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 運命の日


「では行こうか」


「はい、旦那様」


 今日は新年パーティ。


 各地の貴族が挙って王宮を訪れる日だ。


 子爵夫妻の馬車を追う形で別の馬車に乗り込んだウォルターは、同乗する侍女長やメイド達と共に深い溜め息をついた。


「まさかだったよなぁ……」


「ウォルター。口」


「申し訳ありません」


 アンナに窘められつつ、彼はラナリアのダンスや晩餐の練習を思い出す。




『お見事です……』


『ありがとう』


 呆気にとられるウォルターとアンナ。


 付け焼き刃程度とか言っていた奥方様は、王都貴族に負けない教養を持っていたのだ。

 ダンスもレオンに見劣りせず、むしろ自重をパートナーに預けない軽やかさで、艶やかに舞い踊る。


『本気の馬術や武術を嗜んでおりますから。体幹には自信がありましてよ?』


『辺境貴族は狂戦士の集まりですしね。すごく負けず嫌いなんです。なので、誰もが王都貴族に笑われない程度の嗜みはいたしております』


 それが辺境貴族の基本。ラナリアの口にしたおざなりとは、王都貴族に劣らない程度には出来るという意味だったのである。


 ラナリアの実家から来た、メルルというメイドが苦笑いしつつ補足説明してくれた。


『社交は苦手だと言っていたから、てっきり…… ごめんね、ラナ。俺も勘違いするところだったよ』


『苦手でも、出来ないとは言っておりませんことよ?』


 教える気満々だったレオンの背が、少ししょんぼりして見える。だが、それに反してラナリアの顔は酷く渋い。


『……苦手は克服するためにあるが我が家の家訓でして。……社交が苦手と言ったら、御母様が嬉々として扱いてくださいましたの。……わたくし、二度と苦手なことは家族の前で口にしませんわ』


 一体何があったのだろうか。疑問顔な人々の視界で遠くに目を馳せるラナリアを、メルルも達観の眼差しで見つめていた。






「お衣装も間に合いましたし。あの様子なら王都貴族に侮られることもないでしょう」


「今年は《歪》も少なかったから、旦那様が飛び回ることもなかったし。奥方様と長く共にいられて良かったです」


 《歪》


 これは突然空間が裂け、中から魔獣などが出てくる現象を指す。

 この《歪》で出来た亀裂から出てきた魔獣は、森や荒野などに住み着き、人々に多大な被害を与えるため、《歪》の生まれた土地には即座に騎士団を派遣し、掃討せねばならない。

 発見が早ければ早いほど良い。亀裂は一定時間で消えてしまうので、これに気づかず放たれた魔獣が四方八方に散らばってしまうと、掃討は困難を極める。

 特にレオンはスキル《背水》を持つが、これもまた守るべき物を背にして戦わないと発揮されないスキルだ。散らばり、暴れ回る魔獣相手では、通常の騎士と同じになり、己のアドバンテージを生かせなくなくなってしまう。


 ……それでも、あいつは強いけどな。


 なるべく早く亀裂を発見して魔獣の侵攻を抑え、村や街を背にしながら戦う。これがレオンにとって最良の戰場だ。

 そんな《歪》が数週間おきに発生するので、ラナリアが嫁いでからも、レオンは家を空けることが多かった。

 

 だが、その亀裂がここ数ヶ月発生していない。


 おかげで二人の誤解も解け、おくればせながらの蜜月を過ごすことが出来た。

 良かったと思う反面、ウォルターの胸に一抹の不安が過る。


 ……適度なガス抜き出来てねぇと、溜まった何かは一斉に噴き出す。そんなんじゃなきゃ良いがな。


 ウォルターの脳内でだけ呟かれた不穏な言葉。これを地球ではフラグという。


 そんな言葉も知らない彼は、己の不安が的中する未来をまだ知らない。





「サルバトーレ子爵夫妻、お越しです」


 声高に叫ばれた名を耳にした途端、王宮広間のざわめきが静まった。

 集まっていた貴族らが見守るなか、ラナリアとレオンは真っ直ぐ進み、国王陛下に挨拶をする。


「よく来たな、サルバトーレ子爵。奥方も。結婚式以来ではないか?」


 ふくりと笑う老人の言葉に、レオンが眼を泳がせた。父親代わりである陛下にもせっつかれていたのだ。嫁の顔くらい見せぬかと。

 レオンが生まれた時からの付き合いな国王は、彼の性格も熟知している。大切な物は懐に仕舞い込み、大事に大事に愛でて、絶対人目に触れさせないことを。

 ウォルターが武術を生業とする者垂涎なスキル《剛腕》を持っているにもかかわらず、なぜか軍属に進まなかったのもそのせいだ。

 幼馴染みを危険な場所に置きたくないレオンが手を回し、ウォルターの勧誘を片っ端から潰していたのである。

 これはウォルター本人も知るところ。


「お前が嫌ならかまわねぇよ? 俺は、お前が幸せであれば、それで良い」


 にかっと笑って答える専属執事様。


 だから、物凄い剣幕でラナリアとの縁談を組もうとするレオンを眺めていた国王陛下は、御嫁様が社交界に現れない理由を正しく把握していた。


 ……まあた、悪い病気が出たのう。……と。


 しかし、結婚式で見た二人は仲睦まじそうで安心していたのだ。御嫁様も朗らかに笑っていたし、大丈夫そうかなと。

 その後、子爵家を襲った嵐を、暢気な国王陛下は知らない。


 


「長くお待たせいたしまして…… その…… 妻は、社交が苦手なので……」


 しどろもどろな旦那様を微笑ましく見上げ、ラナリアは花が綻ぶかのように笑う。


「お優しい旦那様ですわ。わたくし、幸せです」


「……そうか。楽しんでいくと良い」


 好々爺な顔を崩し、ほっこりと笑う国王陛下。


 やけに短い挨拶で謁見を済ませ、二人は広間をテラスの方に横切った。


「緊張しておらぬか?」


「大丈夫ですよ? でも……」


 ちらっとラナリアが視線を振った先には、真っ二つに割れた会場がある。身形で丸分かりな格差。


 辺境貴族と王都貴族だ。


 水と油と言わんばかりの重い空気が、二つの派閥の間に横たわっていた。

 こういった催しは両親に丸投げしていたのでラナリアは知らなかったが、こんなあからさまな物だったとは…… と、彼女が炯眼を眇める。

 それを見て、レオンは辺境貴族の方へラナリアをエスコートした。


「だ……っ、旦那様っ?」


 サルバトーレ子爵家は王都貴族だ。方向が違うと、ちらちら反対側を見る御嫁様。それに眼を細め、レオンはいつものように暢気な口を開いた。


「夫が妻の両親に挨拶するのは当たり前ではないか。辺境では違うのか?」


「……違いません」


 だろう? と物語るレオンの優しい瞳。


 思わず頬を染めたラナリアを余所に、辺境貴族側は臨戦態勢。近寄ってくる二人を無言で凝視している。

 ……が、それも、ある一角が出てきたことで崩れた。


「ラナっ! ラナリアっ! 元気だったか?」


「御父様っ!」


 そそと足早に駆け出したラナリアに、周囲が道を開けてくれる。その後ろ姿を見つめつつ、レオンもラナリアの後をついていった。


「まあぁぁ、綺麗にしてもらって。少し痩せたかしら? ちゃんと食べてるの?」


「はい、旦那様もお優しくて。良くして頂いております」


 相手に望まれ、自ら望み嫁いだ娘。多少の不安はあるものの、結婚式でもあれだけ幸せそうにしていたのだ。きっと大切にしてもらえるだろうと、過度な干渉はしなかったラナリアの両親。

 こうして仲睦まじく並ぶ二人を見て、彼等は、ようよう心から安堵した。

 

「手紙くらいちゃんと寄越しなさい。途中から途切れて、心配したのよ?」


 何気ない母親のお小言。それが耳にぶっ刺さり、軽くレオンが仰け反る。そんなレオンをフォローし、ラナリアは悪戯げに彼の腕に絡んだ。


「旦那様が焼き餅焼きでね。家族に手紙を書くことすら邪魔しようとなさるのよ? ふふ、可愛いでしょ?」


 ……えっ? と周囲の眼がレオンに集中する。


 ……可愛い…か?


 ……この図体で焼き餅? は?


 ……鉄壁のレオンが?


 じーっと見つめてくる多くの双眸にいたたまれなくなり、思わずレオンも赤面した。


「ラナ…… そのへんで……っ」


 辺境をあずかり、戦いに明け暮れる辺境貴族は、常に先駆けでやってくるレオンを知っている。王都貴族だという偏見も消せないが、切った張ったの戦場でそんな肩書に意味はない。

 多くの戦場を共にしてきたレオンと彼らは、派閥を越える親交を持っていた。だからラナリアが彼に嫁いだと聞いた時も、少しもにょりはしたが、概ね祝福する。


「幸せにしてるんなら良いわ。サルバトーレ子爵。娘をよろしくお願いしますね?」


 ちゅっとラナリアの頬に口づけ、彼女の母親は娘をレオンに渡した。


「大切にします。約束です」


 不器用だけど万感の想いがこもる言葉。


 それに顔を緩ませ、辺境貴族達はレオンを身の内に受け入れた。戦友として。ラナリアの夫として。


 そんな温かな光景を、王都貴族達が唾棄するような眼差しで凝視していたとも知らずに。 


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