第十二話:断絶の空、友情の盾
山頂に近づくにつれ、重く垂れ込めていた霧が嘘のように晴れていった。
視界が開けた先、尾根に沿うようにして魔王軍の本陣が厳かに構えられている。俺たちの姿を捉えたのか、巨大な門が重々しい音を立てて開き、魔族の軍勢が濁流のように溢れ出してきた。
先頭に立つ巨躯の魔族が、裂ぱんの気合とともに声を張り上げる。
「勇者アステリオよ! 我が名はグリル。魔王軍の矜持に懸けて、尋常に勝負いたせ!」
その号令とともに、魔王軍が一斉に急斜面を駆け下りてきた。
「準備はいいか?」
俺は背後の三人に最終確認をする。
「任せとけ!」
ガリウスが丸太のような腕をぐるぐると回しながら応える。
「当たり前でしょ。誰に物言ってるのよ?」
イザベラがいつもの調子で不敵に笑い、魔導カメラのピントを合わせた。
「大将は任せた。アステリオ、俺たちは周りを片付けるぞ!」
ヴィンセントの鋭い指示に、二人が力強く頷く。
「よし……行くぞ!!」
***
戦場は一瞬にして混沌に包まれた。
巻き上がる土煙と、鉄と血の匂いが入り混じる。再び濃くなった霧の中で、時折イザベラの爆裂魔法が轟音とともに夜空を焦がし、仲間の健在を知らせてくれる。
俺は、目の前の壁――グリルとの戦いに全神経を注いでいた。
かつて俺の右腕として、絶界宮で誰よりも忠実に働いていた男。その剣が、今は俺の命を奪うために振るわれている。
剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る至近距離で互いの顔が見えた。
「ヴェイル様……なぜ……ノイン様を……!」
グリルの瞳に、隠しようのない動揺が走ったのを俺は見逃さなかった。
だが、彼はその迷いを断ち切るように、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。
「……勇者は、殺す!」
剣に凄まじい力がこもる。鋭い斬撃の連撃が俺の装甲を削り、俺はそれを必死で受け流しながら体制を立て直す。
渾身の力がぶつかり合い、衝撃で互いの体が大きく後ろへ弾き飛ばされた。
気づけば、ヴィンセントたちが俺を囲むように集まってきていた。
「も〜、超めんどくさいんだけど! いったい何匹いるのよ。終わったらあんたのおごりでいつもの酒場集合だからね!」
イザベラが乱れた髪を払いながら、いつもの調子で悪態をつく。
「確かに、この数を受け持つのは非効率だな……。よし! イザベラ、俺の両腕に強化魔法をかけてくれ。俺がお前ら二人を、敵の大将がいる本陣まで一気に投げてやる!」
「ちょっと待て、ガリウス! それじゃお前ら二人でこの大軍を相手にすることになるんだぞ!」
ヴィンセントが制止するが、ガリウスは不敵に笑った。
「大丈夫だって。お前ら二人がさっさと魔王を倒してくれれば万事OKよ。さあさあイザベラちゃん、さっさと頼むぜ!」
「……もう、知らないわよ! 後で死ぬほど高くつくからね!」
イザベラはぶつぶつ言いながらも、精緻な手つきでガリウスの両腕に黄金の強化魔法を付与した。
「よ〜し、行くぞおおお!」
ガリウスは俺とヴィンセントの二人を軽々と持ち上げると、人間離れした膂力で体をぐるぐると回転させた。
「飛ばせえええ!」
放たれた俺たちの体は、重力を無視して魔族の大軍の頭上を飛び越えた。
「お〜、よく飛んだな!」
遥か下でガリウスが満足そうに叫ぶ声が聞こえる。
俺たちは風を切り、魔王軍の陣を飛び越え、山頂の祭壇へと一直線に向かっていった。
その先に待つのは、絶望に染まった小さな魔王――ノインだ。




