だから奥方様は巣からでない
「不自由はないか? ラナ」
「はい、旦那様」
王宮の追及をのらりくらりと躱し、ラナリアのスキルのことは沈黙したレオン。
どんなに怪しくても、当の本人が否定し、レオンが実際に転移して見せたため、お偉いさんたちも黙る他なかった。
そして今回の働きにより、辺境貴族らの待遇も劇的に改善される。
彼らがどれだけ優秀な戦士であり、頻繁に起きる戦いで常に財政難なことを理解した王宮は、俸祿を根底から見直して倍以上増やしてくれたのだ。
さらには、辺境貴族らの戦闘を目にした騎士らがそれに憧れ、移動を希望する者が続出。
『民を守るという本当の意味を知りました。戦場は王都でない。辺境にこそ在るのです』
そういった騎士の流出が目立つ反面、辺境から王都貴族に乞われて嫁ぐ者も増える。
『いや、サルバトーレ子爵夫人を見て思いました。騎士の伴侶に相応しいのは辺境貴族ではないかと……』
有事の際、夫と共に戦場で立てる妻。これ以上の至宝はないと顔を赤らめる騎士達。
そんなこんなで色々なところが変わり、王都貴族と辺境貴族の境が曖昧になりつつある王国は、新たな転換期を迎えていた。
「世は事もなし……か」
過去の大騒動を思いだしながら、空の青みを眺めるウォルター。
あれから年月は流れ、ウォルターの望み通り、昔の黒歴史は今の笑い話である。
ラナリアとしては、不出来で情けない自分に自己嫌悪し、自戒の果ての出来事だった。周りに言われることも正当だと思っていたし、納得もしていた。
なので、それを言い過ぎたとか後悔しているウォルターの気持ちが分からないらしい。
『当時のわたくしが役立たずだったのは本当でしょ? まあ旦那様が手を回して、そうなっていて、周りは誤解していたみたいだけど、もしわたくしでも、きっと同じことを思ったわ。この穀潰しって。……だから、自分が恥ずかしくて、ここにいられないって考えちゃったのよねぇ』
ふう……っと嘆息するラナリアの逞しさ。
今でこそウォルターも理解するが、あの頃の弱々しいラナリアからは想像もつかない思考である。
……あ~、でも片鱗はあったか? 持ち込んだ食糧のラインナップとか、用意した食事を睨めつける眼差しとか? あそこで気づけよ、俺ぇぇ……
彼女は元から子爵家の人間など目にも入っていなかったのだ。愛するレオンの役に立ちたいのにままならず、己の不甲斐なさを嘆いていただけで。
だかしかし、それはレオンの企み。恐ろしいまでの独占欲と、あからさまな嫉妬でやらせてなかったと分かった途端に、ラナリアは上機嫌。
文句も恨み言もなく、嬉々としてレオンに引っ付いていた。あれには、さすがのウォルターも閉口する。惚気に呆れるような、眼が生温む良い意味で。
そうして、いちゃいちゃダラダラと引きこもり生活に勤しむ奥方様。
なるべく近づかないようにしようとかいうウォルターの思考は、彼女にとって意味不明な奇行に過ぎなかったのである。恥の上塗りも良いところだ。
……めっちゃ割り切り早いよなぁ。あの辺境貴族らを見たあとなら納得だけどさ。清々しいまでの自己中でレオンが世界の中心ってあたりが笑えるけど。
同類思考。ウォルターが同じくレオン第一なことを肌で感じたラナリアは、何くれとなく彼に相談する。
『旦那様のお好きな食べ物ってございますか?』
『本人、隠してますが、甘い物好きですよ。特にカスタードクリーム』
後日、厨房でシュークリームに挑戦する奥方様。
『旦那様が何かお悩みみたいなの……』
『ああ、よくあります。式典が近いので、面倒臭がりな旦那様はウジウジしてるだけですよ。なんで、気晴らしお願いします』
数刻後、仲良く馬を駈って馬場を巡る子爵夫妻。
レオンは本当に隣の邸を買い取り、ラナリアのために馬場を作っていた。
こうして気づけば、過去のやらかしはウォルターとレオンの黒歴史として思い出の一頁に終わる。
「馬鹿をやった…… うん」
最愛を膝に乗せて抱きしめつつ、未だに思い出すたび謝るレオン。
「まだ仰ってるの? わたくしは幸せでしてよ? こうしてお傍にいられて、愛されて……」
レオンの口に手作りシュークリームを運びながら、口の端についたクリームを、ちゅっとキスで取る奥方様。
そのお返しとばかりに食べさせ返す光景を見て、邸中の者の眼が生温くなる。微笑ましいと思う反面、場所や年齢を考えろとも思う辛辣なウォルター。
「……父上達は、またかい?」
「おかえりなさいませ、坊っちゃん」
「……坊ちゃんはやめてくれ。とうに成人してるんだから」
引きこもり夫妻を引っ張り出そうと、連日やってくるラナリア達の息子リオン。普段は騎士団の宿舎で暮らしているが、上からせっつかれては父親を説得に訪れていた。
有事に駆け回ることを息子に丸投げすることを覚えてしまったレオンは、見事な引きこもりにジョブチェンジしている。
運が良いのか悪いのか。レオンの息子たる二人は、父親と同じ《背水》のスキルを継いでしまっていた。
結果、嬉々とした父親から地獄のような鍛錬を受け、成人した今では立派な騎士である。
ちなみに次男坊はまだ学生なため、自堕落を望むレオンの毒牙にかかっていない。
目の前で展開する親のいちゃこらに辟易した顔を隠しもせず、リオンは深々と溜め息をつく。
「…………あれに声をかけるのは勇気がいるね?」
「ぜひとも勇者となられてくださいませ、坊っちゃん」
「だから、坊っちゃんはやめろっ! リコリスはいないのか? 妹が頼めば、父上は重い腰をひょいと上げるだろう」
妹のリコリスと弟のレアン。
両親がいちゃつきだすと、リコリスがそっと席を外すらしい。妹いわく、レアンの教育に悪いだそうだ。
子供らから年齢制限を受けているとも知らず、満面の笑顔で微笑むラナリア。
……ああ、幸せね。優しい旦那様と可愛らしい子供らに囲まれて。
レオンはあれからもラナリアのために色々造り、子爵家の敷地は倍に増えていた。
馬場から始まり、屋内外の各鍛錬場、畑や養鶏など、彼女が故郷でやっていたアレコレも彼は揃えてくれた。
何不自由なく暮らせるよう。充実した生活を送れるよう。微に入り細を穿ち、細々としたモノまで抜かりなく用意する旦那様。
……わたくしが幸せにしてさしあげたいのに。幸せにしてもらってばかりだわ。
レオンは彼女が側にいてくれるだけで至福の極みなので無問題。
だから奥方様は巣から出ない。最愛の旦那様を喜ばせるために。己の幸せに浸るために。
「……出なくて良い」
溺愛の隙間から、ひょこっと顔を出して、満足気に呟くレオンがいるのは御愛嬌である。
~了~
これにて完結。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
あと数回、番外編を書く予定です。いつになるか分かりませんが、今は完走を噛み締めたいと思います。
重ねて、既読、感謝します。




