第二話:勇者の放課後、魔王の出勤
五年が経っても、何も変わらない。
アステリオはいつもの安酒場で、今日の戦果を数えていた。手のひらにあるのは、銅貨がたったの四枚。
「……ふん。低級魔族の討伐なんて、せいぜいこんなものか」
平和に慣れきったギルドの査定は、相変わらず渋い。
そこへ、床を鳴らす遠慮のない足音が近づき、断りもなく向かいの席に腰を下ろした。
見上げるほどの巨躯。百九十センチを超える大男の名は、ガリウス。かつてオヤジと共に戦った拳聖の息子だ。
「相変わらず、しけた酒を煽ってやがるな」
ガリウスはぶっきらぼうに吐き捨てると、店主に向かって「俺にもこいつと同じ毒水をくれ」と注文した。
「……お前はギルドのオーナー様として、さぞ大儲けしているらしいな」
「ははは! 全くだ。絶滅したはずの魔族が急に湧いて出たもんだから、王都は大慌てよ。各地からの援軍要請が止まらねえ。あのヴィンセントの野郎も、新米兵士の訓練漬けで毎日泣き言を言ってるぜ」
ガリウスは愉快そうに笑い、俺の顔を覗き込んだ。
「そろそろ『ケーキ切りの勇者様』にも、デカい出番のお声がかかるんじゃねえか?」
「…………っ」
心臓の奥がチリりと焼ける。あの日、黄金の剣にべっとりと付着したイチゴソースの感触が蘇り、俺はそれをかき消すように安酒を一気に飲み干した。
「悪いな。もう行かなきゃならない」
「あ? まだ一杯目だぞ」
「ここはお前のおごりだ。……オーナー様なんだろ?」
背後でガリウスが「おい待て、この守銭奴!」と叫ぶ声を無視して、俺は夜の闇へと踏み出した。
さて、ここからは「勇者」の廃業時間だ。
一刻も早く北の絶界宮に戻らねばならない。なにせ今夜は、未来の魔王様への「読み聞かせ」の担当日なのだから。
長い夜が、始まる。




