第三章 第一話:魔王のパパ、授業参観に震撼する
絶界宮の朝は早い。ノインのために朝食を作り、学校へ行く支度を整えるのが俺の新しい日課だ。
寝ぼけて動きの遅いノインの髪を櫛でとかし、具だくさんのスープを口に放り込み、着替えさせて歯磨きをさせる。準備が整ったら鏡の前でノインの口を広げさせる。ノインは黙って「魔王の証」である鋭い牙をひっこめる。
それを確認してから、俺はテレポートで人間界の学校へと送るのだ。
絶界宮に住むようになってから、俺は髭をたくわえ、髪を短く切り、眼鏡をかけた。かつての勇者アステリオや総帥ヴェイルの影はなく、今やどこから見ても子煩悩なパパだろう。
「パパ、行ってきます!」
校門の前で、ノイン――人間界での名、**「カイト」**は笑顔で手を振り、駆けていく。可愛い……。なんて可愛いんだ、俺の息子よ。
ノインを送り出した後、俺は街の片隅で密かにヴィンセントと合流していた。
公式には「死んだ」ことになっている俺にとって、彼は唯一の外界とのパイプだ。和平を結んだとはいえ、あの醜悪な王や貴族が約束をすんなり守るとは信じられんからな。
ヴィンセントは俺の変装した顔を見て、ニヤニヤと笑っている。
「いい加減、その顔に慣れろ」
俺が睨みつけると、彼は「すまんすまん」と肩をすくめた。
「王国に変わりはないか?」
「安心しろ。俺がいる限り、約束は守らせる。お前の『死』を無駄にはさせないさ」
ヴィンセントの言葉は、かつてないほど心強かった。
「何かあったらすぐに連絡してくれ」
「わかった。……もう帰るのか?」
「ああ。カイトが戻るまでにやっておかねばならない仕事が山ほどあるんだ」
俺が背を向けると、背後から遠慮がちな声がした。
「そうか……。ところで、その……グリルは元気か?」
グリル? お前の聞きたいことは、それじゃないだろう。
「リリスは元気だ。お前に会いたがっていたぞ」
「おっ、俺は別にリリス殿のことを聞きたかったわけでは……!」
真っ赤になって動揺する親友に、俺は少しだけ口角を上げた。
「今度、遊びに来いよ」
「ああ」
そう言い残し、俺はテレポートで絶界宮へと戻った。
***
絶界宮の執務室に戻ると、俺は溜まりに溜まった書類の整理に追われた。魔族の統治も、パパの仕事も、どちらも休まる暇がない。
リリスが先ほどから、書類を運ぶついでにチラチラと俺の顔を伺っている。俺が街へ行った後はいつもこれだ。
「ヴィンセントは元気だ。お前に会いたがっていたから、遊びに来いと伝えておいたぞ」
俺が誰に言うでもなくそう告げると、リリスはピタリと動きを止めた。
「……別に、私は何も聞いておりませんけど。それ、ハラスメントですよ、総帥」
「こいつ……」
相変わらず可愛げのない女だ。俺は苦笑しながら時計を見る。
「もうこんな時間か。ノインを迎えに行かねば」
***
帰り道。ノインは嬉しそうに学校での出来事を話してくれた。算数のテストができたこと、休み時間にサッカーをしたこと。早速友達もできたらしい。
魔王の血を引いていようと、やはり中身はまだ子供なのだ。俺はしみじみと父親としての実感を噛み締めていた。
「あっ、そうそう!」
ノインが思い出したように、ランドセルから一枚のプリントを取り出した。
それを受け取った瞬間、俺は文字通り卒倒しかけた。
【お知らせ】来週の水曜日、授業参観を実施します。保護者の皆様はぜひお越しください。
「さ、参観日……!?」
死んだはずの勇者(にして魔王軍総帥)が、小学校の教室に乗り込む……。
それは、魔王討伐よりも遥かに困難で、絶望的なクエストの始まりだった。




