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こんな映画を見た

作者: 菅部享天楽
掲載日:2026/03/19

 こんな映画を見た。灰色のスーツを着て眼鏡をかけた男が一人、ただその場で立っているのである。

 その男は胸を張り、まっすぐこちらを見ている。その目は鋭く、瞬きも殆どしない。ただこちらをじっと見つめている。

 映像はたったのこれだけだ。ずっとその場に立ったまま、こちらを見つめる。何も変わらない。

 見飽きた観客は一人、また一人と去っていく。あたり前である。このような映画なんて誰も見ていられない。ある人は溜め息を混じえながら、ある人は苛立ちながら、またある人はポップコーンを頬張りながら……。

 そういえば何故ポップコーンが映画館に定着したかご存知だろうか。諸説ある内の一つとしてアメリカでは昔、映画がつまらないと物を投げつけることが度々あったのでポップコーンなら投げつけてもスクリーンを傷つけない、というものがある。もし仮にそうだとしたら、この映画にはどれほどのポップコーンを投げつけられるだろうか。

 とりあえず最後まで見てみよう。最後に何かあるのかもしれない。この男を観察してみる。スーツはよく見るとしわが多い、眼鏡も少し汚れている。しかし、この男、本当に堂々としているな。時間は……まだ30分しか経ってないのか……。こういうものを「時間の浪費」というのだろうか。

 私はIT業界で働いている。休む間も惜しんで仕事をした。時間なんていくらあっても足りなかった。

 結婚はしていた。が、妻は息子と共に出て行った。仕事ばかりする私が気に食わなかったらしい。しかし、私にとっては仕事がすべてであり、生きがいであり、誇りである。仕事にのめり込んでなにが悪い。仕事さえできればいいだろう。それに仕事と家事を分けて行う方がよっぽど効率がよい。誤解してほしくないのだが男は働け、女は家事、と言っているわけではない。ただできる人ができることをすればよい。もし私が仕事ではなく家事ができる人間なら、喜んで家事をする。機会費用で考えても明らかである。

 しかし、この映画、見るに堪えない。友人からは「人生変わるから見てみろよ」と言われたが……時間の無駄だったか……。

 もう帰ろう。


***


 翌朝、いつものように鏡の前に立ちネクタイをしめていた。ふと鏡を見たとき私ははっとした。


――そうか、あの映画は私だったのか――


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