第一章 〜意地悪と悪戯〜 1
第一章 〜意地悪の悪戯〜 1
「先輩、どうしたんですか? 青鬼にきな粉をかけたような顔色ですよ?」
「……何だよその比喩。ちょっとだけ寝不足なだけだよ」
「駄目ですよ、寝不足なんて。だから背が伸びないんですよ?」
「確かに僕はあまり背が高くないし、寝る子は育つと言うけど。これでも平均身長だから良い。それに、背が低い方が得な事もあるし」
「負け惜しみですね。例えば、なんですか?」
「鬼ごっこで小回りに動けるとか、かくれんぼで隠れる場所が増えるとか」
「先輩って、子供なんですね」
「……白雪って、意外と意地悪だな」
「そんなことは無いですよ? ただ、事実と私の感想を言っているまでです」
「それが意地悪だって言ってるんだけど」
「じゃあ先輩は、心にもないお世辞を言ってほしいんですか? 『背は大きくないけど夢は大きいんですね』とか『誇大妄想は良い事です』とか『先輩小さくて女装が似合いそう』とか」
「……白雪。褒めてないだろ、馬鹿にしてるだろ、確かに僕はそう言う人間だけど。女装が似合うという部分には全力を尽くして反対するがな」
「そうですか? 先輩の名前も女の子っぽいですよね。ミト、だなんて可愛いです」
「……えっと、男としては可愛いとかあまり嬉しくないんだけど」
「女としては?」
「僕は男だよ」
「またまた。先輩、きっと女装が似合いますよ。ミトちゃんなんて、可愛らしくて良い名前じゃないですか」
「…………白雪。怒っても良いか?」
しかし内心では、女装という単語に安心していたりする。
男が女の格好をするから女装。白雪もちゃんと僕のことを男だと解っているじゃないか。
しかしあまり嬉しくない。女装が似合うとか、結構気にしている。
が、
「ふふっ、拗ねる先輩、ちょっと可愛いですね」
「…………」
ぐうの音も出ない僕がいた。どうにも小悪魔的な後輩だ。
……悪魔は僕だろうに。
僕らは昼休み、学校の屋上で昼食を取った後、いつも通りにフェンスに凭れ掛かりながら話をしていた。フェンスが錆び付いていた場合の事は考えたくない。
僕らの通う学校は、訳ありの人たちを集めた学校で、人付き合いをするための場所ではない。訳あり、と言っても生活に困っている人向けの学校というのがメインだ。孤児や毎日の生活に困る程の収入しかない子供を多く集めている。入学に当たって必要なのは呼び名だけ。教えることは仕事に必要なものだけ。だから、名前も多少偽れたり。
先輩こと僕(ミト。ミトという名前を心の底から捨てたいと望んでいる僕)は、先輩風に吹かれて後輩を気遣う。
「白雪、そういうお前だって顔色があまり良くないぞ? 例えるなら、二日酔いでジェットコースターに乗った人みたいに」
「そうですよ、疲れているんです。顔色だって悪いんです。先輩ならもっと労ってくださいよ」
偉そうに上から物を言う白雪お嬢様。
後輩こと白雪(本名白雪奈美)は、国を動かせる程のお嬢様。と言うより、国主。
そんな白雪に話しかけられて、冥利に尽きる握手握手やべえ今日は手洗えないや、とか思った事は一度も無い。僕はそういう権力に負けるようなことは言いたくない。
まあ、白雪に話しかけられて、僕の人生は転機を迎えたけど。
「はいはい、何か知らないけど頑張りましたね。で、何か困ってる事でもあるのか? 僕で良ければ相談に乗るけど?」
露骨に悪そうな顔をする白雪。『悪そう』では語弊がありそうなのであえて言うが、悪魔の微笑とかでは無く、僕に対して悪いという気遣いが見える顔だ。
本当に優しい奴だ。その優しさで身を滅ぼしそうなくらいに。
「えっと、大したことじゃないんですけど——」
白雪はそう何か言いかけ、そして、
「——まあ、先輩みたいな庶民には解らない話ですよ。気にしないでください」
と無理矢理笑顔を作る。
「どうせ私はこの国の行く末を変えてしまうようなお嬢様で、先輩はどこにでもいるような一般人なんですから。私のことなんて、どうでもいいでしょう? ——返事はいりません。殺されてしまいますから……」
「…………」
僕は白雪のそういう台詞が嫌いだった。
『白雪家に歯向かう者は、奴らが飼っている悪魔に殺される』という噂が、白雪の人間関係を壊していた。
白雪がこの学校に入学したのも、それが理由だ。本名を名乗れば、たちまち敬遠されてしまうのだから。
だが、この学校に入学できたからと言って、普通の学校のような生徒同士の馴れ合いはあまりない。皆、自分が毎日を生きるのに精一杯なのだ。
当然、白雪に同学年の友達はいない。以前の学校では仲良くなっても、白雪の事を知れば態度を変えてしまったらしい。白雪はそんな態度を望んではいないのに。
結果、白雪は自分を偽るようなことを言うようになった。最初から期待していない、と思うために。希望を見ないために。絶望を味わいたくないから。
まあ、この場では冗談で言っているのだろうが。
だけど、僕は冗談でも許せなかった。そんな悲しそうな顔が、僕は嫌いだった。
だから、僕は——、
「どうでも言い分けないだろ。そんな自分を蔑むような事を言うなよ。僕は——」
そこで、止まってしまった。僕は——、一体この先に何を言えば良いのだろう。
「先輩……」
白雪が僕を見つめている。考え込むことで、逆に白雪の視線が痛く感じるようになってしまう。言わない方が良いに決まっていると思う自分に腹が立つ。
でも——ごめんなさい僕は意気地なしですヘタレです。
しかし、次の白雪の台詞で僕のそんな思考は消し飛んだ。
「先輩は、私の事、どう思ってるんですか? ……私に、興味があるんですね?」
最初の質問必要ないんじゃない? とか口から出そうだけど、白雪と目と目が合っちゃって、口がパクパク動いちゃって、えら呼吸が出来なくて、頭が混乱して来て、白雪さんその確信したような言葉は一体なんですかその自白を誘うような言葉使いは卑怯です、と思った。
「……………………………」
結局、思っただけで、何も口から出なかったけれど。
「ふふっ、可愛いですね」
小さく小悪魔みたいに笑う白雪。
そして、腕時計を見て時間を確認。そろそろ昼休みが終わるようで、白雪は弁当を持って屋上の扉に向かいながら、付け加えるようにして、僕をちらりと見てこう言った。
「そんな先輩の事、私も少し気になってたり」
「えっ?」
では、と小さく会釈して白雪は校舎の中に消えて行く。
「…………聞き間違い、じゃないよな」
……なんか、完全に負けた気がする。何に負けたのか全然わからないけど、この敗北感はなんとも言えない。
と、黒猫が僕の前に現れた。深い闇を思わせる真っ黒な黒猫。
なぜいるのだろうか?
「やっぱり、僕は白雪に弱いよな」
そう話し掛けてみたが、黒猫は顔を洗っているだけで、何も言いはしなかった。
当たり前だけど。
でも、顔を洗って出直して来い、と言っているようにも見えた。
極東の島国であった旧国家が崩壊してすぐ、この国は出来上がった。というより、旧国家が崩壊する原因はこの国にある|(いや、根本な原因は計三回に及ぶ政権交代と、八回に渡る総理の辞職が原因だが)。
当時、この土地を統治していた白雪月夜氏は総理にこう言った。
『もうあなた方の茶番劇にはついて行けない。私はこの北の大地に、新たな国を作りたい。独立させてもらう』
呆気にとられた総理に追い討ちを掛けるように、次々と地方を統治していた人達が独立を宣言したのだ。
こうして、『黄金の国』や『侍の国』、『先進諸島国』などと呼ばれた極東の島国は崩壊した。
そして、月夜氏はこの国を作り上げた。
白雪月夜氏はこの国を、いわば王政にした。全ての決定権は国主である月夜氏のものとなった。しかしそれは民主主義に染まった国民に多少の反感を買った。だが、月夜氏の政治はすぐに支持された。
不景気から脱するため、食料自給率の引き上げを行なった政策のおかげだろう。
『職のための食による政策』
腹が減っては戦はできぬ——、単純そうに思えたこの政策は、意外にも景気を回復させた。
白雪家が農家や漁業関係者に資金を回す。そして、職に困っている人達を人材として派遣し就職させる。食料も増え、価格が下がる。職に就き収入が入り、食料品も安く手に入るようになり、再び物流が生まれ、不景気は回復したのだ。
しかし、今も謎のままだが、突然、月夜氏は失踪。それにより、月夜氏の一人娘だった白雪奈美が国主となったのだ。
白雪月夜は、なぜ消えなければならなかったのだろうか?
それは——。
「先輩? どうしたんですか?」
「ん、……何でも無い」
と、今の国主たる白雪お嬢様が僕の顔を覗き込んでいた。白雪の子猫のような瞳になんだか僕は弱いので、適当に誤摩化したが。
放課後、僕と白雪は歩いて街へと向かっていた。
今現在、彼女は白雪家の当主であり、この国の国主であるが、彼女の顔を見た事がある人は、ほとんどいないだろう。
あまり良い話ではないが、跡継ぎがまだいない白雪が殺されてしまうと国家崩壊に陥ってしまう。そのため、大臣達は白雪のお披露目はせずにいるのだ。
僕のような白雪本人から名前を聞いた人や、国の政治に関わっているか白雪家に仕えている者くらいしか、白雪の顔を知る者はいない。更言うなら、僕のように白雪が国主になってから知り合った人は、殆どいないだろう。
待ち行く人々の目は、あまり僕らを見ない。もしも顔を公表いたら、白雪にこんな自由はなかっただろう。間にボディーガードとかがいそうだ。自由も無いだろう。ポテチとか炭酸飲料を禁止にされそうだ。
そんな生活はしたくないな……。
「先輩、気分が優れないのでしたら、今日は止めましょうか?」
と、目敏く白雪は僕の浮かない表情を気にする。
「違うさ。ちょっと考え事と言うか、ポテチは美味しいというか」
はい? と言って首を傾げる白雪。その仕草がいちいち子猫のようで可愛い。
動物に例えるのはなんだか気が引けるので、口には出さないけど。
「で、白雪。どっか行きたい場所はあるのか?」
そうですね、と白雪は考え込む。本心から迷っているように見える。
何せこうやって外を歩ける事はあまりないのだから。週に一回あれば良い方、月に一度か二度が基本だ。いくら顔が公表されていないからと言っても、お嬢様は忙しく大変だ。
政治的何せ、一部の犯罪者の生殺与奪の権すらも持っているのだから。
「では、川原に散歩でも行きましょう。自然の恵みで先輩の気分も良くなるかもしれませんし」
うわぁ、後輩に気を遣わせている僕、かっこ悪い。それもお嬢様。
ざ、罪悪感が高まる。気遣いが重い。思いが重くて、想いに答えられない。
「別に僕に気を遣わなくて良いんだぞ? 白雪の行きたいところに行けば良いんだ」
白雪はにっこり笑って言う。
「心配いりません。外の世界なら、どこに行っても楽しいですし、先輩と一緒なら尚更です」
ぐはん。
やばい、一体僕が何をしたと言うんだろう。生殺しと言うか、首だけで生かされている気分にされる。な、なんだか胸が苦しい。
絶対裏でなにか思っている後輩一人。奇麗すぎる笑顔が逆に怪しい。
白なのに黒く見える後輩。
僕の目が腐っているのならばいいけれど。いや、全然良くないけど。
「……えっと、じゃあ川原に行く前にちょっと寄って行きたい場所があるんだけど、いいか?」
「いいですよ? 勿論、変な所でしたらどうなるか、お分かりですよね?」
やっぱり意地悪な後輩だった。一言余計だろ。僕と一緒ならどこに行っても楽しいんじゃないのかよ。
くそ、僕だって先輩だ。後輩に少しは良い場面を見せなければ。
「おじさん。いつもの二つください」
「はいよ。……二つ? おいおい、彼女でも出来たのか? ん?」
僕をからかいながら、さり気なく一つ分サービスしてくれるおじさん。PJ、プロフェッショナルの仕事だ。
場所は街中の小さなパン屋さん。『パンツくったことある?』と聞いたら、おうよ! とはっきり答えたおじさんが店を構えている。その後殴られたけど。小さいながらも潰れない辺りを見ると、常連客が一定数いるようだ(という僕がその一人。べ、別に脅されて来てる訳じゃないんだからねっ! と言うと怪しく聞こえるこのご時世)。
白雪は物珍しそうに店内を物色中。時折、『パンにこんなに種類があったとは……』などと呟いている。パン屋さんに来たことが無かったのだろうか?
ちなみに、見ていたパンは『アバターパン』。粒あんとバターの入ったパン。
……さすがにパン屋くらいには来た事あるか。確かにこんな種類もあるんだな、と思うし。
白雪の物珍しそうな視線に気付いたのか、おじさんが白雪に言う。
「好きなパン、一ついいぜ!」
「いいんですか!?」
白雪が驚いたような嬉しいような表情でおじさんの顔を見る。数秒おじさんの顔が固まり、けれどすぐにニッと笑って、おうよ! と親指をぐっと立てる。
気前が良いし、パンの味も良い。だが、一つこの店には問題がある。
気前が良すぎて潰れる寸前。売れ残ったパンを近所の子供達に無料で配るという奉仕活動を毎日のように行なうし、そのために夕方にパンを焼いたりする(それ目当てで来たのだが)ためだ。ジャムおじさんかよ、あんたは。
お大事に~、という謎の言葉に、ありがとうございます、と返し僕らはパン屋を後にした。何を大事にしろと言ったのか、薄々僕は気付いている。
川原に向かう道すがら、僕はちょっと気になったので聞いてみる事にした。
「白雪、パン屋には行ったこと無かったのか?」
「はい。……ですので、少々新鮮と言うか、嬉しかったと言うか……」
と言って、もらったパンの入った袋をぎゅっと抱きしめ笑ってみせる白雪。なんというか、意地悪とか言えなくなっちゃいそうな顔。
ちなみに、白雪のもらったパンは『アンパン』だった。
……何も言うまい。
「ところで、先輩は一体何を買ったんですか?」
「ん? ああ、これだよ」
と言って僕は袋を見せる。『ベーカリー Pan屋』と書かれた紙袋の中に袋が二つ。
『ベーカリー Pan屋』……、良い名前じゃないか。店の看板と袋に描かれているパンダのマスコットも可愛気があるし。……馬鹿にはしないよ。ただ、呆れているだけだ。
と、白雪は半ば強引に、力強く体全体を使って僕から紙袋を奪った。
「これは……、パンの耳ですか?」
袋の中を覗き込み、僕の目をまっすぐ見て白雪が聞く。何も悪い事はしていないとばかりに。……そうだ、何も悪い事はなかった。僕も白雪の体が——なんでもない。
「そ。安くて美味しいからさ」
パンの耳をバターたっぷりのフライパンで焼き、砂糖を絡めた一品。一袋三十円也。
そう言ってさりげなく袋を返してもらう。素直に返してくれたけど、白雪の鞄も一緒だった。お持ちすれば良いんですね、白雪お嬢様。
とか何とか話している間に、川が見えた。白雪が国主になってから随分と奇麗なった川。子供の遊ぶ場所が減る今日、少しでも外で遊べる場所を、と街中を通る川を整備したのだ。
その川と向かい合うように土手に腰掛け、二人でパンを食べる。
その際、僕はそのまま腰掛け、白雪は下にハンカチを敷いていた。
「あっ、おいしいですね」
アンパンを食べて白雪は言う。食べた瞬間、一瞬顔が綻んだのを僕は見逃さなかった——って、僕はストーカーかよ。
「そう? そりゃ良かった」
僕もパンの耳を食しながら答える。たまにはこういうのも良いだろう。
「あれ? 先輩、気分良さそうですね。もしかして……、ただお腹が減っていただけですか?」
案外そうかもな、と返事をしている僕の手からパンの耳を掠め取って食べる白雪。
いやいや、何のために二袋買ったと思ってるのかね。
「え? それって私へのお土産のためじゃないんですか?」
そう言ってもう一つの袋を指差す白雪。信じて疑わない目だ。
「…………、そうだった。夜食かなんかにどうぞ」
「はい。ありがたく頂きます。お店のおじさんに感謝して食べますね?」
にっこり笑って袋を受け取る白雪。
うん、合ってる。僕が買ったのは一袋だけだし。偉いな白雪。なんかこっちは寂しいけど。
「先輩って、人を見る目がありますよね。前に紹介してくれた定食屋の人も親切でしたし、今回もいろいろサービスしてもらいましたし」
「まあな。名字が人見だからかな。神道系の家系だし」
「人見だから人を見る目がある、ですか? そうかもしれませんね~」
投げやりな返事は、白雪が実に下らないシャレを聞いた時にいつもすることだ。
…………時折思うことなんだが、もしかして白雪は僕のこと嫌いなんだろうか? 僕は僕なりにある程度意味を込めて言っている事なんだけど。
結構な頻度で意地悪されているんだけど。
食べ終えたパンの袋を一つにまとめ、近くのゴミ箱へ捨てに行く白雪。本当なら僕がやるべき事のような気がするが、今となってはもう遅い。後悔後に立たず。あれ? なんか違う。
しかし本当に、お嬢様って感じじゃないよな。我侭じゃないし、丁寧だし。
……まあ、意地悪なこともあるけど。
でも、優しいし。
本当に、出来た奴だよ。出来すぎだよ。劣等感を抱きはしないけど。
「白雪はさ、今のお嬢様の生活と普通の一般庶民の生活、どちらがいいと思う?」
川原の散歩をしながら、僕は何気なく聞いてみた。
白雪は少し考え、唇に左の人差し指を添え、
「普通の一般庶民の生活とは、一体どんなものですか?」
と質問に質問を返してきた。
むう、確かにそうだよな。比較するに当たっては、どちらもある程度知って置かなければいけないか。単に僕に意地悪で言っているわけではあるまい。
「えっと、学校に通って、家で家事をやったり買い物に出たり——といった感じかな」
僕の適当にして魅力も無い宣伝に、そうですか、と言って白雪は考え込む。そして、
「やっぱり、普通の暮らしに憧れます」
と苦笑いを浮かべて答えた。
その返答は解かっていたが、やっぱり気に障った。『憧れ』……ね。
まるで、叶わない夢のように言うじゃないか。
「今の生活に不満はありませんが、でも、私は思うんです」
白雪は少し顔を俯ける。
「私が国主なんて、不釣合いだと。私は国主になるような器じゃないと思うんです」
僕は答えこそ聞いていたが、しかし、別のことを考えていた。
だから、次に口から出た台詞は、どうにもおかしかった。
「お前は悪くないだろ、白雪。だから、そんな悲しそうな顔をするなよ。お前は笑ってる顔が一番だから」
「えっ!? あ、あの、せっ、先輩?」
途端、僕は何を言ってるんだよ、と恥ずかしくなった。思わず呆然とする白雪から顔を背けてしまう。
うわぁ、恥ずかしい。羞恥心で身が焦げてしまいそう。こんがりウェルダンに。
白雪も動揺しているのか、口が回っていない。
どうしよう、すごく気まずくなってしまいそうだ。無言のまま二人で歩くとか、罰ゲームも同然じゃないか。罰ゲームと言うよりは、恥ゲーム。……全然上手くない。
と、すごくタイミングよく白雪の携帯のアラームが鳴る。
すいません、と断りを入れて白雪は携帯を取り出す。
良かった、これで嫌な雰囲気は脱しそうだ。さっ、今のうちに何か話題でも考えておこう。などと変に上機嫌な僕。僕が策士だったら、なんらかのトリックでこのタイミングに電話を鳴らしただろう。どうやって?
電話を終えた白雪は少々残念そうに、もう時間みたいです、と言った。
これを普段の会話への糸口にしよう、と内心で思っている僕は非道だ。
「ごめんな白雪。僕の所為で予定狂っただろ? 行きたい場所とかあったんじゃないのか?」
僕の自分の傷口を広げるだけの問いに白雪は慌てたようにいう。
「いえ、謝らないでください。先輩の気分が悪かったおかげで、楽しい思い出作れました。どうもありがとうございます。パン、おいしかったです」
「……そりゃどうも」
「いえ、先輩が誇る所は一つもありませんよ」
「……そうですね」
……白雪、なんだか言葉の端々に悪意を感じるぞ。
その後、少しだけ急いで学校に戻り白雪と分かれた。学校に側近の人が迎えに来るのだ。
「では先輩、また明日」
「うん。また明日」
手を振って白雪は学校の中に。一緒にいる所を見られるとまずいらしい。
まあ、僕としても少々それはまずいので、特に気にする事なく僕は家に向かった。
白雪奈美がただの少女だったならば、僕と白雪の関係はこうはならなかっただろう。
僕と白雪が出会うことも無く、出会ったとしても、こんな仲にはならなかっただろう。
だけど僕は思う。
これは奇跡でもなんでもなく、運命の悪戯だと。