第六話:過労死寸前の勇者様
ゲシュタールの敗走から数日が経っていた。
俺は王都のカフェで、不機嫌を隠そうともせずに「あの女」を待っていた。
いつまで待たせる気だ。約束の時間はとうに過ぎている。
苛立ちを紛らわすため、窓の外に目をやる。そこでは武装した兵士たちが、血相を変えて走り去っていた。
無理もない。ここ数日、王都は建国以来の厳戒態勢にある。
すべては「魔王チャンネル」がぶち上げた、あの悪夢のような告知のせいだ。
よりにもよって王都でゲリラライブ。そんなことを許せば王国の恥どころか、国防の崩壊を意味する。街はネズミ一匹通さないほどの兵で溢れかえっていた。
「はぁ……」
何度目か数えるのも止めた溜息をついたとき、ようやく鐘を鳴らすような声が響いた。
「アステリオ、調子はどう?」
遅刻を悪びれるどころか、最初からなかったことにできるこの女の強靭な精神力が、今は少しだけ羨ましい。文句を言う気力すら湧かず、俺は早速本題に入った。
「で……相談ってのはなんだ?」
「その前に……すみませーん! アイスコーヒー一つ!」
店内に響き渡る声。……ああ、イライラするだけ損だ。さっさと話を終わらせて帰りたい。
「で……相談ってのはなんだ?」
「ねえねえ、アステリオ。『魔王チャンネル』って知ってる?」
「……噂にはな」
噂どころか、運営責任者(被害者)なんだがな。
「最近バズってるのよね~。私のフォロワーも結構あっちに流れてるんじゃないかしら」
「知らん。本題に入れ」
「はいはい、相変わらず面白味のない男ね」
イザベラは運ばれてきたアイスコーヒーを一口啜ると、とんでもないことを言い出した。
「私、思うの。そもそも魔王チャンネルがバズったのって、私の配信がきっかけじゃない? それなのに、私には何の恩恵もないわけ。これっておかしいでしょ?」
「……そう、なのか?」
「でね! 私、魔王チャンネルと『コラボ』しようと思うの! そうすれば私のフォロワーも戻るし、相乗効果でウィンウィンの関係よ!」
頭痛が、激痛に変わる。
魔王とインフルエンサーのコラボ? リリスが聞けば「最高ですね!」と飛びつきそうな地獄の企画だ。
「だからさぁ~。ライブの日程を聞き出したいわけよ。もう一度『絶界宮』に行くから、あんた、また私のガードとしてついてきなさいよ」
――。
目の前が真っ暗になった。
リリスの暴走、ヴィンセントの追撃、そしてイザベラの強欲。
張り詰めていた何かが、ぷつりと音を立てて切れた。
……気が付くと、俺は自分の部屋のベッドに寝かされていた。
視界の端で、母が心配そうに俺の額のタオルを替えてくれている。
「アステリオ、大丈夫? 最近、無理しすぎじゃないかしら……」
聖剣でケーキを切ったときよりも、魔王軍を組織したときよりも、俺の体は悲鳴を上げていた。復讐への道は、あまりにも険しすぎる。




