絶界宮の、騒がしすぎる夜
絶界宮。エリュシオン大陸北方の凍土に、俺がノインのために築き上げた魔王の城だ。
門の前にテレポートした時、俺の姿はすでに「勇者」ではなく、禍々しい漆黒の鎧に包まれていた。誰も、この『ヴェイル』の正体が、銅貨四枚のために泥を這う男だとは知らない。
門をくぐった瞬間、血相を変えた魔物が滑り込んできた。
「ヴェイル様! 一大事でございます、早くお戻りください!」
ノインの育児係を担当している上級魔族――グリルだ。
「……落ち着け、グリル。どうした」
「ノイン様が……っ!」
言い終わる前に、ドォォォォォン! と凄まじい轟音が響き、目の前の監視塔の一つが派手に消し飛んだ。
頬をかすめる衝撃波。俺は思わず天を仰いだ。……ああ、あの塔、昨日直したばかりなのに。
肩に食い込む鎧の重みが、一気に三倍になった気がした。
「お休み前の読み聞かせをしていたのですが……ノイン様が『人間の絵本を読みたい』と申されまして。我ら魔族には人間の文字など読めません。ヴェイル様ならばどうにかなるのではないかと……!」
グリルが泣きつくのと同時に、また一つ、離れの塔が粉々に砕け散った。
幼いながらも、さすがは魔王の直系。これ以上癇癪を起こされたら、せっかく建てた絶界宮が明日には更地になりかねない。
「……分かった、行く。グリル、お前は瓦礫を片付けておけ」
俺は重たくなった鎧を無理やり動かし、悲鳴のような金属音を響かせながら、ノインの部屋へと向かった。
かつて魔王の城を吹き飛ばしたのはオヤジだったが、今、自分の城を吹き飛ばされているのは俺だ。皮肉にもほどがある。




