シンピテキなもの 5
伊呂波は物書きだ。しかし何を書いているとなると、それは小説らしいのだが詳しくは分からない。たまに舞台の脚本らしきものも書いている。どうやら知り合いに劇団を主宰している人がいるらしいのだ。大学の知り合いというが、その人の劇団に伊呂波はチョコチョコ顔を出しては脚本を持ち寄る。書いて欲しいと頼まれているんだしょーがねぇなぁ!という風に僕には言うが、しかし明らかに喜んで協力している。取りに来させるというのではなく自ら出向いているというのがいい証拠だ。結局のところこの人は演劇が好きらしい。携わりたいのだろう。しかしながら僕にはしょうがなく手伝ってやってるんだという空気を出すもんだから、全く。おそらくそれがカッコイイとでも思っているに違いない。年上ながらつくづく子供な人だ。
本業は小説家、とでも言うのだろうか。小説を一冊二冊は出している。雑誌にエッセイも載せていて、まぁ人並みにアパートに一人暮らし出来る程度のお金は儲けられる人で、あると。何しろ大学を出てまだ一年も経ってないんだから、割とすごいんじゃないかと僕は思う。親がお金なんて出すほど甘やかしてくれなかったと言っていたから、本当に親の援助なしで生活しているらしい。まぁこの人は関西出身なので親もそうそう伊呂波に会いに来ることなんてなく、僕にとって伊呂波の親の存在なんて都市伝説とそう変わらないもんだ。いつも誰かがいないと生きていけなさそうな伊呂波がこれまで親にもたれかかって生きていたというのは何となく納得できそうな話ではあるのだけれども、僕にはどうにもビジュアル的な想像が出来ない。
伊呂波が、僕以外の人と生活していた・・・?
僕がいないと、何も出来ないくせに・・・。
何だか妙な感じがしてならないのだ。伊呂波と出会ってまだ一年も経っていないというのに、大した関係が築けたもんである。とにかく伊呂波は、僕がいないと料理も出来ないし洗濯だってまともにしない。掃除もしないし出来ないし下手くそだし手際悪いし、不器用だし・・・。家事に関して言うと、伊呂波は本当に無能者なのだ。生活力がまるで皆無なのである。今までどうやって生活していたんだろうと疑うのだが、しかしそこに男の陰が潜んではしなかったかと疑念を抱いてしまえばどうにも伊呂波に聞きづらく、僕は自分をグッと押さえ込んでいつも歯がゆい思いをしていた。
『好きな人いるって言ってたよね?それ私の知ってる人?』
『いや、知らない人。高校生じゃないから』
『え!?年上の人なの?』
『ん・・・まぁそうだね』
『え。何で知り合ったの?バイト?』
『いや・・・』
そもそも僕が伊呂波と知り合ったのは、遡って約8ヶ月前。僕が深夜の妙なテンションで、伊呂波が深夜のハイなテンションでどうにも説明しがたい気の合致を見せたのが発端ではあるのだが・・・しかしどうにも言葉で言い表せない。伊呂波にはあるいは出来るのかもしれないけれど、僕には到底無理な話だ。
言葉にする勇気も無い。
『その人のどこが好きなの?』
『いや・・・』
『何、全部?』
『・・・どこなんだろう』
分からなかった。
そもそも伊呂波は僕の心の中に勝手に入り込んでいつの間にか居座ってしまった人なんだから、僕にはどうしようもなかった。
僕が好きになった、というのではなく伊呂波が好きにさせたのだ。
もはや伊呂波がいなくなってしまうと僕の心には大きな空白が出来てしまうのだろう。
『結局さ、本当に好きなの?』
『本当に』
『好きなの?』
『・・・大好き』
割と恥ずかしい話、僕は伊呂波にぞっこんだった。