第二章 最終話:名もなき勇者の門出
ノインとともに光に包まれたとき、俺は死を覚悟していた。
ようやくこの絶望から解き放たれると安堵さえしていた。
だが目覚めたのは、野営地の自分のベッドの上だった。
どうやら俺は三日三晩眠り続けていたらしい。
目を覚ました俺にイザベラは「死に損ない」と悪態をつき、ガリウスはおろおろと泣いた。
ヴィンセントは、いつになく静かな、けれど深い決意を宿した瞳で俺に語りかけた。
「……おはよう、アステリオ。いや、今は名前などない方がいいか」
「ヴィンセント……俺は……。あれから、どうなったんだ?」
ヴィンセントは、窓の外の青空を見つめながら、静かに事の顛末を話し始めた。
あの日、アイギスの山頂で俺とノインは相打ちとなり、眩い光に包まれて消滅した。
――それが、王国に提出された公式の報告書の内容だった。
「勇者アステリオと魔王ノインは、凄絶な戦いの末に共に討ち死にした。……俺が王に直接報告し、イザベラが配信した映像を『最期の瞬間』として編集してな」
俺は絶句した。ヴィンセントにとって、嘘をつくことは何よりも辛いことだったはずだ。
「……いいのか。お前は、嘘がつけない男だったはずだろう」
「ああ。だが、お前を連れ戻しても、王国は『魔王軍総帥ヴェイル』としてのお前を処刑するだろう。……だから、勇者アステリオには名誉ある死を、魔王ノインには永遠の休息を与えた。それが一番の和平案だと思ったんだ」
イザベラが横から口を挟む。
「お陰で視聴率は爆上がり。今やあんたは世界を救った悲劇の英雄よ。……生きてるのがバレたら、私のチャンネルが炎上しちゃうから、絶対に死んだままでいなさいよね」
ガリウスも鼻をすすりながら頷いた。
「俺も、お前の墓を立派に作っておいたぜ。……中身は空っぽだがな」
俺の胸に、熱いものが込み上げてきた。
ヴィンセントは、俺がずっと欲していた「復讐でも義務でもない、ただの自由」を、俺の名前を葬ることで与えてくれたのだ。
「和平は結ばれた。ノインは今、絶界宮でリリスたちが保護している。あの子も、王国側では『死んだ』ことになっている。……もう、誰もお前たちを追うことはない。お前はもう、勇者でも魔王でもないんだ」
「……ありがとう、ヴィンセント」
「礼には及ばない。……さあ、ウジウジした男たちはここまでだ。リリスちゃんに会いたい騎士様と、息子に会いたい幽霊さん、さっさと準備しなさい!」
イザベラの号令に、ヴィンセントが顔を真っ赤にして慌てふためく。
「俺は、別にリリス殿に会いたいなどと……!」
「ふっ……ははははははっ!」
死んだはずの男が、声を上げて笑っていた。
俺は、今、本当の意味で新しく生まれ変わったのだ。




