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元夫への復讐計画 ~タイムリープした私は冷徹な復讐鬼  作者: 朧月 華


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第2話 静かなる偵察、最初の一歩

浩二が出て行った後のマンションは、シーンと静まり返っていた。この広い空間にただ一人。いつもならば空虚にさえ感じるこの静寂が、今日は張り詰めた緊張に変わっている。美希の鼓動だけが耳の中で不自然に大きく響く。


(よし…完璧だ)


彼女は自分に言い聞かせるように小声で呟いた。浩二が重要な会議があると言って出て行った。たっぷりと時間がある。


まずは書斎へ。ドアの取っ手に手をかけると、ほんの少し冷たい。美希は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。まるで、ここが単なる夫の書斎ではなく、敵陣の最深部に潜む司令部であるかのように。


(細かいことまでよく気にする男…物の位置、角度、埃の有無…全て、完璧に記憶しなければ)


ドアを開ける。革と紙の、浩二らしい匂いがほのかに漂う。彼女はまず、掃除機と雑巾を手に取った。これが彼女の“変装”だ。万一浩二が不意に戻ってきても、書斎の掃除をしていると言い訳が立つ。


まずはデスクの上。ほこりを拭きながら、書類の山に目を通す。ほとんどが仕事関連の書類で、表面上は問題なさそうだ。しかし、彼女の目的は紙の書類ではない。あのスマートフォンだ。


(どこだ…? いつも充電しているはずのスマホ本体は…)


デスクの隅にあるコンセント。そこには、スマートフォンの予備の充電ケーブルがぶら下がっている。しかし、本体はない。浩二は持ち歩いたのか? いや、待て。昨日の夜、彼はリビングで充電していたはず…


美希は浩二の思考パターンを必死に思い描く。すぐに手の届く場所に置いておくはずだ。彼は面倒くさがりだ。


ためらいながら、デスクの引き出しを一つ一つ、注意深く開けていく。文房具、予備の名刺、ストックのネクタイ…。


そして、一番下の引き出しを開けた時、それが見つかった。スマートフォンと、そして**予備のスマートフォン**だ。おそらく仕事用と私用を使い分けているのだろう。私用の方は、パスコードがかかっていない。油断か、あるいは美希を完全に侮っているか。


(…バカな男)


彼女の口元が、ほんの一瞬、冷ややかに歪んだ。この過信が、あなたの墓穴を掘る。


手袋はしていない。細心の注意を払い、**ハンカチで本体を包みながら**操作する。指紋を残さないためだ。


まずは写真アプリ。風景や仕事の資料画像が並ぶ。しかし、美希は「隠しアルバム」の存在を知っている。前世、離婚調停の最中に、弁護士がその存在をほのめかしたからだ。画面をスワイプし、特定の組み合わせの数字——浩二の誕生日と、怜奈の誕生日——を入力する。


アルバムが開いた。


息をのむ。そこには、浩二と西山怜奈の写真が収められていた。ホテルのラグジュアリーな部屋で、互いに寄り添い笑い合っている写真。怜奈が浩二の頬にキスをしている写真。どれもが、夫婦のそれよりもはるかに親密で、享楽的だった。


(…っ)


胃の中が煮え滾るような感覚。しかし、彼女は感情を押し殺した。怒りは燃料であって、障害物ではない。今はただ、証拠を集めねばならない。


美希は素早く、自分のスマートフォンを取り出す。昨夜、こっそりと設定した、誰にも追跡されないフリーのメールアドレス。彼女は浩二のスマートフォンから、そのメールアドレス宛に、一枚一枚、写真を送信していった。


「送信完了」の表示が、淡々と続く。


次に、LINEのアプリを開く。トークリストの一番上には、「マナミ」という名前があった。プロフィール画像は、西山怜奈本人だ。どうやら偽名を使っているようだ。


トークの内容は露骨なものばかり。デートの約束、甘い言葉の応酬。そして、定期的に送信されている高額な振込の確認メッセージが…。金額は一度につき数十万円。明細の画面ショットまで保存されており、「マナミ」からの「ありがとう、ヘアアクセサリー買っちゃった♪」といったメッセージが添えられている。


(私たちの共有財産から…あの女に…)


冷静さを保つのが、ますます難しくなる。彼女は唇を噛みしめ、同じようにこれらの画面キャプチャを、自分のメールに送信する。


最後に、メールアプリ。仕事用のアカウントがログインされている。タイトルをざっと見るだけでも、怪しい取引が**いくつか見受けられるものもあった**。「○○プロジェクトに関する非公開打合せ」、「帳簿上の処理について(至急)」、「御礼と今後のご支援について」…。内容まで確認する時間はない。とりあえず、怪しいタイトルのメールのリストを、またメールで自分に送る。


ほとんど全ての証拠の送信が完了した時、彼女はほっと一息ついた。しかし、最後の一枚——浩二と怜奈がベッドで並んで写った特に恥ずかしい写真——を送信した時、画面に「送信エラー」の表示がちらついた。


(!?)


冷や汗が背中を伝う。再送信を試みる。今度は「送信完了」となった。大丈夫か? エラーの後、正常に送信されたのか? それとも…浩二のスマートフォンに、痕跡が残ってしまったのか?


時間がない。彼女は浩二のスマートフォンを元の状態に戻し、引き出しの奥にしまい、周囲の物の配置を細かく記憶してあった通りに戻す。掃除機をかけ、ほこりを拭き、何事もなかったかのように書斎を後にした。足が少し震えていた。


一日中、彼女の心臓は高鳴り続けた。送信エラーのことが頭から離れない。あの写真は、無事に届いたのか? それとも…浩二のスマートフォンに、痕跡が残ってしまったのか?


そして夜。浩二が帰宅する。


「ただいま」

「おかえりなさい、浩二さん。お疲れ様でした。お風呂は既に沸かしてありますよ」


浩二は少し疲れた顔をしている。彼はリビングに直行し、ソファに腰を下ろすと、すぐに私用のスマートフォンを取り出した。美希は台所で夕食の準備をしながら、そっと彼の様子を窺う。


浩二がスマートフォンを操作している。その表情が、次第に曇っていく。眉間に皺が寄り、画面を何度もタップしている。明らかに何かを探している、あるいは確認しているそぶりだ。


(やはり…気づかれた? あの送信履歴? それとも…?)


しばらくして、浩二が書斎へ向かう。足音が慌ただしい。引き出しを開ける音。そして、しばらくして、彼が書斎から出てきた。その顔は困惑と、わずかな猜疑心で歪んでいた。


「美希」

「はい。何でしょうか?」


美希は、おびえた小動物のように、わざとらしく少し驚いたふりをして振り返る。手には野菜を切る包丁を持ったまま。


浩二は彼女をじっと見つめる。探るような、冷たい視線。

「おい、俺の書斎触ったか? 書類の位置が違う気がするんだが。それに、引き出しの開けっ放しもあったぞ」


心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えながら、美希は顔を少し傾け、無邪気な困惑の表情を浮かべる。

「あら? そうでしたか? 今日は念入りに掃除をしたので、少し物を動かしたかもしれません。ごめんなさい、浩二さん。あなたの大切な書類を乱してしまいましたか?」


彼女の態度はいたって自然で、心配そうな妻そのものだ。浩二は少し間をおき、彼女の瞳の奥を読もうとするが、そこには偽りのない(ように見える)心配しか見えなかった。


「…いや、別にいい。ただ、あまり不用意に触らないでくれ。重要な書類がたくさんあるからな」

「はい、よく気をつけます。それより、今日の夕飯はあなたの大好きな肉じゃがにしたのよ。たくさんお仕事して疲れてるでしょうから。」


彼女はわざと明るく、愛嬌たっぷりに言った。浩二の表情がわずかに和らぐのを感じた。食べ物、特に自分の好物で機嫌を取られるという、単純な図式が彼の中で働いたのだ。


「…ふん、悪いな。じゃあ、早めに食おうか」

「はい! すぐにご用意しますね」


浩二は再びリビングのソファへと戻っていった。彼の背中を見送りながら、美希はそっと息をついた。危ない橋を渡ったという安堵と、彼の猜疑心が完全には消え去っていないという緊張が入り混じる。


(油断はできない…彼はもう、完全には私を信用していない)


台所に立ち、包丁を握りながら、美希は考えた。


(あの送信エラーの写真…もし浩二のスマートフォンに送信履歴が残っていたら? 彼はすでに気づき、削除したのか? それとも、まだ確認していないだけか?)


彼女の目が、冷たく研ぎ澄まされていった。


これは単なる最初の一歩に過ぎない。これからは、より慎重に、より巧妙に、彼の城壁を崩し、地獄への階段を一歩一歩、**舗いて**いかねばならない。


窓の外には、再び東京の夜が訪れていた。無数の灯りが、優しく、そして冷たく輝いている。その一つ一つが、もしかしたら、彼女と同じように、何かを企み、何かに耐える人間の営みを映しているのかもしれない。


美希は決意を新たにした。戦いは、まだ始まったばかりだ。



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