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シテキなもの  作者: 滑瓢
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シンピテキなもの 6

 桜井さんは僕と今すぐにでも異性の関係になりたいようだった。異性の関係というとちょっと生々しい気がするけど、まぁでもやっぱりそういうことである。

 僕は確かに伊呂波のことを一人の女性として大好きなのだが、しかし今すぐにでもそんな関係に至りたいかといえば、そうでもなかったりする。そりゃあなれれば嬉しいもんでそれは僕自身心底望んでいることでもあるのだけれど、なりたくてなりたくてたまらないかと言ったら、割とそんな関係にならなくても僕は今のままで至って平気なのである。

 そりゃあ意識し始めた当初は、何度も何度も迷ったりしたもんだ。

 僕がいないと何も出来なさそう・・・というか何もしなさそうな伊呂波は放っておいたらその辺に転がっているお菓子類(伊呂波が買いだめをしていて、それらは普段パソコンの置かれた仕事場にあちらこちらに好き勝手に転がっている。既に食べ終わったもの含めて、ゴミなのか食べ物なのか分からない状態)やどんべいやらカップラーメンなどのインスタント食品なんかで胃袋を満たしそうだし、洗濯物はしわだらけ、部屋はごみだらけでほこりだらけで本だらけの巣窟となり得るもんだから、僕はてっきりそれで伊呂波のことがこんなに気になるんだろうかとか、思おうとした時期だってあった。あの人のことばかり考えてしまうのは、あの人のあまりのだらしなさ、無気力さが放っておけずに心配してしまうのだからと、そんな風に納得させようとしたが、しかし結局は無理だった。

 伊呂波の顔を見ると安心し、彼女が笑うと僕は幸せになり、嬉しくなり、そのあまりの幼稚な性格が可愛くて仕方なく、そしてそのサラサラ揺れる髪の毛を触ってみたくなり、その横顔に見蕩れ、触れられるとどうしようもなくドキドキした。

 だから僕は伊呂波を好きだと思った。

 

 桜井さんは、僕に好きな人がいることを知っている。

 でもやっぱり僕が好きなのだ。

 どうしてだろうと激しく謎で不思議なんだけれど、まぁそんなことはどうでもよくて。

 結局彼女は必死なのだろうか。僕に好きな人がいる時点で僕とその人がどうにかなってしまうんじゃないかと不安で不安で仕方なく、だからすぐにでも僕と異性の関係になりたいのだろうか。

 彼女は僕に好きに触れられて、好きだと言えて。僕も好きに触れて、好きだと言って。そんな関係性になって、僕と心底幸せになりたいのだろうか。

 

 もどかしい。

 

 そう思っているだろうか。そう感じているのだろうか。

 青春期の恋愛ってのは大体がそんなもんだと僕自身が思う。

 相手と好きだ好きだと言い合って、手繋いで、抱きついて、キスして、全ては恋一色に染まるような、そんな恋愛をしたいと願うもんなんじゃないかと、僕は想像する。

 そうしてそれは大体が妄想であり、それが現実でないことにもどかしく思って、どうしようもなく恋しくてムズムズして。

 楽しくて、嬉しくて、もどかしくて、悲しくて、その気持ち一つ一つに動かされて騒がしくて。

 僕はそんな風じゃないから、余計変に思う。

 そして僕と伊呂波のことを思い、不安に思ったりする。


「その後どうか、少年、ん?あぁ、この色男くん」

「・・・いや、どうと言われましても」

 伊呂波は口の中で甘いイチゴあめをコロコロと転がして、僕を見上げる。

 伊呂波は床にベタッと座り込んでいて、僕はといえば何をするでもなく突っ立っていた。

 ここは伊呂波の仕事場なのだから彼女専用のイスがあるのに関わらず、どうしてこの人はこんなところに座っているのか。

「あのなぁ、君。自惚れちゃいかん。自分が好意を寄せられているからと調子乗って鼻高々と、その子の気持ちを無碍にするでないぞ!」

 ビシッと僕に人差し指を突き立てる。

 そんなもんは分かっている。

 ただでさえ僕は一人の人間として桜井さんを好意的に見ていた。

「例えばの話」

「例えばの・・・話ィ?」

「俺がその子をまぁ・・・異性として意識してないとして、でも嫌いじゃないとする」

「ほぉほぉ」

「じゃあ伊呂波はどうするべきだと思う?はい、クエスチョン」

 伊呂波は少し黙った。考えた時間は2秒だった。

「その子可愛いんだろ?」

「うん」

「で、嫌いじゃないと。つまり好い人だと思ってるわけだ」

「うん」

「私だったら好きになっちゃうな」

 いや、でもそれは・・・。

「私はチョロい女だからな!」

 何故か自慢げだった。自分で言っちゃうのどうかと思うが、しかし伊呂波らしくてなかなかいい。

 伊呂波を好きになった今、結局何してたって何言ったって、僕は彼女を可愛く思ってしまう。

「でも、それは伊呂波」

 好きな人がいない場合・・・でしょう?

「伊呂波女だから」

「そりは関係ないわぁ!」

 とうとうカーペットも敷いていないところに寝っ転がってしまった。

「だからあれだ、可愛いというところをカッコイイと変換すりゃあいいじゃなーいですか」

「はぁはぁ」

「わお!好きになるわぁ・・・」

 あぁッとばかりに身体を折り曲げるとニヤァーと口を緩ませニヘニヘと目を閉じながら笑う伊呂波は、まるで好きなお菓子を食べているかのように幸せそうだった。

 まぁ実際あめ食べているんだけど。

 ・・・しかし、気持ち悪いなぁ(笑)。すんごく可愛い。

「じゃあ俺が桜井さんと付き合うのどう?」

「・・・んー?」

「伊呂波はそれでいい?俺年頃女の人とはもう合えなくなるわ」

 ちょっと挑発的な感じで言ってみたりして。

「・・・あぁ・・・」

 んあーと、伊呂波はその場で猫のように寝っ転がったまま伸びをする。

 そして、僕の方を見ないままどこかを見つめて口を困ったように突き出した。

「それは・・・困るなぁ」

「・・・・・・」 

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