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 奇妙な暮らし 8


「……で結局なところ、どうなんよ?」


「何がだ?」


 騎士団に向かう馬車の中、レオン付きに戻ったウォルターが神妙な面持ちで口を開いた。


「あのデッカい繭だよ。やっぱ奥方様のスキル能力なのか?」


 一メートル程もある楕円形な繭。天辺に小さな穴のあいた白いアレの中に部屋があり、人が住める謎。

 非現実的な状況にもかかわらず誰もが受け入れ、疑問を持ちもしないのも、また謎。

 奥方様にやらかしたことの方が重要なのだろう。こないだメイドが、『……出てきてくだい、奥方様~』と繭に念を送っているのを見て、思わず眼を据わらせたウォルターである。


 ……問題は、そこじゃねぇ。そこだけど、それじゃねぇ。


 あれがスキルなのだとしたら、とんでもない能力だ。鉄壁な根城を持つのと同じ。普段、暗殺や刺客に怯える王侯貴族なら、是が非でも手に入れたい垂涎の代物である。


 ……他に知られれば、あの力を家系に組み込もうと、奥方様を狙う奴が現れてもおかしかねぇ。


 スキルは子孫に継承されやすいのだ。確実ではないものの、取り込めば血筋にその発現の可能性を残せる。

 事態は別の意味でも深刻だと、難しげな顔で眉を寄せたウォルターを、きょとんと見つめるレオン。


「聞いてはいないが…… どうでも良いんじゃないか?」


「どうでも良い?」


 呆れたかのようなウォルターの呟きに、レオンは大きく頷いた。


「あれがスキルだろうが、そうでなかろうが、ラナリアが安全に暮らせるんだ。それだけで十分だろ?」


 ……なんたる脳筋。でも、まあ、そうか。


 子爵家の者が口にせねば、アレがバレることもない。そのへんは侍女長が言い含めているはず。

 引きこもりを引っ張り出すには苦労するが、ただそれだけだ。

 なんの疑問もなく、あるがままを受け入れるレオン。それに温かな笑みで嘆息し、ウォルターも要らぬ心配を脳裏から抹消しておく。


 ……こいつのそういうとこには勝てないんだよな。昔から……


 大雑把というか、無頓着というか、レオンは昔から素直すぎるくらい何でも受け入れる。

 多少の揉め事も、どんと来い。質実剛健で裏表のない騎士様は、国王夫妻の信頼も篤い。

 国王は、御両親の前子爵夫妻を事故で失い、若くして爵位を継いだレオンの後見人になってもくれた。

 その恩に報いようと、レオンは国中の乱に駆け回る。


 ……それだって、おまえが《背水》のスキルを持っていたせいだとは思うがな。


 一つの国に一人いるかどうかという稀有なスキル。それを自分の下に留め置くため、色々な便宜をはかってくれるのだろうと、ウォルターは斜めった思考を国王に抱いていた。

 だが、魚心あれば水心あり。それで良いとも思う。

 それがレオンの暮らしに、より良く働くならば、ウォルターは文句もない。


 考えても埒のあかない疑問に終止符を打ち、腹黒いことをウォルターが考えていた頃。


 自室のテラスで、ラナリアが絶句していた。




「なに、これ?」


 木を伐採したら駄目ですよ? と、旦那様に説教した翌日。


 いつものように繭へこもろうとした彼女は、有り得ないモノをみる。

 沢山の鉢植えで森のようなテラスの一角。そこに鎮座していた繭が、フワモコの綿毛みたいになっていたのだ。

 恐る恐る触れてみると、それはポンポンで、小さな丸い玉が幾つもついている。

 直径五センチくらいの柔らかな玉。表面についたソレは簡単に剥がれ落ち、あっという間にこんもりした綿毛みたいな山が出来上がった。

 

「なんなの、これ……」


 何気にふにふにと握りしめたラナリアは、一瞬で繭の中に転移する。そして再び絶句した。

 部屋の中が大きく変化していたからだ。


「えええーっ?!」


 そこは何もないホール。直径十メートルほどに拡大された広い空間には、その壁の曲線をなぞるように階段があり、上ってみると見知らぬ二階がある。

 そこも何もない空間で、さらに見えた階段を上ると、ようやく見慣れた部屋があった。

 どうやら三階建てに増築されたようだ。天井に見えていた小窓も近くなっている。

 元の部屋は三階となり、その下に新たな空間が出来た感じ。


 呆気にとられつつも、ラナリアは作りかけなモノがちゃんとあったことに安堵した。

 それはレオンのため拵えたガウン。辺境では夫の晴れ着を作るのが妻の大切な役目なのだ。王都貴族はやらないらしいから、ここで、こっそり作っていたのである。

 これがラナリアの引きこもりを増長していた理由だった。


 ……良かったわ。ふふ、喜んでくれるかしら。


 渋い光沢のある鈍色の生地を主体に、黒で丁寧に刺された細かい刺繍。

 それを指でなぞりながら、ふとラナリアはクッション横の繭にも変化があることに気がついた。

 繭の天辺についている丸いポンポン。薄桃色のそれは、まるでリボンのように二つ並んでついている。


「これも……? あ、取れた」


 外の繭についていたのと同じ様な綿ぽこ。ただの色違い。それを何気に握りしめてしまったラナリアは、またもや風景が変わり、心底驚いた。

 

「ここは……?」


 次に移動したらしい場所は外。


 幾つもの馬車が並び、黒い軍服を身に着けた人々が目を丸くし、彼女を凝視している。


「……え?」


「誰だ? どこから現れた?」


 ざわざわとどよめき、しだいに集まる屈強な男達。そんな男性らを掻き分け、すぐ側の場所からレオンが飛び出してきた。


「どけっ! ラナっ?! なぜ、ここにっ?!」


「旦那様っ!!」


 わけが分からず動揺していたラナリアは、最愛の男性を見つけて、迷わずその胸に飛び込む。それを力強く抱きしめ、レオンは乗ってきた馬車に戻った。


「奥方様っ?」


 仕事に主を送り出し、馬車の中を整えていたウォルターは、突然のことに素っ頓狂な顔をする。


「え? なぜ、ここに奥方様が?」


「分からん…… いきなり目の前に現れたのだ」


 突然の事態で思わず驚き固まっているうち、みるみる他の騎士に囲まれてしまったラナリア。それを慌てて押し退け、レオンは彼女を連れ出した。


「わ…… わからないのです。これを握ったら、ここに……」


 そう言いながらラナリアが差し出したのは小さな綿ポコ。それを指に取り、レオンも不思議そうに見つめる。

 もう一つを受け取り、ウォルターも訝しげな顔をした。


「これを? どうしたら、ここに?」


「握っただけです…… こう、軽く……」


「ふむ……」


 ラナリアの手振りに頷き、レオンも軽く握ってみる。すると彼の身体が移動し、隣に座っているラナリアを膝に乗せる形になった。


「え……?」


「は……?」


 ラナリアが座っていた場所に転移したらしいレオンを、信じられない眼差しで見つめるウォルター。ほんの一メートルもなかったが、確かに今、あの巨体が目の前で瞬間移動した。

 

「う……っ、わああぁぁっ! すまないっ! こんなつもりではっ!!」


「いえっ、良いですっ、でも、下ろしてくださいぃぃっ!!」


 わちゃわちゃ狼狽える二人。


 ウォルターも握ってみたが、変化はない。


「……どうなってんだ?」


 うわわわぁぁーっと絶叫の響く馬車を、外にいる騎士団の人々が心配げな顔で見守っていた。




「つまり、あれですね? これを握ると、奥方様は旦那様、旦那様は奥方様の側に移動する。そんな感じみたいです」


 何度か検証してみたところ、この小さな桃色のポンポンは二人にだけ発動するらしいと分かった。


「不思議ですわね……?」


「ああ、二つあるのだな? 一つ、俺が持っていても良いか?」


 ……これがあれば、すぐにラナリアの元へ飛べるとは。なんたる至宝。


 にやにやの止まらないレオン。それを見て、ラナリアも頬を染める。


 ……旦那様のお側にいける? いつでも? やだわ、私ったら。


 テレテレする二人に生温い視線を向け、ウォルターは、騎士団管理事務所に金庫があったよなあと、胡乱な顔で思いだしていた。


 ……仕事中は取り上げておかないと。こいつのこった。何か思いついただけで、奥方様んとこに跳びかねねぇ…… 要らんもん寄越してくれましたねぇ、奥方様。


 取りあえずラナリアを子爵邸へ送るよう御者に指示し、ウォルターはデレた顔でポンポンを撫で回すレオンを見る。

 そして、ばっとソレを取り上げ、握り込んだ。


「ウォルっ?! 何をするんだっ!」


「何をするんだじゃねぇっ! これは金庫に仕舞っておくから、お前は仕事しろ」


 何とか取り戻そうと、必死の形相でウォルターの手を抉じ開けるレオン。しかし、握り込まれた指はピクリとも動かない。

 伊達にスキル《剛腕》を持っているわけではないのだ。幼い頃からレオンのお目付け役を拝命するウォルターは、騎士団でも一目置かれる剛の者。


「ウォルターぁぁ、頼むから返してくれぇぇっ」


「仕事が終われば返してやる。こんなん持ってたら仕事になるまいが、お前はっ! 奥方様に気もそぞろで、訓練も手につかなくなるのは目に見えてんだよっ!」


 ウォル~っと情けない声を上げて侍従の腕にしがみつくレオン。それをそのまま引きずりつつ執務室に向かうウォルターを、騎士団の面々が冷や汗で見送っていた。

 

 さらなる謎を垣間見せる繭。


 これが実は天の配剤だったのだと、後に知るラナリアである。


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