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3 酒宴

 知らないうちに女性の心をつかむ男の敵であり、且つ男も羨むアシュレイにも、弱点はある。


 夏の猛暑も残暑に変わり、幾分か気温は下がってきた。その日、アシュレイは22歳の誕生日を迎えていた。


 いつもの4人のメンバーで依頼を終えて砦に戻ってきたアシュレイを待っていたのは、メンバーの歓声だった。


「よお、やっと帰ってきたな、アシュレイ」


 ヴェイが歩み寄ってくる。その左目にはもう眼帯がされている。


「あの・・・・これは何の宴会ですか?」


 アシュレイが聞くと、ヴェイが肩をすくめた。


「お前の誕生日だろ? ほら、座った、座った」

「は・・・・・? あ、そういえば・・・・・」


 アシュレイはようやく思い出した。ホールにはたくさんの料理が並べられていて、メンバー全員がいる。アルシャインはヴェイの人柄もあって、宴会の類が大好きなのだ。しかも、ルーヴからもらった報奨金が大量にあるので、いつもより豪勢だ。


 座っているだけというのは性に合わないが、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。クランの仲間がせっせと食事の大皿を運び、酒を運んでくる。


「アシュレイ、今日は一杯くらい飲んだらどうだ」


 ヴェイに言われ、アシュレイはぎくっと硬直した。彼が持っているコップには冷茶が注がれている。


「や・・・・あの、お酒はちょっと・・・・・」

「弱いんだったか? そういえばいつも茶しか飲んでないよな。今日はお前が主役なんだから、お前が飲んでくれないと俺たちも飲めないだろ」

「そう言ってもう飲んでるじゃないですか。本当に駄目ですってば・・・・前に飲んだ時酷いことになったのを覚えているでしょう?」

「お前は気分が良くなるタイプじゃなくて、すぐぶっ倒れるタイプなんだよな?」


 横合いからシルヴァスが顔を出す。すでにほろ酔い気味である。宴会と言っても、それは名ばかりでただ騒ぎたいだけなのだ。アシュレイは未成年を脱して最初に酒を飲んで懲りてから、酒は誓ってやめていた。だがヴェイや、あのディークですらザルなので、どんなに辞退してもヴェイの押しには負けてしまう。


 結局断れず少しだけ口をつけた。葡萄酒を一口。咀嚼した途端にかあっと身体が熱くなり、すぐにアシュレイは頭を押さえた。


「う・・・・・」

「・・・・ヴェイ、無理に飲ませないでやってください。アシュレイの悪酔いは確かに酷い」


 ディークがそう口を挟む。ヴェイは頷き、アシュレイの背中に手を置いた。


「酔うのが早いなあ。・・・・・大丈夫か?」

「・・・・た、多分・・・・・いえ、もう無理です・・・・」


 その様子を見たユーリッドが、隣にいるセレニアに言う。


「アシュレイにも駄目なものってあるんだね」

「そりゃあねえ」


 ふたりが口にしているのは果汁のジュースだった。アシュレイのあの酔いっぷりを見ていると、酒には手を出したくないな、とユーリッドは思う。


 宴会は真夜中まで続いたが、その途中でアシュレイは音を上げていた。酒による心地よさではなく不快感で、ヴェイの傍の床に横になり、眠ってしまったのだ。しかし、酒の影響だけではないのかもしれない。多少の疲れはあっただろう。


「ふっ・・・・まだまだ子供だな」


 アシュレイはきまって酒を少しでも口にすると真っ青になってしまう。ヴェイはそう言って肩をすくめると、ディークを呼び、彼が持ってきた毛布をアシュレイにかけてやった。あたりでは他のメンバーも眠りこけていて、だいぶ静かになっている。年少組はとっくに部屋に戻っていた。いまだに飲み続けているのはヴェイとディークくらいだ。


「こうして見ていると、初めて会った時のことを思い出すな。あいつ、あの時もこんな顔をして眠っていたな。・・・独りなんだって思いこんでいた時のあいつは・・・・・こんな風に、辛そうにしていた」

「これは辛いというより、悪酔いしたんでしょう。・・・・そんな風に昔を思い返すとは、貴方も老いたのでは?」

「それはお前もだろ」


 ヴェイとディークはふっと微笑んだ。


「無理矢理酒を飲ませた理由はなんですか」

「ん?」

「まさか、アシュレイが酒に弱い質だと忘れていた、とは言わせませんよ。こんな無理やり飲ませて寝かしつけるなんて、貴方らしくもない」

「ははっ、別に寝かしつけたわけじゃないさ。良い気分になってはしゃいでくれたらいいのになあ、と思っていたが・・・・・やっぱり駄目だったか。料理の中に入っている料理酒でもひっくり返るからなあ。どこまで純情なんだか」

「けど、キーファに聞きましたよ。なんでも街に思い人がいるんだとか」

「ほう・・・・やるところはやっているんだな」


 アシュレイが聞いたら真っ赤になって断固否定するだろう。ヴェイはふっと息をつき、グラスを傾けた。


「いつの間にかでかくなって・・・・・まったく。これがあれか、子供が離れていく時の親の心情か?」

「そう言う台詞は、ちゃんと人の親になってから言ってください」


 ディークはそう言いつつ、ふとヴェイに視線を送る。


「貴方も珍しいですよね。一見軽薄そうな男なのに、誰とも関わったことがないというのは」

「酷いな、おい」


 ヴェイが苦笑した。確かにヴェイは今までに浮ついた噂はひとつもない。ヴェイはグラスを置いた。


「俺は物心ついた時から剣だけだった。戦うことしか考えてなかったし、実際、ここまで戦い以外のことをしたことがない。魔獣だって生きている。それを多分、俺は国で一番殺してきた。誰かを好きになる資格はないと思ってな」

「ヴェイ・・・・・・」

「だから、少しアシュレイが羨ましい。まだ、他人に深くかかわりたいっていう気持ちが残っているんだからな」


 ヴェイはあえて「狩る」ではなく「殺す」と言った。ヴェイはヴェイなりに、その罪について悩んできたのかもしれない。ディークは今更ながらそう思った。


「・・・・1度、帝都のご実家に戻られてはいかがですか。私が偉そうに言えることではありませんが、一人残された母君のことを、少し考えてみては」

「本当に、お前には言われたくないな。故郷と、ガキのころの生活を捨てたのは・・・・・お前もだろ、ディーク」

「・・・・・そうですね」

「お袋のことは心配するな。出来のいい世話係がついてる」


 ヴェイはそう言い、残った葡萄酒を一息で飲み干した。


「・・・・さて、そろそろお開きにするか。俺はアシュレイを部屋に連れていく。お前もそろそろ寝ろよ」


 ヴェイはそう言うと、毛布ごとアシュレイを背負った。そしてディークに片手を上げ、立ち去った。ディークはグラスを手に取り、呟く。


「誰かと深くかかわりたい気持ち、か・・・・・私には・・・・まだあるんだろうか」


 呟きつつ、ディークがぐっと一気に飲み干し、グラスを空にした。


★☆


 アシュレイは何とも心地の良いまどろみからほんの僅かに覚めた。が、目が開けられないし、起きたいとも思わない。


(ちょっとくらい寝過しても良いよね)


 アシュレイはそう思いつつ、またうとうととまどろんだ。そしてふと思う。


(あれ・・・・・? 僕はいまどこで寝ているんだろう・・・・?)


 確か昨日は自分の誕生日で、宴会を開いて、ヴェイに無理矢理酒を飲まされて、それから―――どうしたのだったか。


(・・・・まあ、いいかな・・・・)


 もうひと眠りしようとした時、妙にはっきりと声が響いた。


「おい、アシュレイ。目ぇ覚めたんならもう起きろよ」

「・・・・・・う・・・・・ん」


 アシュレイは呻きとも返事とも取れない声を無意識に漏らすと、毛布を引っ張って寝返りを打った。


「ったく、子供かっての」


 盛大な溜息。アシュレイは薄く眼を開け、相手の青年を見やった。


「・・・・シルヴァス・・・・?」

「俺以外でこの部屋にいる奴があるか」


 アシュレイはようやく寝台の上に身体を起こした。アシュレイはシルヴァスと同室なのである。ということは、ここは自室だ。アシュレイは自分の金髪を無造作に掻きまわし、ぼんやりと呟いた。


「あれ・・・・・? 昨日お酒を飲んで、それから・・・・・」

「だから、お前がホールで寝やがったから首領がここまで運んだんだっ。よくグラス一杯で記憶が飛ぶほど酔えるよな」

「ちょ・・・・・やめて、頭に響く」

「俺だって久々に二日酔いなんだっつーの。お前が昼になっても起きないから、ここで看ておけって言われてたんだよ。ほら」


 シルヴァスが冷水の入ったコップを差し出す。それを飲むと少し気分がすっきりした。アシュレイは息をつき、幾分正気に戻った。


「もう昼なのか?」

「ああ。今日ほど無意味な1日はないぜ・・・・・?」


 シルヴァスはつまらなそうに欠伸をすると立ち上がった。


「なあ、散歩行こうぜ」

「散歩・・・・・?」


 あまりにシルヴァスに似合わないことを言ったので、アシュレイは目を見開いた。


「今日はいい天気だぜ。二日酔いの頭には最適だな、うん」


 シルヴァスは頭を掻いて背を向けた。それで理解する。アシュレイの酔いを完全に覚まさせるために、外へ行こうと言ってくれたのだ。


「うん、行こうか」


 アシュレイは寝台から降りた。


 外も本当に静かだった。シルヴァスがちらっとアシュレイを見る。


「調子は?」

「だいぶ落ち着いたよ。有難う」


 シルヴァスは「ふん」と言って顔をそむけた。なんだかんだ言いつつ心配してくれるのが、この青年である。最初に出会った時、アシュレイは魔獣に襲われそうになっていたシルヴァスを助け、庇って怪我をしたアシュレイの傷をシルヴァスが治した。それ以来ふたりは、口に出さないが互いに恩義を感じているし、心配もしている。またアシュレイにとっては初めての同年代だったので、気を許せる人物でもあった。シルヴァスも古参の内だ。最も仲がいいのはシルヴァスだし、シルヴァスに対しては冗談も言える。年々シルヴァスの口の悪さは深刻なるが、彼も気持ちだけは全く変わっていない。


 木の下にヴェイが座り、剣を磨いていた。ヴェイは二人に気づくと「よお」と片手を上げた。


「アシュレイ、ようやく目が覚めたか」

「はい・・・・すみません、昨日は」

「別にいいさ。俺こそ、無理強いして悪かった」

「そう言う首領は、ほんとに朝からさっぱりした顔してんなあ」


 シルヴァスが皮肉っぽく言った。ヴェイは笑った。


「俺はザル通り越してワクだけなんだよ。だが昨日は流石に飲みすぎたかな。酔ってないのは俺と年少組だけだ。ディークですら今朝はつぶれてやがった」

「あのお酒に強いディークさんが・・・・・」

「たまに自棄起こして自滅するんだよなあ、あいつも。まあ料理が豪華だった分盛り上がったからな。俺たちは黒い仕事ばかりやってるんだ、年に何回かは騒がないとやっていけないだろ」


 沈黙が舞い降り、シルヴァスが腕を組んだ。


「というより、自分が飲みたいだけじゃねえのかよ?」

「そこは御想像にお任せしよう」


 アシュレイがくすくすと笑った。と、突如アシュレイを鋭い頭痛が襲った。こめかみを抑えたアシュレイは立っていられず、地面に崩れ落ちた。シルヴァスが振り向き、ヴェイが腰を浮かせる。


「どうした? まだ気分が悪いのか?」


 シルヴァスが問いかける。アシュレイは目を堅く閉じて首を振った。


「頭が割れそうに・・・・・でも、違う・・・・・これは、酔いじゃない・・・・・」


 アシュレイは目を開け、顔を上げた。


「この感じは・・・・・ゼクト・・・・・?」


 その言葉に、ヴェイとシルヴァスは耳を疑った。


★☆


「・・・・ゼクトの気配か。それは本当か?」


 ディークに問われ、アシュレイは頷いた。場所は書庫で、ディークが用の無い日は殆どこもっている場所である。


「再生を終えたか・・・・? にしては早すぎると思うが。まだ3カ月も経っていない。もっと長くなると思っていた」

「けど、なんでアシュレイが気づくんだ? もうゼクトに支配はされていないだろ」


 シルヴァスの問いに、ディークは頷いた。


「確かにそのとおりだ。しかし、まだアシュレイの中に残っているんだろう、ゼクトと同居していた時の感覚が。無意識にゼクトを感じ取れるようになっているんだろうな」

「・・・・・なんだか、今までのゼクトとは違ったような気がしました。ゼクトは・・・・・常に人を憎んでいたけれど、さっき感じたのは・・・・・なんというか、困っているような気がしました」

「ゼクトが困る?」


 シルヴァスが信じられない思いで尋ね返す。


「僕にまでそれが伝わってきたんです。きっと何かが・・・・・」

「どうするつもりだ?」


 ヴェイが尋ねる。アシュレイはヴェイを見やった。


「・・・・ゼクトを探して、話を聞きたいです」

「探すと言っても、場所は分からないんだぞ」


 アシュレイは胸に手を当てた。


「・・・・いいえ。ゼクトの気配を、まだ僅かに感じます。なんとなくの方角は・・・・・分かります」


 ヴェイは腕を組んだ。


「・・・・・じゃあ、行くか」


 あっさりとヴェイが決断し、シルヴァスが目を見張る。


「良いのかよ」

「ゼクトが何かし始めたら困るだろう。そうなれば人間の存続にだって関わる。よし、久々に砦を空けるか」


 彼の人気は、この決断力の速さだろう。ヴェイはすぐ、そのことをメンバーに伝えに行った。


 ディークはアシュレイに言った。


「・・・・まだ気配を感じるとは、本当なんだな」

「少し・・・・ですけど」


 ディークは目を閉じ、息をついた。


「いいか、アシュレイ。もう絶対に、ゼクトに身を委ねるなよ」


 アシュレイはしっかりと頷いた。


「分かっています。僕はもう、自分の憎しみに負けたりしません」


 アルシャインは基本的に「砦で留守番」という人物を作らない。常にメンバー全員で行動する。特に今回のような、危険な任務の時は尚更だ。全員でかかったほうが良いだろう。


「アシュレイ、方角は?」


 ヴェイに問われたアシュレイはしばらく目を閉じ、それから呟いた。


「北・・・・です」

「帝都の方角だな。ゼクトに異変が起こったって言うのを、どうせだからルーヴにも伝えに行こう。方角が変わったらすぐに教えろよ」

「はい」

「よし、行くぞ」


 ヴェイが合図し、アルシャインは3カ月の穏やかな日々に別れを告げた。


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