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第三章 〜終わりから始まり〜

      第三章 〜終わりから始まり〜



「白雪は、騙す側と騙される側、どちらが悪いと思う?」

「それは、騙す側ですね。騙す側がいなければ、騙される側はいませんから。でも、騙される側も悪い場合もありますけどね。例えば、『あなたを幸せにするので百万円ください』といった感じです。何でも信用しては駄目です」

「そっか。じゃあ、いじめる側といじめられる側だったら?」

「それも当然、いじめる側ですよ。どんな理由があっても、いじめはいけません。いじめた人の将来と自分の将来を駄目にしてしまいますから。苛ついたら、その人の苛つく所を治してあげようとするべきです」

「でも、間違っていると解っていても、止められないことだってあるだろ? 白雪はどう思う?」

「そうですね。でも、それはその人が弱いだけだと思います。そういう人は、誰かに止めてもらうしかないんでしょうけど」

「…………白雪は強いな。それに、優しい」

「そうでもないですよ?」

「え?」

「仮に、殺した方と殺された方では、どちらが悪いのか考えると、私は答えられませんから」

「………………」

「普通に考えると、殺した方が悪いような気もしますが、けれど、相手に殺意を抱かせるような人間だから殺されたと考えれば、私は——。勿論、殺人鬼のような目的も無く殺す人は別の話ですが……」

「………やっぱり、白雪は優しいよ」

「え?」

「白雪は、人を殺した人間を許容できる奴だ。生きている人間を大切に思う。……それはやっぱり、優しいんだと僕は思う」

 僕はその優しさが——眩しい、怖い、痛い、辛い、苦しい。

 その優しさは、『悪魔』の僕には体を貫かれそうなくらい刺々しい。

 優しさが、優しくない。

「……先輩。先輩は、私に何か隠してませんか?」

 と、白雪は僕の顔を覗う。むう、表情に出てしまったか?

 いつものような純粋な子猫のような瞳ではなく、どことなく濁った瞳だ。

 隠していることは、知られたくない事だ。

「白雪? 何を言ってるんだ? そりゃ僕だって、人に隠したいことの一つや二つあるけど」

 大げさに肩をすくめてみせる僕。

 けれど白雪は僕の巫山戯た態度など気にせず、僕の目を見て言う。

「そうじゃありません。…………先輩は、何か私に関する隠し事をしていませんか? 困っていることがあるなら、私に相談してください」

 だから、その優しさは——。

 僕が触れていい物じゃないんだよ。

「…………何も。何も相談する事は無いよ。……僕の問題は、僕自身で解決する」

 僕は屋上を離れる。白雪は何も言わず、ただ僕の背中を見ていた。

 背後に聞こえる屋上の扉の閉まる音が、なんだか不吉な音に聞こえた。

と、屋上を離れてから僕は気がついた。

「……そっか。今までの白雪も、……こんな気持ちだったのかな」

 無理矢理何かを隠そうとするこの感じ、……あまり良いものじゃない。

 だけど、過ぎ去ったことは過ぎ去った事。

 変えられない過去を悔やむより、僕は未来を変えるための努力をしよう。

 誰もいないことを確認して、僕は悪魔に語りかけた。

「……今日は忙しくなる。いままでありがとう、シェイド」

 悪魔の声が脳裏に響く。

——こちらこそだぜ、ミトモ。今まで楽しかったよ。そして、これからも宜しくな。

 僕は頭を掻く。なんだよ、この親友みたいな返事。

「お前は悪魔なんだろ? それなら、もっと悪魔らしくしろよ」

 悪魔は笑って答えた。

——お前だって『悪魔』だろ。

 その通りだった。



 夜の帳が降りた。雲は月を隠す。国の主が住む屋敷だ。

 全てが、始まり、終わりを告げる。

「今回の任務は、裏切り者の始末だ」

 男は、狗と呼ばれる人影にそう切り出した。

「……裏切り者?」

「そうだ。組織の中に裏切り者がいた。……その者の行ないにお嬢様はご立腹だ。そして、粛正の許可を降ろされた」

「……………」

「お嬢様のため、やってくれるな?」

「……………………」

 人影は黙り、返事は無い。

「お嬢様のためだ」

 再度男は繰り返した。懐に手をやり、何かを握った。

「死ね!」

 銃声が部屋を駆け巡った。

 男は自分の銃口から出る煙と、その延長線上にできた銃痕を見る。

「つくづく勘のいい奴だ。いや、元々聡明な奴なのだろう。だが馬鹿でもある。だからこそ、我々に取っては、もはや脅威なのだよ。手のつけられない狗は必要ない」

 人影は部屋から消えていた。男は無線でそのことを部下に知らせ、警戒態勢を敷く。

「奴を発見次第、例のポイントへ誘い込め。奴は自分の能力を過信している」

 無線を切り、男は呟くように言った。

「奴は狗ではなく、猫だ。自由気侭な黒猫だ」

 『悪魔』狩りが始まった。


 屋敷の至るところで鳴り響く銃声。

 それを白雪のいる部屋のドア越しに聞き、白雪の側近、咲は白雪に説明をする。

「……今、例の裏切りの者が屋敷内に侵入しております。着実に追いつめておりますが、念のために、どうぞこれを」

 白雪にソレを渡す。

「……………」

 白雪はソレを無言で受け取り、握りしめる。

 それは、信玖人義の持っていた銃。シルバーブレットの入った、一丁の銃。

 そして、白雪は咲の顔を見て言う。

「咲、私は……」

 咲は主の言葉を聞き、そして言った。

「…………お嬢様が望むのでしたら。……私は何も言いません」

 白雪は小さく笑い、頭を下げる。

「咲、……ありがとう」

「いえ。……では、気付かれる前に」

 そして、白雪と咲は部屋を出て行った。


 銃撃に追われるように人影は移動していた。着実に人影はある場所へと誘われていた。

 そして、遂に人影は追いつめられた。眩い光が、人影を照らした。

 背後に屋敷を囲む塀、人影を囲むように三十人の黒服。それは人影と同じ組織の人間だ。

 『悪魔』と呼ばれる組織の、悪魔じゃない人間。

 その中から一人の男が出てくる。

 それは、人影に命令を出していた男だった。

「ここまでだな、狗」

 狗と呼ばれた人影は、眩いばかりの光に当てられながら、その姿を明確に認識させない。

 全身が黒に染められた人の輪郭、そうとしか認識できなかった。

 組織の人間もその姿を見るのは、初めてだった。

 いつだって、狗と出会うのは暗闇の中だったから。

 だから、狗がそんな姿をしていることに多少は驚いた。

 驚き、納得した。

 奴は、本物の悪魔なのだと。人間ではないのだと。

「貴様の裏切り行為、我々は見過ごす訳にはいかない。だからここで大人しく——」

 男は銃を狗に向ける。狗は、微動だにしない。

「死ね」

 銃声がなり、狗は消し飛んだ。

 そして、

「……どういう事だ? なぜ、奴はいない……」

 ざわめきが生まれた。

 狗は、銃弾を受け塵のように消えた。まるでそれは本体でないように。

 影分身のように。

 だが、男は慌ててはいなかった。男はすでに、この後に起こる事を知っていた。



「問題ない。ここまでは順調だ。奴がここから逃げるための道は一つしか無い。そして、絶対に抜けられない道だ」

 信玖人義は笑みを浮かべる。いつものビルに彼はいた。

 そのガラス張りのデスク上には、『悪魔』達が使っていた無線。

 彼の右手には、小さな小型の通信機。

「奴が人間かどうかなどどうでも良い。もしかすると、本当にこの家が飼っている悪魔なのかもしれない。だが、我々の目的は奴がどんな者でも変わりはしない。奴を殺せばそれでいいのだ」

 信玖人義は、通信機にそう語る。

 相手は何も言わない。というより、一方通行の通信機だからだ。

「奴が銃撃を避けると言うのなら、避けられない状況を作れば良い。奴が消えるように移動すると言うのなら、出て来たところを叩けば良い。奴が影分身のように分裂するなら、本体を殺せば良い」

 信玖人義は、まるで全てを知り尽くしたように語る。

「奴の行動は、必ず何かのためだろう? それならば、容易く足止めできよう。そして、彼女なら容易く仕留められるだろう」


「白雪お嬢様なら」



 狗と呼ばれた人影は、既に屋敷に背を向けていた。

 そこは、屋敷唯一の出入り口である、絢爛さと威厳さを兼ね備えた門の外側。

 影分身を『悪魔』達が追いつめている間に、人影は堂々と門をくぐった。

 人影は、裏切り者と呼ばれ殺されそうになったことに驚きはしなかった。

 むしろ、それは遅すぎるくらいだと思っていた。

 人影は自分の影へと呟いた。

「僕は……裏切り者だ。殺されても、何も言えない。だが、簡単に殺されるわけにはいかない」

 影は答えた。

「……お前は裏切った。他でも無い、お嬢様の命令を。だが、お前は悪くない」

 影に白い歯をこぼすような笑みが浮かぶ。

「悪魔だから、最初から俺が悪い」

「……なんだよそれ」

 人影は小さく笑い、正面を向き屋敷から遠のいた。

 そして——。


「先輩!」


 人影の動きが、止まった。人影は、驚いていた。

 目の前の暗闇に、一人の少女がいた。

「……先輩、ですよね?」

人影は黙る。

 このタイミングに合わせるように、雲が切れ、そして、月明が少女の手元を照らした。

「先輩……」

 銃口が、人影にピタリと向けられていた。



 大臣は白雪に裏切り者の殺害許可を申し出た。

「お嬢様、奴は裏切り者です。強盗事件、奴は犯人達を殺害しました。お嬢様の望んだ処罰、裁判にかけ法的な処罰を下す事は叶いませんでした。お嬢様の決断を踏み躙ったも同然です」

「……そんな」

「《国舞島》での事件、奴はテロリストの殺害にとどまらず、まだ生きていた科学者達も殺害しています。未来の技術の向上どころか、現在を生きている者の命すらも奪いました」

「……」

「奴は、お嬢様を侮蔑しています。奴のお嬢様への反逆行為を、我々は許せません。……お嬢様、どうか奴の処罰、場合によっては殺害の許可を」

「…………」

「このままでは、奴の殺戮の手に民衆までもが巻き込まれてしまいます。奴がまだ組織にいる間に、処理をしなければ」

 白雪は俯き、そして言った。

「……………少し、考えさせてください」

 だが、大臣は譲ろうとしない。

「お嬢様! 奴をこれ以上野放しにすることは危険です! 奴は、月夜様をも——」

 何かを言いかけ、大臣は急いで口を抑えたが、しかしもう遅かった。

「月夜? ……………お父様が、どうしたんですか?」

「…………」

 途端、饒舌だった大臣の口が動かなくなる。その反応だけで、もう全てが伝わっていた。

 だが、白雪は聞かないわけにはいかなかった。

「大臣! 言ってください! これは、命令です」

 大臣は渋るように暫し目を泳がせたが、観念したのか、小さく言った。

「奴が……月夜様と最後に会ったのです。……それ以後、誰も月夜様を見てはいないのです。そして、その二人がいた場所には争ったような跡と……月夜様の血痕が」

 白雪は、もう大臣の顔を見てはいなかった。大臣に背を向け、白雪は言った。

「…………明日。……私が許可を出したら、いいです」

 大臣が部屋を出て行くのと、白雪が涙を流したのは同時だった。



 銃口を向けたまま、白雪は叫ぶように言った。

「先輩……、どうして何も言ってくれないんですか? どうして何も言ってくれなかったんですか? ……私は、そこまで信用できない女ですか?」

 白雪は俯きながら、言葉を紡ぎ出す。必死に、嘘に縋り付く想いで。

「私は、先輩のことをまだ信じてますから」

 その言葉に何かを思ったのか、人影は自身の顔に手を添え、仮面を外すように手を払った。

 そして、


「白雪。お前は、優しすぎだよ」

 

 人影の顔を覆っていた黒色が塵のように夜の闇の中に消え、ミトはニッと唇を歪めていた。

「その優しさが身を滅ぼすとも知らずにさ」

 そのミトの顔を見て、白雪の表情が一瞬こわばり、銃を構える手が、微かに震えた。

 白雪は声を震えさせ、怒りと悲しみに染まった声で訊いた。

「……先輩。今までのことは、……全部嘘だったんですか?」

 ミトは黙っている。

 沈黙は物語る。

「強盗事件、先輩は間違っていないと言いました。でも、先輩は犯人を殺しました。《国舞島》の事件、先輩は私のことを優しいと言いました。でも、先輩はテロリスト共々科学者も殺しました」

 ミトは黙っている。

 だが、黙秘の意味はなかった。

「先輩。私はそのことに関してなら、許すつもりでした。でも、」

 そして、叫ぶように白雪は言った。


「どうして、私のお父さんを殺したんですか?」


「…………………」

 ミトは黙ったままだった。

 黙ったままでも、全てを物語り、黙秘権を行使した。

 白雪は目を瞑り、そして言った。

 全てと決別するための序章を、彼女は口に出した。

「……そうですね。私は間違っていませんし、優しいのかもしれません。でも、先輩は間違っています。優しくもありません。だから——」



 ここが、線の引きどころかもしれない。

 白雪に銃を向けられても、僕は酷く冷静に、そんなことを思っていた。

 所詮、僕と白雪は身分どころか人間としても違っていたのだ。

 白雪はお嬢様で僕の主、僕はその飼い狗の悪魔。

 解っていたことだ。

 早いか遅いかの違いでしかない。この結末は、変わらないだろう。

 それなら、僕は——。

「白雪。僕は僕の行いを間違っているとは思わない。全ては、白雪のために。これが僕の正義だ。だが、それをお前が間違っていると言うのなら、僕は素直にそれを受け止め、断罪を受け入れよう」

 白雪は少しだけ視線を上げた。

 だが、希望など無い。あるのは、絶望だけだ。

「だが、白雪以外の誰かの台詞を受け入れる気は無い。僕はここから落ち延び、勝手に今までの行いを続けるだけだ」

 白雪の視線が、また下がった。

 僕は引くつもりはない。

 白雪、お前はどうだ?

僕の人生の終わりを告げる幕を、僕の命の灯火を吹き飛ばす引金を、引けるか?

 白雪は、視線を上る。そして、僕を見据えて言った。

「ごめんなさい」

 白雪は、その頬を涙で濡らしながらそう言った。

 ああ、ついに泣かせちゃったか。だが、最初から解かっていたことだ。

 僕が最初に裏切ったその時から、いつかはこうなると解かっていた。

 いや、もしかすると僕は、白雪のこんな表情を見たかったのかもしれないな。


 だって、そうじゃなきゃ、なんで僕は笑っているんだよ。


 白雪の手元が、引金に掛けた指が小刻みに震える。

 僕は—————、

「———————」


 銃声が木霊し、『悪魔』の血が舞った。



「……咲」

 そこには、まだ彼女とその側近しかいない。

 正確には、そのすぐ側には死んだ『悪魔』がいたが。

 他の『悪魔』達はまだ、そこには来ていない。

「なんでしょうか、お嬢様」

 咲は極めて冷静に主人に尋ねた。

「…………彼を、家族の元へ返してあげてください」

 咲は少し驚いた顔をしたが、しかしすぐに頷く。

「お嬢様は、人が集まる前に屋敷に戻ってください。私は、運ばなければいけません。今日中には戻れませんが、大丈夫ですか?」

「……ええ。大丈夫です」

 白雪を部屋に送り、咲は姿を消した。

 部屋には、白雪一人となった。

「……先輩」

 そして、白雪奈美は行方を晦ませた。


 七月七日、七夕。

 織り姫と彦星が年に一度だけ出会うその日。

 一匹の『悪魔』の死は、記録されることは無かった。

 ただし、この翌日、七月八日はこの国の一つの事件の日となる。

 国主、白雪奈美はその権利を放棄し行方不明になる。

 そして、その翌日、すぐに新たな国主は決まった。貧困層からの圧倒的な指示を得て、その男は国主になった。

 その翌日、七月十日には新たな国主、信玖人義の政治が始まっていた。


 白雪家の飼っている悪魔、その噂も白雪家の権力が失われるにつれて、消えて行った。

 『悪魔』の死は、世間に知らされることなく闇に埋もれて行った。


一遍書き直したいのでここで止めます

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