第十四話:戦場の支配者、家庭の敗北者
「見覚えのあるような……」
魔王のゲリラライブから数日後。謹慎処分を言い渡されたヴィンセントは、屋敷で退屈な日々を送っていた。
怒りに任せて彼を罰しようとした王も、本心ではヴィンセント抜きで魔王軍の侵攻を防げないことは理解している。結果、この謹慎は形ばかりのものとなり、彼にとっては図らずも久しぶりの長期休暇となっていた。
「少し出てくる」
使用人にそう告げると、「謹慎中だということを忘れずに、あまり目立つことはしないでくださいませ」と釘を刺された。ヴィンセントはそれに手を上げて応え、街へと向かった。
何かあの女の痕跡がないか……。
中央広場に来たヴィンセントは、あの日の熱狂を思い出しながら、石畳の隙間まで入念に探索していた。すると――。
「ヴィンセント様……」
突然声をかけられ、驚いて振り向く。そこには、以前通りでぶつかったあの美しい女性が立っていた。
「あなたは……。もうお会いできないのかと思っていました」
「わたくしも……です」
見つめ合う二人の間に、初々しい春風が吹き抜ける。ヴィンセントは照れ臭そうに頭をかきながら切り出した。
「これは失礼。立ち話もなんですから、お茶でもいかがですか?」
「はい……」
***
一方その頃、ヴェイルは東の砦に取り残された魔王軍を救うため、ゲシュタールの地にいた。
王国軍に完全包囲されてはいるが、士気の低い連中はこの砦を攻めあぐねている。
「グリル、お前はスケルトン三千を連れて西側から攻めよ。そしてわざと負けて逃げ出すんだ」
俺は冷静に上級魔族へと指示を下す。
「敵がお前に注意を向けている隙に、俺が後方に回り込み一気に攻める。混乱したところで反転しろ。敵が敗走すれば、ゲシュタールを一気に制圧するぞ」
ヴィンセントがいない間に、リリスのせいで狂った作戦を元に戻さなくては……。
対する王国軍。指揮を執るのは、ライブの失態をヴィンセントに被せて現場に返り咲いたガルガンチュア公爵だ。
「ははははは! スケルトン三千程度、一気に蹴散らしてくれるわ!」
ガルガンチュアの号令で駆け出した王国軍は、おとりとは知らずスケルトンの群れをあっという間に粉砕した。
「やはり手応えはございませんな」
「このガルガンチュアにかかればこの程度のものよ。魔物は一匹も打ち漏らすな!」
だが、絶頂の瞬間は長くは続かない。後方から急使が駆け込んできた。
「公爵! 後方よりオーガ百が突如出現、味方は大混乱です!」
同時に、逃げていたはずのグリル軍が反転し、牙を剥く。
「おのれ……策であったか! 引け、引けいっ!」
散々に打ちのめされたガルガンチュアは、ゲシュタールを放棄。無様に東部戦線から撤退していった。
***
「はぁ〜……」
久しぶりの自分のベッドだ。ここ最近は「ヴェイル」としての活動が忙しく、家に帰る暇すらなかった。
今日は「アステリオ」として、泥のように眠ろう。
うとうとと重い瞼を閉じ、心地よい眠りに落ちようとしたその時――。
玄関から、聞き覚えのあるあの甲高い声が響き渡った。
「アステリオ〜! いる〜? ……あら、お母さん! お久しぶりですぅ〜! 相変わらずお綺麗ですね、写真撮ってもいいですか? 映えそう!」
……イザベラだ。
俺は一縷の望みをかけて、布団を頭から被って丸まった。
聞こえない。俺は寝ている。あるいは深い昏睡状態だ。
「まあ、イザベラさん! 相変わらず賑やかね。アステリオなら、さっき帰ってきたばかりよ。まだ寝ているかもしれないけれど……」
「いいんですいいんです! 寝顔、超貴重じゃないですか!『かつての勇者の息子、病床に伏す』ってタイトルで動画回しちゃおっかな〜!」
ドタドタと階段を駆け上がってくる足音。
……あのアホ女、人の家をなんだと思っている。
バターン! と勢いよく扉が開く。俺は必死に寝たふりを続けたが、部屋に充満する香水の香りと、スマートフォンの起動音のような気配に、隠し通せる気がしない。
「アステリオ〜! 生きてる〜? ほら、フォロワーのみんなが心配してるよ〜。あ、今の寝顔、ちょっと影があってエモいかも!」
枕元でカメラを構える気配がする。
俺は布団の中で歯を食いしばった。
戦場では一万の王国軍を翻弄し、無能なガルガンチュアをゲシュタールから追い落としたこの俺が。
実家のベッドの上で、一人のインフルエンサーに私生活を切り売りされようとしている。
――リリスのせいで狂った流れを戦場で正してきたはずなのに。
どうして俺の日常は、いつまで経っても「本来の復讐劇」に戻ってくれないのだろうか。




