絶界宮、緊急厳戒態勢
五年。この場所を作り上げるのにかかった年月だ。
だが、俺の悲願はまだ半分も達成できていない。今、俺の正体が「あのケーキ切りの勇者」だとバレるわけにはいかないのだ。
その夜、絶界宮にはかつてないほどの怒号が飛び交っていた。
「グリル! 何度言えばわかるんだ、その禍々しい装飾品は隠しておけと言っただろう!」
「は、はい! しかしヴェイル様、この『呪いのドクロ』は我が家代々の――」
「しまえと言ったらしまえ! いいか、この部屋には何があっても、天地がひっくり返ってもあの女を入らせるな!」
俺の剣幕に、グリルが震えながら提案する。
「はっ! では、魔王軍一千を部屋の前に待機させておきます!」
「馬鹿野郎、一千で足りるか! 一万だ! 全軍をもって食い止めろ!」
俺は城の図面を叩き、狂ったように指示を飛ばし続ける。
「あの女は必ずここを通る。いいか、ここを真っ直ぐ行くと見せかけて、隙あらばこの部屋に突撃(配信)しようとするはずだ。そこ! お前は体を投げ出せ! 命を懸けて扉を死守するんだ!」
「溶岩魔人はこの通路にいろ。お前なら、あの女の氷結魔法を食らっても凍らずに済むだろう!」
ひとしきり絶叫に近い指示を出した後、俺はふらりとバルコニーに出て空を見上げた。
星一つない、吸い込まれるような漆黒の闇だ。
(……消えてしまいたい)
明日、俺は「イザベラの護衛のアステリオ」としてここに来る。そして同時に「魔王軍総帥ヴェイル」としてこいつらを指揮し、あのアホな女を追い返さなければならない。……無理だ。
「……ヴェイル」
背後からの声に振り返ると、そこにはパジャマ姿のノインが立っていた。
「明日、ヴェイルの友達が来るんでしょ? 人間?」
「……そうだ。人間どもの動きを探るために、俺は奴らに紛れて諜報活動をしている。その時に知り合った、極めて騒がしい女だ」
嘘ではない。ただ、その「知り合った女」が今、俺が一番会いたくない天敵であるというだけだ。
ノインは首を傾げ、期待に満ちた目で俺を見上げた。
「人間って……おいしいのかな?」
立ち眩みがした。
俺は返事もできず、もう一度、深く、深く漆黒の闇を見上げた。
明日、俺は自分の城で、自分の教え子(魔王)に、自分(人間)を食べさせないための戦いをしなければならないのか。




