総帥、居場所を失う
絶界宮の朝。
俺が昨日の一件(イザベラの配信)で疲弊し、ようやく重い腰を上げて執務室に入った時、そこには異様な光景が広がっていた。
「ダメです魔王様! もっとこう、ギュンと! ギュンとくるポーズをお願いします!」
「リリス……こう?」
「完璧です! 尊すぎて魔界の門が開きそうです!」
指示棒を振り回しながらノインに詰め寄る眼鏡の女――リリス。
俺が採用した「戦略広報官」だが、彼女の手元の魔導水晶には、昨夜の配信を遥かに凌ぐ「不純な」データが蓄積されていた。
「……おい、リリス。説明しろ。その『魔王チャンネル』というのはなんだ」
俺の低い声に、リリスは教師のような冷徹な笑みを浮かべて振り返った。
「あら総帥、おはようございます。時代遅れの恐怖政治に代わる、最新の『推し活侵略計画』の第一段階ですよ。……さあ、ノイン様! 次は『朝のルーティン』の撮影です!」
絶界宮の執務室は、もはや俺の知っている「司令室」ではなかった。
リリスに言われるがまま、ノインの撮影が淡々と、しかし熱狂的に進んでいく。撮影機材や照明代わりの魔導具がひしめき合い、誰も俺のことなんて見えていないみたいだ。
「ノイン様、今の表情いいですよ! そうそう、その血液ソースが口元に付いてる感じ! ギャップが凄すぎて、人類がキュン死しちゃいそうです!」
「リリス……これ、あまい」
「あざとい! あざとすぎます魔王様! 録画、回して!」
俺はこみ上げる頭痛を抑えながら、なんとか口を挟んだ。
「……おいおい、リリス。これじゃあ魔王のイメージダウンだろう。もっと世界中を恐怖に陥れるような、禍々しい演出を……」
だが、リリスは俺に最後まで言わせないように、ビシッと口の前に手をかざした。眼鏡の奥の瞳が、プロデューサー特有の鋭い光を放つ。
「ノンノン! 総帥、あなたは時代遅れです。剣と魔法で怯えさせるなんて古臭い。これからは『推し活的侵略』の時代です。恐怖で縛るより、課金で縛る方が人間は逃げられませんから」
「……課金?」
「邪魔なんで、とりあえず出てってもらえますか? 集中したいんで」
……追い出された。
自分の城の、自分の執務室から。
俺はトボトボと、絶界宮の中庭にあるベンチに腰を下ろした。
空はどこまでも高く、澄み渡っている。
「俺は……何か……間違っている気がする」
復讐のために魔王軍を組織し、着々と軍備を整えてきたはずだった。
人々が「勇者」を求めて泣き叫ぶ地獄を作るはずだった。
なのに、なぜ俺は今、自分の育てた魔王が「あざとい」と褒めちぎられ、人類を萌え死にさせようとしているのを外で眺めているんだ?
しかも、東の戦地ではガルガンチュア公爵を追い詰めているはずなのに、街の酒場では「ノインキーホルダー」が飛ぶように売れている。
復讐の炎が、じわじわと「エンタメの熱狂」という得体の知れないナニカに侵食されていく恐怖を感じながら、俺はもう一度、深く、深く空を仰いだ。




