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 奇妙な暮らし 10


「……なるほどな。つまりは、これも転移する道具か。しかも、誰にでも使える…… 奥方様。これは、ここでちゃんと管理なさってくださいね」


 驚愕の事態に慄いた三人だが、あのあと何度か検証してみたところ、桃色の綿ぽこはレオン達にしか使えないが、繭の外側で剥がした白い綿ぽこは誰にでも使えるのだと判明する。

 侍女長も試してみて、四人は不思議な綿ぽこをガン見した。

 階段下にはラナリアの繭と同じモノがあり、白い綿ぽこを使った者は、一階のソレに転移する。そしてソレに触れれば外にも出れた。


「擬似的に奥方様の力をお借り出来る…… スキルの権利を渡せる道具ということですね? ……奥方様。これを私に一つだけお貸し願えませんか? もちろん、滅多なことでは使いません。……旦那様が引きこもって生活を疎かにしたりしない限りは」


 辛辣な眼差しで睨みつけるアンナに、レオンの肩がギクリと震える。それを微笑ましく見つめ、ラナリアも快く承知した。

 

「よろしくてよ。旦那様も二階に私室をもたれますから。……ふふ、頼みましたよ、アンナ」


 気まずげに視線を泳がせていたレオンは、ふと、白い綿ぽこを凝視するウォルターに気がつく。そして何の気なしに呟いた。


「ウォルターにも渡しておこうか? 何かあれば、すぐ駆けつけてもらわねばならんしな」


 そう言って白い綿ぽこに手を伸ばそうとしたレオンに、ラナリアの不可思議そうな声が聞こえる。


「なぜですの? ウォルターは執事ですわ」


「え……?」


 きょとんっと眼を丸くする御主人様。その横に座っていたウォルターは眼を片手で覆い、思わず天を仰いだ。


 ……馬鹿野郎ぉぉっ! デリカシーをどこに捨ててきたっ! 婦女子の秘密の花園に、土足で他人を踏み込ませるような行為を黙認しようとすんじゃねぇぇっ!!


 レオンにとってウォルターは空気のようなモノだ。共に居て当たり前、側にあって当たり前。彼の人生に必須で特別な存在。

 だがレオンの特別が、ラナリアの特別なわけではない。そういった感覚は長く共に暮らさないと芽生えないし、今のウォルターは彼女にとって心からどうでもいい人間だ。

 そんな十把一絡げを、どうして私的なスペースに踏み込ませられようか。

 少し考えたら分かるだろうことを理解できず、オロオロするレオン。そんな鈍感な御主人様に頭を抱えるウォルターを見て、ラナリアは心底不思議そうな顔をした。


「えっと…… ウォルターは執事ですよね? 旦那様の」


「あ…… ああ、そうだ」


「家人の一人にすぎませんわよね? 普通の」


「……普通。……ではないが。ウォルターは平民だから…… そんなに地位も高くないな。俺、専属というくらいで…… うん」


 妙に歯切れの悪い旦那様に首を傾げたラナリアだが、そろそろ晩餐の時間ということもあり、解散することになった。


 彼女は良くも悪くも、ウォルターや子爵家の面々を何とも思っていない。子爵家の人々が抱えている罪悪感も知らない。

 なぜなら以前の彼女は、無能な自分が子爵家で蔑ろにされても仕方がないと思っていたからだ。周りの悪意を従容と呑み込んでいたからだ。

 誤解が解けたことで、その全ては終わったのだとラナリアは考える。そうして過不足なく暮らせるのだと。

 旦那様の甘々な溺愛も合わさり、浮かれた彼女に周りを慮る気持ちはなかった。そんな必要もなかった。

 彼女は普通の貴族として、普通に接していただけだった。


 それが、罪悪感満載な人々を疑心暗鬼に追い詰めているなど彼女の知ったこっちゃない。




「……今日もお顔を拝見出来なかったよ。やはり、避けられているのかも?」


「食事は残されていないが…… お声もないし、気に入ってもらえなかったのだろうか?」 


「まさか、嫌いな物をお出ししてはおるまいな……? 声をかけても無駄だと……? そんな風に考えてたりはされてないだろうか?」


「……ドレスが繕われてる。奥方様、手ずから? なぜに私どもへお命じにならないの?」 


「そんなに信用ならないと思われてるのかしら…… ……そうよね。そう思われてても仕方ないわよね」


 どれもこれもが下らない感傷だ。なのに、この世の終わりみたいに嘆く人々。


 以前のラナリアと同じで、人間というものは悪い方に考え出すと際限がない。勝手に妄想を膨らませて自ら奈落の底に堕ちていく。


 地の底を這うように、地味な阿鼻叫喚で包まれる子爵邸。


 そんな周りを黙殺し、常にマイペースな超自己完結男ウォルターが烈火のごとく雄叫びをあげていた。




「お前はぁぁーっ! 少しは女心を理解してやれっ! どこの夫人が、夫以外の男を私的なスペースに入れたいと思うかっ!! アンナだけでも入れて御の字だわっっ!!」


「……そういうものなのか? ウォルターは俺の幼馴染みだし、お目付け役だし、俺が暴走したら止められるのはお前しかいないし…… 居てもらわないと困るんだが」


 ぐじくじ呟く主に、ウォルターは目眩がする。


 ……それは、こちら都合であって、奥方様には関係ねえんだよっ!! ちっとは女房の機微を察してやれや、こらあぁぁーっっ!!


「だいたいなあ? あんだけキッツいこと宣ってきた俺を、奥方様が良く思われないことくらいお前にだって分かるだろう? 俺は近くにいない方が良いんだよ」


 首を斜にかまえ、うんざりと話すウォルターに、レオンが被せるよう口を開いた。


「いやっ! そんなことはないっ! ラナリアはお前を嫌ってなどいないぞ? 普通に会話してるし、話題にも出る! それは、お前の思い込みだっ!」


「~~~かぁぁーっ! これだから脳筋はっ! 世の中、お前みたく百と零で出来た人間ばっかじゃねぇんだっ! 好き嫌いや興味なんかを七十とか八十とか微妙なバランスを保って人付き合いしてんのっ! 嫌いじゃない=好きってわけじゃないからな? どうでも良いや、無関心だってあるっ! 少しは人の機微ってモノを覚えやがれぇぇーっ!!」


 がーっと怒鳴りまくるウォルター。


 一番ラナリアを追い詰めた彼が、一番ラナリアを理解している滑稽さ。他の家人のように思い詰めない代わりに、他の家人よりも彼女の近くにいることを彼は気づいていない。


 辺境貴族と違って、王都貴族は使用人を家具のようにしか扱わないのだ。それをよく知るウォルターは、付かず離れずの距離感を取るのが上手かった。

 子爵家の他の面々も、そういう仕組みを知っているはずなのに、とめどなく湧き上がる不安が、彼らに無関心なラナリアを勝手に恐怖させている。


 感情の生き物な人間の性だ。


 これまでと立場を逆転させ、悪意のない奥方様の挙動で一喜一憂させられる子爵家の人々。この疑心暗鬼は長く続き、多くの使用人の胃に穴を空けた。




「また辞めたって? これじゃあ使用人の総入れ替えみたいだな」


 呆れ気味に宣う雇用主のレオン。


「みたいじゃなくて、もう半分は入れ替わってるよ。……軟弱者ばっかだ」


 古参で事態に柔軟な対処の出来た面子は残り、にわかで腰掛け気分だった者達は、針の筵に耐えきれず辞めていく。


 ……てめぇがやらかしたことだろうに。もう少しは粘ってみせろや、まったく。


 レオンの悪巧みを防げもせず、その企みに無意識で加担した加害者筆頭が、いけしゃあしゃあと脳内で呟く中、子爵家は一新され、足りなくなったメイドをラナリアの実家からも融通してもらった。


 懐かしい顔を目にして、喜ぶ御嫁様。


 奥方様が喜ぶなら結果オーライと、子爵家の新たな暮らしが始まる。


 そんなこんなで日々が過ぎ、新年パーティも近づいてきた。

 

 相変わらずデリカシーの足りない御主人様をウォルターが怒鳴り散らしつつ、アンナやラナリアの実家のメイド達が必至に奮闘し、社交界という魑魅魍魎の巣に挑む子爵夫妻だった。

 

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