シミとため息と、地獄の片道切符
白いシャツなんて、着ていくんじゃなかった。
自宅の洗い場で、シャツに付いたコーヒーのシミを必死にこすり落としながら、俺はカフェでのイザベラとの会話を反芻していた。
「絶界宮に突撃インタビュー!? 馬鹿か、死ぬぞ。あそこは『魔王』の城なんだぞ」
俺の至極真っ当な(そして内部事情を知り尽くした)警告に、彼女は自撮り棒を回しながらケラケラと笑った。
「大丈夫よ。私の魔導士としての実力は知ってるでしょ? あんたを死なせやしないわ」
……確かに、こいつより凄腕の魔導士を俺は知らない。かつて魔族を根絶やしにした勇者パーティの末裔の名は伊達じゃない。まあ……俺もその一人なんだが。
イザベラは俺の懸念などお構いなしに、水晶球をいじりながら続けた。
「突然現れた魔王軍に、北の凍土にそびえる絶界宮……。私が突撃インタビューを配信すれば、世界中が固唾をのんで見守るわ。再生数は億超え、スパチャ(投げ銭)の嵐よ!」
「……お前は最強の魔導士かもしれないが、相手は魔王だ。何が起こるか分からんと言ってるんだ」
「だから、あんたを連れていくんじゃない。魔族を絶滅まで追い込んだ伝説の勇者様のご子息……アステリオ様をね」
――「はぁ~……」
一生分のため息を吐き出しながら、俺は再びシャツのシミに目を落とした。
コーヒーのシミ一つ満足に落とせない「勇者様」が、この無理難題をどう解決しろというのか。
(……仕方ない。アステリオとしてイザベラを守りつつ、ヴェイルとしてイザベラをもてなす……。いや、無理だ。体が二つあっても足りない)
自虐的な嫌味を心の中で呟きながら、俺は濡れたシャツを絞った。
こうなれば、今夜中に絶界宮に戻り、全魔族に「明日、死ぬほどやかましい女が来るから絶対に粗相のないように」と通達するしかない。
魔王軍始まって以来の、空前絶後の「おもてなし(自作自演)」が始まろうとしていた。




