闇の総帥、親バカの葛藤
俺は黄金の剣を傍らに置き、ベッドの端に腰を下ろした。
ノインが選んだのは、皮肉にも『正義の騎士が悪い竜を倒す話』だ。
「よし。……さあ、始めようか、ノイン」
「うん、ヴェイル!」
膝にもたれかかるノインの重みを感じながら、俺は冷徹に自らの「計画」を反芻する。
――この子を最強の魔王に仕立て上げ、世界を絶望の淵に叩き落とす。人々が悲鳴を上げ、かつての俺のように「勇者」を求めて泣き叫ぶその時、俺が「勇者アステリオ」として颯爽と現れ、この子を――討つ。
それこそが、俺を嘲笑った世界への最高のリベンジであり、俺が再び頂点に返り咲くための完璧なシナリオだ。
(……そうだ。この読み聞かせも、おやつも、すべては信頼を勝ち取るための『投資』。最後に俺がこいつを屠るその瞬間のため、最高の魔王(見世物)に育て上げるんだ……)
「いいか、ノイン。この絵本に描かれている『騎士』は、実はとても卑怯なんだ。多勢に無勢で竜を囲み、寝ている隙に攻撃を仕掛ける。これが人間のやり方だ」
「ふーん……にんげんって、よわいのにずるいんだね」
キャンディを頬張りながら、ノインが真剣な顔で頷く。
素直に俺の言葉を信じる、曇りのない瞳。
(……クッ! なんて純粋な……だが、騙されるな俺! こいつは復讐の道具だ。このキラキラした目も、後で絶望させるためのスパイスに過ぎない……はずなんだが……ああ、クソッ、なんて可愛いんだ!)
思考と本能が激しく衝突し、鎧の中で俺の表情は「冷酷な悪鬼」と「デレデレな保護者」の間を往復して忙しい。
物語が進み、やがてノインのまぶたが重くなってくる。
「ねえ……ヴェイル……」
「なんだ」
「ヴェイルは、ずっと……いっしょにいてくれる?」
その問いに、俺は息が止まりそうになった。
最後にこいつを殺すのは、俺だ。そんな俺が、一緒にいてやるなどと――。
しかし、震える小さな手が俺の鎧を掴んだとき、俺は言葉よりも先に、寝入ったノインの体を抱きしめていた。
「ああ。……俺がいる。お前が世界を統べるその日まで、俺が側にいてやる」
(……「世界を統べる日まで」だ。その後は討つ。そう決めている。決めているんだが……なんだこの温かさは。まさか魔族の精神攻撃か? 鎧を脱ぎたい。脱いでこいつの寝顔をずっと見ていたい……いや、ダメだ俺! 正気に戻れ!)
自らの甘さを必死に呪詛でかき消しながらも、俺はノインを抱く腕の力を緩めることができなかった。
復讐という冷たい氷塊が、小さな寝息の熱でじわじわと溶かされていく。俺は得体の知れない恐怖と、抗いがたい幸福感に揺られながら、騒がしすぎる絶界宮の夜を過ごした。




