敗走の理由は「映え」のため
絶界宮の中庭で黄昏れていた俺の元に、最悪の報せが届いたのはその数刻後だった。
東の戦地ゲシュタール平原に送り込んだ魔王軍の半分が、王国軍の増援によって敗走したという。
「……ありえん。ヴィンセントが五千騎連れてきた程度で、俺が鍛えた軍団がそう簡単に崩れるはずがない」
俺は執務室へ突き進み、扉を乱暴に開け放った。そこには、撮影機材を片付けながら、満足げに髪を整えるリリスの姿があった。
「リリス! 説明しろ! なぜゲシュタールの軍が敗走した!?」
「あら総帥、おかえりなさい。顔が怖いですよ? シワが増えると、せっかくのミステリアスな上司キャラが台無しです」
リリスは悪びれもせず、手元の魔導端末を操作して映像を空中に投影した。
「敗走したのは予定通りですよ。だって、ノイン様の『戦火の中で憂う魔王様』という切ないショットを撮るために、前線の精鋭大鬼部隊を五十体ほどこっちに呼び戻しましたから」
「……は?」
「重厚な鎧を着た大鬼たちを背景にボカして配置することで、ノイン様の透明感が三割増しになるんです。戦地の穴? 代わりにスケルトンを数千体ほど適当に並べておきましたけど……何か問題でも?」
――大有りだ。
大鬼部隊は、あのガルガンチュア公爵を物理的に叩き潰すためのメイン火力だった。それを「背景のボケ」のために引き抜くなど、軍師として万死に値する。
「その結果、ヴィンセントの突撃を許し、ガルガンチュアに手柄を譲る形になったんだぞ!」
「ええ、でも見てください総帥。この敗走する魔王軍の背中……エモくないですか? 『悲劇の魔王軍』というハッシュタグで今、トレンド入りしてますよ」
リリスが提示した画面には、敗走する魔物たちの姿を見て『可哀想』『魔王様を守らなきゃ』と熱狂する人間たちのコメントが溢れていた。
俺が五年間かけて作り上げた「恐怖の軍団」が、この女の手によって、たった一日で「守るべき推し」へと変換されていく。
「俺は……復讐を……」
「復讐なんて古いですよ。これからはファンクラブ会費で王国の経済を支配するんです」
リリスはキラリと眼鏡を光らせ、次の企画書を俺の胸に叩きつけた。
そこには、俺の胃にトドメを刺すような一文が踊っていた。
『近日開催:魔王ノイン、王都ゲリラライブ敢行!』
「……お前、正気か?」
「もちろんです。王都のど真ん中で歌って踊れば、人類は降伏します。あ、総帥は警備担当ですから、変なサングラスかけて隅っこにいてくださいね」
俺は再び、ふらふらと部屋を出た。
復讐の炎が、ピンク色のサイリウムの光に呑み込まれていく。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
この無茶苦茶なライブ企画が、あの鋭すぎる親友、ヴィンセントとの再会を引き寄せることになることを――。




