シンピテキなもの 4
僕に唐突な告白した女の子、桜井さんは次の日宣言した。
「私、決めたんだ。あきらめないから」
そりゃあ桜井さんのような女の子に想いを寄せられるというのは僕としても正直言って喜ばしくて嬉しいもんなのだが、しかし男女のお付き合いとして正式に桜井さんを彼女に迎えて愛すとなると話が違ってくる。僕がずっと愛したい人は、桜井さんには申し訳ないけれど桜井さんではない。
昼休み。人のいない南校舎の屋上は何だか閑散としていた。僕だってあまり訪れたことはないけれど、しかしここはいつ来たって人がいないのだからこういう話し合いには向いている場所なのかもしれない。桜井さんはそのことを十分に理解しているようだった。
彼女は僕の目をグイと見つめる。
非常に正直な子だと思った。昨日一日で、決意を固めたと見える。そうしてそれをこの僕に対して宣言するあたり、僕は彼女を好ましく思う。
特に二人きりの場で言いに来る、というのが好い。これで誰か女の子の連れなどいたら僕は彼女をこんなに好ましく思わない。もう少し、この好意を面倒に思っていたに違いないのだ。
「俺を?」
「そう」
「何故?」
「やっぱ好きだから」
「・・・・・・」
直球だった。
わお。
思わず拍手したくなった。
「・・・何で拍手してんのよぉ」
してしまった。
「素晴らしい」
「・・・何それ」
妙な顔をして、意味が分からないと言った風な桜井さんは何だか小さな子供がすねているようで可愛かった。
「これ、私のメルアド。あげるから、いつか絶対メールして」
「でも俺、好きな人いるよ」
「知ってる」
「・・・・・・」
「ずっと待ってるからね。じゃあ、バイバイ」
僕にブレザーのポケットに小さな紙切れを入れて、桜井さんは帰っていった。
一人取り残された僕は、閑散とした屋上で一人拍手した。
・・・・・・。
女の勘には圧倒である。
僕はおにぎりを、伊呂波はヤキトリを幸せそうに食べていた。
お昼時で、伊呂波のアパートで僕たちは昼食中だ。
伊呂波に昨日の続きとしての報告をしてやる。
「あきらめないってか。っへーすっげぇもんだね」
ニヤニヤ笑いながら、伊呂波は最後のヤキトリを串から口で挟んで取り出す。
「すっげぇもんだ」
僕も賛同する。
「その子、どうなんだ?」
「ん?」
「可愛いか?」
「うん。可愛いよ」
「そりゃ結構なもんだ」
僕の恋沙汰に、伊呂波は面白がっているように見える。それがどうにも苦笑せざるを得なかった。
「メールするの?」
「迷ってるけど」
「メールしろと言われたんだろ?じゃあしろ」
「今?」
「ん、よし!今だぁ!」
ヤキトリの串と袋を捨てに立ち上がって、伊呂波はそのまま手を上に振り上げる。・・・何のポーズですか。
仕方なく、僕は携帯を取り出す。
「いいなぁ、いいなぁ」
伊呂波が羨ましいとばかりに声を出す。
「何が?」
「そーいう何ちゅーの?ほれ、淡いピンクみたいなさぁ」
伊呂波は抽象的に物事を言い過ぎる。ちゃんと考えないでものを言わないせいであるけれど、しかしこれは僕に心を開いている証拠でもあるのだ。他人には、本当に喋らない人である。無口で口下手。何て喋ろうか迷って迷って考えて、どうにも上手くいかないのである。考え込むとなるととことんな伊呂波だ。苦しそうに目を泳がせて喋る伊呂波よりも、こうして意味不明なことでも気楽に喋って僕を見てくれている方が僕としても数倍嬉しいに決まっている。
「私にもそんな時代があったさぁ」
ヤキトリを食べ終え満足気にソファーの下のカーペットに寝そべる伊呂波は、まるで子供だった。時代なんてそんな言葉とはまるで合わない風に見える。
気になった。伊呂波にも、恋沙汰があったと・・・?高校生の頃に?
「へぇ、どんなの?」
メールの文面を考えながらも、とでも言うような感じでさりげなく聞き出す。
「にゃははー」
伊呂波は気楽に笑って答えなかった。
桜井さんて、本当すげーと思う。