捕え、アシュレイは壁に叩きつけられた。駆け寄ろうとしたヴェイやキーファを跳ね飛ばし、魔獣は痛みで起き上がれないアシュレイを追い詰めた。


「アシュレイっ!」


 ヴェイが叫ぶ。ディークが術符を投じて攻撃したが、彼は舌打ちした。


「駄目だ、効かない・・・・・!」


 アシュレイは何とか身体を起こし、剣を構えた。背中は壁についている。逃げられそうにもない。


 ―――ギルバースの末裔よ。


 脳裏に直接語りかける声。アシュレイははっとして魔獣を見上げた。


「言葉を・・・・!? ・・・・・っ!」


 頭が痛い。アシュレイは剣を取り落とし、床に蹲った。


 ―――我らを永遠に苦しめるアーレイの血を引く子よ。


 と、魔獣がいきなり強く光った。思わず全員が目を庇う。そしてそこに現れた者を見て、誰もが絶句した。


 そこにいたのは、ひとりの「男性」だったのだ。黒髪の、人間の男だ。しかし、気配が人間ではなかった。魔に属する、不気味なものだ。


『我が名はシェルド。アーレイの子よ、お前は憎い・・・・しかし、同時にお前は、我が主が力を貸した存在でもある』


 その男、シェルドはアシュレイの首を掴んだ。そして片手で引きずりあげる。


『我が主はいま我らの制御を怠っている。お前が主に代わり、我らを導いてはくれまいか』

「・・・・ゼクト、が・・・・・? 制御を、怠る・・・・?」


 アシュレイが苦しげに問い返す。シェルドは視線を強くした。


『我らの目的は人の滅び。そのために・・・・力を貸せ、アーレイの子』


 その瞬間、アシュレイの瞳が霞んだのを、ヴェイははっきりと見た。ヴェイは怒鳴った。


「アシュレイっ! その声を聞くなっ!」


 はっとしたアシュレイは我に返った。アシュレイは自分の首を掴むシェルドの腕を掴んだ。


「・・・・断る・・・・・」


 シェルドは表情を変えなかった。


「何をするかは・・・・・自分で決める」


 アシュレイはそう言うと、かろうじてついていた足で地面を蹴り、逆にシェルドを蹴り飛ばした。シェルドは一転し、地面に足を降ろす。


 ヴェイがアシュレイを庇い、刀を構える。


「大丈夫か」

「・・・・・は、はい・・・・・」


 アシュレイは頷いた。


 シェルドは無造作に腕を振った。その手に握られていたのは、漆黒の剣だった。そして一瞬でヴェイの懐に飛び込む。


 ヴェイはそれを防いだ。斬り返しながら、ヴェイは不敵に笑う。


「魔獣が人の形になって、剣を使うとはね。これは斬新な趣向をお持ちだ」

『口の減らない。貴様が主を斬ったのだろう』


 ヴェイは何も言わなかった。剣技でヴェイに勝つ者はいない。何せ「帝国一の剣士」なのだから。シェルドを徐々に追い詰め、何度も急所を突いた。にもかかわらず、シェルドは無傷なのだ。


 ヴェイが剣を突きこむ。正確にシェルドの心臓を貫いた。


「・・・・なっ・・・・!?」


 ヴェイが唖然とした。刀を引き抜く。血がまったく出ていなかったのだ。


「お前・・・・非常識にもほどがあるぞ、こらっ!」


 思わずそう怒鳴ってしまう。その時、頭上から水が降ってきた。雨のような雫だ。驚いてメンバーが上を見上げる。シェルドもまた、別の意味で驚いていた。


『なに・・・・・!? これは、まさか・・・・・』


 と、2階ほど上の手すりを飛び越える影が見えた。その影が持つ、ふたつの銀色の光。影は地面に着地すると、大きく剣を一閃させた。


 その一撃は、シェルドに致命傷を与えた。大きな斬り傷。血がとめどなく流れた。


『く・・・・・・失敗したか。だが、必ず・・・・・!』


 そう言い残し、シェルドはふっと消えた。


 先程アシュレイがふと上を見上げたのは、なんとなく彼の気配を察知していたからだ。飛び降りてきた人物は立ち上がると、剣を収めた。ヴェイはいまだ驚きから立ち直れず、ようやく口を開いて、


「・・・・よお」


 とだけ呟いた。


「・・・・・どうも」


 相手、帝国騎士ルーヴもまた、以前と同じように挨拶した。


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