第一章 〜意地悪と悪戯〜 2
第一章 〜意地悪の悪戯〜 2
暗く閉め切った部屋で、男一人と人影が会話する。
「お前の任務は、ただ彼らを狩れば良いだけだ。正確な人数は解らないが、しかし潜伏場所は解っている。ただお前は、そこで誰一人残さず、誰にも見られる事無く彼らを狩れば良い」
「……なぜですか? 彼らには、何か問題でもあるのですか?」
「理由が必要か? お嬢様が望むことなのだよ?」
「……それは、本当にお嬢様の命令なんですか?」
「疑うのかい? 私の言葉を」
「……いえ、そういう訳では」
「君は『狗』だろう? お嬢様の願いを叶えるのが、君の役割だろう?」
「…………」
「少しだけ教えてやろう。彼らはここ最近巷で騒がれている強盗だ。野放しにはできない、そうお嬢様が判断なさった」
「……そうですか」
「さっさと行かんと、明日の朝には戻ってこれぬぞ」
「……」
消え去った『狗』と呼ばれた人影を、侮蔑するように男は言う。
「お嬢様のためと言うだけで動くとは、扱いやすい奴だ。中途半端な疑いは、何の意味も無い」
それは、雲が月を覆い隠し、深い闇が辺りを包み込む夜だった。
辺りに明かりは見えず、暗くどこまでも続きそうな深い闇が広がっている。
事件は、路地裏で起こっていた。
「…あ……あ………」
少年は目を閉じていられなかった。
あまりの光景に、目を見開いていた。
今日まで一緒に生きてきた仲間達が、非常に無情に異常に、次々と彼の目の前で倒れて行く。
人影のようなモノが、仲間達を襲っていた。
ソレは全身が闇のように深い黒色の人影だった。探偵もののアニメに出て来るような、黒で塗装された犯人の影、と言った感じだ。
その人影の動きに迷いは無く、ともすれば芸術に見えないでもない動きだった。
仲間のすぐ側まで影が現れ、仲間が倒れ、また仲間の元へ人影が寄って行く。なぜ仲間が倒れたのは、少年には解らない。
少年の仲間の一人が人影に殴り掛かる。
けれど、それは影を殴るような不可能な事だった。
仲間の拳は人影を突き抜け、体勢が崩れる。それを人影の腕が掴んだ。そして、触手のような黒い何かが、その腕から仲間の全身を覆うように伸び始めた。少年は動けなかった。
触手のような何かはまず仲間の口を覆い、続いて腕や足などを縛るように絡み付いていく。そして、体が完全に黒く覆われると、人影は仲間から手を離した。途端、支えを失った体は重力に従ってバタリと倒れた。
ゆらり、と人影が揺れる。その人影は、この世界のモノで無いように、朧な影だ。
そして人影は、最後に残った少年の前に立った。
人影は言った。
「僕は悪魔だ」「俺は悪魔だ」
一つの人影から二つの声。どちらも、青年のような声だった。そして、一つ目の声が言う。
「お前達に恨みは無いが、我が主のため、殺させてもらう。——死ね」
不意に告げられた死の宣告だったが、しかし少年は驚かなかった。
「あ…………」
そして。
すーっと、雲の切れ間から月光が差し込み、そして少年は気が付いた。
その人影の頬に伝う小さな一滴の光に。
悪魔は、泣いていた。
悪魔の足下から影が伸び、少年の体を包み込む。徐々にその体を蝕むように、影はその体を飲み込んで行く。
そして、少年の体は完全に闇に飲まれた。
少年は不思議と何も感じなかった。いや、何も感じる間もなかったのかもしれない。
少年は、死んだ。
路地裏を出て、誰もいない夜の街を歩きながら、人影は誰に語るわけでもなく、ただ呟いた。
「これで本当に良いのか? ……白雪」
一つ目の声の呟きに答えるように、二つ目の声が答える。
「悪魔はあくまで、悪魔なんだよ。『良い』わけないだろ」
「……まったくだな。影の悪魔、シェイド」
「そうだろ? 我が契約者、ミトモ」
そして二つ目の声は小さく笑いながら言った。
「俺はお前の望みを叶えよう。お前は俺に魂を売り渡したのだから」
人影は黒光りする懐中時計を取り出し、針が指す文字を見る。
長針がⅧ、中針がⅥ、短針がⅢを指している。
そして、『悪魔』は言う。
「……僕の魂が尽きるまでに、僕は白雪を幸せにしてみせよう」