転生屋さん 続続
俺はガキを部屋の中に押し入れると、キッチンに向かう。
窓を見やると、外はすっかり暗い。ベランダの向こうでは、遠くの街の明かりが煌めいてる。
そういえば、1000年ぶりに現世に来て感動したことが一つある。
いつでも、誰でも。うまい飯や酒が飲める。
しかも、いつでも。それが手に入る。
飢饉や疫病が流行っていたあの頃とは大違いだ。
その点、この時代は悪くないと思ってる。
俺は冷蔵庫を開けて、冷えた缶ビールを取り出す。
こんな飲み物はなかったからな。
「おい。お前なんかいるか?」
「カルピス」
「悪いがカルピスはねえんだ」
「じゃあ、オレンジジュース」
「あいよ」
俺は缶を二つ、ソファでくつろぎやがる相棒のところへ持っていく。
太々しい、野郎だ。
「おじさん、これは何?」
「本だ」
「すごい数」
ガキが示したのは、堆く積まれた本の山だ。
このアパートの一室のリビングの、ほぼ半分を占拠している本の山。
「まあ、俺たちの仕事の証だ」
「仕事の?」
「ああ。転生したやつが異世界で始めた人生は、この世界で物語となって本になるんだ」
「へー。じゃあこの分厚い本たちは、」
「おう。俺、いや一部は俺たちが送り届けた奴らのその後の人生だ。
ちゃんと無事に過ごしているかは確認したくてな。
こうやって仕事終わりにのんびり読んでるんだ」
うっかり。自分を語る口が饒舌になる。
「じゃあ、こっちの薄い本は?」
「それは…竿役者の領分だ。お前はまだ見るな」
「ケチ」
「大人になったらな」
一度だけヤツに読ませてもらったことがあるが、なんだか胃もたれがしてきたので途中で見るのをやめた。ほら、なんか闇というか病みというか、そんな感じだったから。
「そういえば…お父さんの本もあるの?」
「お父さん?ああ。『望まない子供を育てさせられていた俺は、養育スキルで無双する』だったか。まだこの山には来てないが…そろそろ本になってるかもな」
なおコイツの父親、『育て』の父親は、俺が異世界に送り届けた。その折にこのガキと出会ったってわけだ。
缶ビール片手に、郵便受けを確認しに行く。神とやらが、ご丁寧に転生させた者たちの物語を送ってくれるおかげで、暇つぶしには事欠かない。
「ほら、来てるぞ、お前の父親の本」
「お父さん…!」
本を小僧に渡してやる。
さて。俺は読みかけを読むかな。
『ショタコンの私が異世界でおぼっちゃまの世話をしていたら、王侯貴族に求婚された件』。
これ、『私』が求婚されたのが実は陰謀で、命がけでおぼっちゃまを救い、王侯貴族の罪を明らかにしたんだよな。そこから『私』はおぼっちゃまの許嫁となり、幸せに暮らしましたとさ…となる、予定だ。ある程度本を読むと、先の展開がなんとなくわかる。
さてさて、コイツはどう幸せになっていくのか。
「おじさん」
「なんだ、今いいとこなんだ」
「漢字が多くて読めない」
「あん?」
「読んで」
「いやだ」
「どうして」
「俺はこの本を読むのに夢中なんだ」
「じゃあそれ読み終わったら読んで」
「ダメだ。次は『モンスターファームで嫁をもらう〜異世界牧場物語〜』を読むんだ」
「やだ。こっち読んで欲しい」
「ダメだ」
「うー。読んで!読んで!」
ガキがダダをこね始めた。めんどくせぇ。
「じゃあこうしよう。俺が読んでる本に続きがあればお前の勝ち。続きがなくこれで終わりなら俺の勝ち。どうだ?」
「わかった」
「よし、契約成立だな」
ここまで大団円が確定されてる作品も珍しい。哀れガキよ。大人の知恵に酔いな。
「さーて…何々…」
「…」
「何?婚約の場で隣国の王子が意義申し立て?」
「。」
「何?異世界からはるばる『私』を追いかけて来た?」
「!」
「次回、『異世界からの元カレが、隣国の王子として求婚して来た件』???」
「。」
ちょっと待て。これ『私』が幸せになって終わる話だろ!?
これ作者はどんな気持ちで書いてんだ??
「私筆者は私事ながら、作家仲間の方と結婚することと相成りました」
そうかい。おめでとう。
「『つきましては今後この作品は、夫の過去作品も踏まえて創作していく所存です』…」
うん?
「『その夫の作品は、webではご存知のお方もござりましょうが』」
「『ヒーローオタクの俺は、異世界ギルドを戦隊知識で成り上がる』…」
これ、今日のターゲットじゃねえか!!!
「…」
「どう?」
「わかったよ。俺の負けだ。読んでやるよ、お前の父親の本を」
「やった」
「でもどうしてわかったんだ?」
「今日のターゲットの依頼。時間指定があったから」
「あん?」
「この日以降に転生させてくださいって。おじさん気づいてなかったの?時間指定モノは他のターゲットと相関が強いんだよ」
「…マジかよ」
俺は呆気に取られた。師匠越えとか館越えってこういう気持ちなのか。あのしょーもないガキが、俺の先を行っていたなんて。
「さあ。読んで」
「わかったよ」
俺は酒のつまみに紫炎を燻らせながら、ガキの父親、育ての親、ガキが好きだった父親の本を読む。
その時だった。
次のターゲットを知らせる通知が、俺のスマホに来ていたのは。




