第九話:切り分けられた沈黙
王都の王宮では、ゲシュタール平原での「勝利」を祝う豪華な晩餐会が催されていた。
「戦功第一は、見事魔王軍を追い払ったガルガンチュア公爵である!」
王の宣言に、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
中央で胸を張るガルガンチュア公爵は、さも当然といった顔で跪いた。
「ありがたき幸せにございます。あえて敗走を装い、敵を誘い出した策が功を奏しました。……ただ、ヴィンセント殿の到着が予定より遅れ、少々肝を冷やしましたがな」
「ははは! 期待の若手とはいえ、公爵閣下の神速の軍略についていくのは、まだ早すぎたようですな!」
並み居る貴族たちが、勝ったのが誰のおかげであるかも忘れ、追従の笑いを漏らす。ヴィンセントはその傍らで、表情一つ変えずに答えた。
「ガルガンチュア公爵には助けられてばかり。お恥ずかしい限りです」
冷徹なまでに落ち着いたその態度のまま、ヴィンセントは王へと視線を向けた。
「陛下、続けてご報告を。押し込まれていた東の戦線は現在、反転攻勢に出ております。敵は後方の砦に立てこもりましたが、落とすのは時間の問題かと。つきましては、温存している兵力を投入し、一気に押し込むのが上策と考えます」
「口を慎め、ヴィンセント!」
ガルガンチュア公爵の一喝が、和やかな空気を引き裂いた。
「お前ごときが軍略に口を出すな。少し手柄を立てたからと、調子に乗っているのではないか? 今はせっかく王が我らのために開いてくださった宴の席ぞ。無粋な真似をするな」
「……これだから下級貴族出身は……」
「戦の匂いを持ち込むなど、育ちが出るな」
周囲の貴族たちがひそひそと囁き合う。
――俺たちがどれだけ命を懸けて尽くそうとも、この国ではこの程度の扱いなのか。
ヴィンセントの拳が、微かに震えた。
「まあまあ、良いではないか」
王が退屈そうに銀のスプーンを置いた。
「それよりも、この巨大なケーキをどうにかせねばなるまい。……誰か、『ケーキ切りの勇者』を呼んで参れ」
ドッと、会場が卑俗な笑いに包まれた。
あの日、アステリオが受けた呪いの言葉。それが今、この場にいない友を辱めるために使われた。
ギリ……と、ヴィンセントの奥歯が悲鳴を上げる。
だが、彼は跪いたまま、静かに口を開いた。
「――この程度のケーキ、勇者様のお手を煩わすまでもございません」
言葉が終わるより速かった。
ヴィンセントは流れるような動作で腰の剣を抜くと、一瞬の閃光とともに巨大なケーキを鮮やかに切り分けた。
「……されば、強敵は切り分けましてございます。職務に戻りますゆえ、これにて失礼いたします」
鞘に納まる剣の音だけを残し、ヴィンセントは颯爽と王宮を後にした。背後では、呆気に取られた貴族たちが静まり返っていた。
冷たい夜風に吹かれながら、王宮の門を出る。
胸の中にあるのは、煮えくり返るような怒りと、かつての友への申し訳なさ。
だが、ふと立ち止まった時、脳裏を掠めたのはあの日の女性の姿だった。
泥に汚れたワンピースと、驚いたように見開かれた瞳。
殺伐とした戦場と、腐りきった王宮。そのどちらにも属さない、あの浮世離れした美しさが、なぜか今の彼の心に、かすかな平安を運んできた。
「……名前だけでも、聞いておけば良かったな」
ヴィンセントは自嘲気味に呟くと、再び暗い夜道へと歩き出した。




