【短編小説】星月夜
耳を切ったり腹を切ったり。
頭上で女が言う。
「それが男のやることなのか?」
手首がイカ焼きになってる女の陰唇は大量のパニエに埋もれて発掘できなかった。
それはおれが行方不明になったと言うことだけれど、入山届を出していないから捜索されることはない。
そうしておれも、女の手首についた線の一つになる。
「その手首なんの線?」
「今までに撃墜した男の数よ」
それは無人島の洞穴に刻む線と似ていて、または女の肌に落書きする中出し回数の漢字でもあった。
そうしておれはパニエの中で死に、陽が暮れてまた昇り折り返し地点で人生とは42であると言うことをq.e.dする為の話を始める。
「星ってなんで光るんだっけ?」
後楽園ホールから帰る電車の中で君は腫れた顔で呟いた。
腫れていない方の首は眠そうにしながら、それでも向かいの席に座っている女子大生が着たTシャツのプリントされたキリル文字を解読しようと試みている。
だけど実際に見ようとしているのは、いままでに何人がそのヌーキーを咥えたのかだとか昨晩にぶら下がっていた男のことかも知れない。
とにかく、おれたちが乗っている五階建て電車の窓からは自棄になった子供の絵みたいな黒さの空が広がっており、その真ん中にわざとらしく光る薄黄色い月がぶら下がっていた。
とても中途半端な月で、半月でもなければ三日月でもない。白でもなければ黄色でもない。精液に似ていると声に出さなかっただけ褒めて欲しい。
日常にはそう言う小さな我慢がたくさんある。
声に出されなかった我慢は飲み屋の便所で吐瀉物と一緒に海に出て行くから、海はとても性格が悪いのだ。
それにしても不細工な月だ。
松尾芭蕉でも詠むのを諦めて呑んで吐いて寝るだろう。ヴィンセント・ファンなら怒り狂ってチンコを切り落とすかも知れない。
逆に太宰だとか三島はこれくらいが良いのだなどと言うかも知れないを
とにかく不細工な月だった。
五階建て電車の五階でもラッシュ時となるとまばらに席が空いている程度で、ちらほらと立客が散見された。
大日本皇国の人口三割が棲んでいる首都なのだから仕方ない。
「聞いてるか?」
切れた唇で笑う君の質問は何だったか。
おれはとっくに忘れてしまったので
「まぁカレーか麻婆豆腐でよいんじゃない」
と答えた。
唇が切れている方の君は笑い、じゃない方の首は解読を諦めて眠りに落ちていった。
おれたちが見ているのはその夢そのものかも知れない。つまりおれたちが彼の頭の中にある景色と言う話だが、多くの人間にはこの手の話は竹輪の穴より無意味で興味が持てない話だろう。
唇が切れてる方の君の首は続ける。
「月が綺麗ですね、って言う有名なやつあるじゃん。その時の月ってさ、やっぱ満月とか細い三日月とかで、いま見てる様な不細工な月じゃないんだろうね」
それはつまりホテルの最上階レストランか格安イタリアンかと言う話か?
ロマンチストも大概にしておけ。
おれは玉ねぎの薄皮を剥がすように、パニエを一枚一枚捲っては夢から出ようと試みている。
唇が切れている方の君はバンテージの跡が残る手を見て「疲れたなぁ」と笑った。
おれも疲れている。
それは世代間闘争であるとか資本家との労働闘争であるとか性別間の闘争に置き換えても構わないが、とにかく疲れている。
誰だってそうだ。
「だから君の疲れと言うのはきっと減量だとか試合そのものじゃなくて、全部に対して疲れたと言う事で、その全部と言うのが何かを言うのは難しいのだろうけど、それは全部なんだ」
おれの言ったことを君が理解できているか知らない。
そこまでの責任はおれにない。
ただ少なくとも君はその全部を把握していて、それを端折って「疲れた」と笑ったのだ。
別にそれは自嘲では無かったし、皮肉とかでも無かった。
疲労と困憊。
菊と日本刀。
女子大生とセックス。
バスガイドと発射オーライ。
唇が切れてる方の君は呟く。
「リングの上でライトを浴びている間は光り輝いて見えたとしても、それは太陽の光を反射する月みたいなものだよね」
おれには君が何を言ってるのか分からないが、その責任はおれにない。
全ては社会のせいだ。
赤い風が南から吹いて、西から東へと進む。そういうことだ。
君は目を瞑って頭を窓ガラスに預ける。
五階建ての電車がすれ違う。
「人生の意味はなんだ?」
「42だと聞いた」
「パニエの枚数が?」
「玉ねぎのそれさ」
陰唇と玉ねぎの匂いに違いが無いのだとしたらそれはそれだ。
終わりといえばすべて終わる。
「えぇとなんだっけ?」
「光の話さ」
君は切れた唇で言う。
おれは少し考えてから答える。
「リングの上にいる選手が光って見えるのは、何も無数のライトだけじゃなくておれらが見ているからって言うのもあるだろう」
それはおれたちが君たちのデーモンコアを除いてるって事かも知れない。
青白く光ってるのは君のオープンハートだ。君がティファニー。おれがティンパニー。
「だから光っているのさ、おれたちの視線が君らの前途を明るく照らす」
「ただそこを歩けるのは一人か二人だけどね」
君は悪戯っぽく笑った。
その笑顔がおれはどうしようもなくムカついたので、唇が切れている方の首を引きちぎって五階建ての電車から放り投げた。
「光ったなぁ」
じゃない方の首が目を覚まして笑った。
「じゃあおれは今からあの女子大生を犯す」
じゃない方の首は有言実行、女子大生を駅弁売りの体勢で犯したおすと窓から飛び降りてしまった。
「やぁ、光ったな」
おれは君を記憶の中に止めることにした。
なにせおれときたら、相変わらず手首イカ焼きガールのパニエで迷子になっていたし、それも君の夢かも知れなかったからだ。
「星になりたいな、形なんかどうでもいいから」
サラリーマンが言う。
おれも同じだ、復讐のために生きている。
おれを崇めて奉れ。
悪鬼鬼神の類になるまで苔よむせ。
電車が止まった。
ひとが轢かれた。
五階建て電車の窓から見下ろす。
線路の傍にある釣り堀の上で光っている月は、何度見ても不細工だった。
光源の多い街では星も見えない。
「人生そのものだな」
五階建ての駅で労働を終えた人たちが乗り込んできて、窓もよく見えなくなった。
電車がゆっくりと動き出した。
明日は、月曜日だ。
みんな死ねばいい。




