第十話:醒めゆく夢と、修羅の帰路
「フッ……」
不思議なほど腹は立たなかった。
かつての俺を辱めた「ケーキ切り」の蔑称を、今度はヴィンセントにぶつけたという。怒りよりも、いまだにそんな低俗な嫌がらせに興じている王族や貴族たちへの憐れみの情が勝っていた。
いつもの安酒場。
ヴィンセント、ガリウス、イザベラ。かつての「勇者志望」の四人で酒を酌み交わす。これに勝る幸せは、今の俺には他にないのかもしれなかった。
「……たく、あいつらは何も分かっていないんだ」
少し酔いが回ったのか、ヴィンセントが王宮での出来事を苦々しく語る。
それを聞いたガリウスは、先ほどまで「王宮に殴り込んでやる!」と喚き散らしていたが、今は力尽きたようにジョッキを握ったまま黙り込んでいる。
イザベラはといえば、フォロワーに見せられないような映えない安酒場に興味を失い、ただ無言でアルコールを胃に流し込んでいた。
唐突に、ヴィンセントが天井を仰いで呟いた。
「俺たちって、まともに冒険に出たことはなかったよな……。アステリオの親父さんが魔族を絶滅させちゃったせいでさ。小さい頃は、俺たちも伝説の勇者パーティーになるんだって、あんなにはしゃいでいたのになぁ」
「そうよ……このバカ男のバカ親父が……むにゃむにゃ……」
酔い潰れかけたイザベラが毒づく。
「俺なんて、毎日腕立て一万回してたんだぜ! 剣を振る相手がいないと知った時の絶望感、ありゃなかったよな……はははっ!」
ガリウスが太い腕を振り回して笑う。
「……悪かったな。だが、今じゃどうだ。魔物が蘇り、王国は慌てふためいている」
俺が皮肉混じりに返すと、ヴィンセントはふっと寂しげに笑った。
「確かにな。あのバカな貴族どもじゃ、今の組織化された魔族は防ぎきれんだろうよ……」
――こいつ、相当酔っているな。普段なら絶対に口にしない本音だ。
久しぶりに心を許せる仲間と、美味い酒。
その温もりに当てられて、俺の口からも、思わず本音がこぼれ落ちそうになった。
「なあ……もう一度……四人で……」
そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。
見渡せば、ガリウスは盛大にいびきをかき、イザベラはテーブルに突っ伏し、ヴィンセントも瞳を閉じていた。
起きているのは、俺だけだった。
俺はジョッキに残った温くなったビールを一気に飲み干した。
店の親父に四人分の勘定を多めに支払い、一人、夜の静寂へと踏み出す。
「また……四人で……なんてな」
夜風に吹かれ、酔いが冷めていく。
俺は忘れかけていた「目的」を思い出し、表情を修羅のそれに塗り替えた。
向かう先は、闇に沈む絶界宮。
情に絆されている場合ではない。
「推し活」だの「ゲリラライブ」だの、リリスが作り出したこのズレすぎた流れを、本来の復讐劇へと引き戻さねばならない。
勇者の息子アステリオとしての夢は、今夜の酒と一緒に置いていく。
俺は魔王軍総帥、ヴェイル。
この世界に、真の絶望を教える者だ。




