友の背中と、消えない罪悪
懐かしい来訪者の声に、階下から母の嬉しそうな声が響いてきた。
「ヴィンセント……! 元気にしてた?」
「お久しぶりです。伝説の勇者様が倒れられたと聞き、見舞いに参りました」
「ふふふ、相変わらずね。アステリオなら奥で休んでいるわ。顔を見せてあげて」
階段を上る規則正しい足音。扉が開くと、そこには戦地の泥を落としたばかりの、凛々しい親友の姿があった。
「勇者殿、ご機嫌はいかがかな?」
「……やめてくれ。頭痛がひどくなる」
俺が毛布にくるまったまま毒突くと、ヴィンセントは快活に笑った。
「ははは! それにしても一体どうしたんだ? イザベラが外で『あんまりよ!』ってブツブツ言ってたぞ」
「あの女の話は……しばらく聞きたくない」
「冗談はさておき、無理はするなよ。魔物が力を増している今、勇者様に何かあっては困るからな」
――嘘ではないだろう。ヴィンセントは、昔からこういう男だ。
かつてパーティを組んでいた頃から、彼は常に俺の体調を気遣ってくれていた。
「ありがとう。とはいえ、王からの招聘はないがな」
「まあな……貴族というのはプライドが高い。散々馬鹿にした勇者様に、今さら泣きつくなんて真似はできんのだろう」
ヴィンセントは椅子を引き寄せ、ふと声を低くした。その瞳に、一瞬だけ鋭い「騎士の光」が宿る。
「実はな……東のゲシュタールで魔王軍と戦ってきたんだ。この五年の間に組織された、驚くほど強い軍になっていた。動きが魔物のそれではない。誰か、極めて優秀な指揮官に訓練されたようだった」
――心臓が跳ねた。
「そう……なのか……」
俺は頭痛で頭を押さえるふりをして、手のひらで顔を隠した。
今、こいつの目を見たら、すべてを見透かされてしまう。俺がその「優秀な指揮官」であり、彼が救ったはずの命を、裏で刈り取ろうとしている張本人だとバレてしまう。
「……本当に具合が悪いようだな。これで失礼するよ」
ヴィンセントは俺の異変を「病」によるものと解釈し、席を立った。
「ああ、そうだ。ガリウスがまた四人で飲みたがっていたぞ。あの成金野郎に、たんまりと奢ってもらおうぜ」
「そうだな……体調が戻ったら、飲みに行こう」
ヴィンセントは片手を上げ、軽やかな足取りで部屋を去っていった。
パタン、と扉が閉まる。
静まり返った部屋の中で、俺は毛布を強く握りしめた。
(……すまん)
かつての仲間を裏切り、世界を敵に回してまで進もうとしているこの道。
ノインの純真さと、ヴィンセントの誠実さ。その両方に挟まれながら、俺の心は今にも張り裂けそうだった。




