表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

 奇妙な暮らし 6


「………で?」


「ん?」


 ウォルターが目尻をピクピクさせながら、テラスの入口で仁王立ちする。

 その視線の先には、巨大な繭を腕に抱いて床に直置きしたクッションに座り込み、無造作に足を伸ばすレオン。だらっと寛ぐ旦那様は、繭を片手にウトウトと微睡んでいた。


「なんで、ここに?」


 分かっているくせに尋ねてくる幼馴染みをジロッと見上げ、レオンはウザったそうに呟いた。

 むくつけき男子が巨大な繭を頬ずりして抱きしめる異様な光景。思わず、くらりと目眩がするウォルターだが、それよりなにより言わねばならないことがある。


「ラナが中で寝てるからだ。覗くなよ? これは俺のだからな?」


「だから、なんで今でも繭で寝起きしてんですか、奥方様はーっ!!」




 そうなのだ。




 あの和解から半月。

 未だにラナリアは基本的な暮らしを繭で行っていた。


『この気楽さを味わったら、お邸の堅苦しい生活が嫌になっちゃいましたの。社交もしなくて良いなら、このままでも構わないですわよね?』


 元々、辺境で野山を駆け回っていたラナリアだ。これ幸いと引きこもりを続けるつもりらしい。

 そして御嫁様にはデロ甘なレオン。


『良いとも。ゆっくり養生しなさい。もっと太るまで、ちゃんと食事はするんだぞ?』


 それなりの距離は空いているのに、なぜかイチャイチャしているようにしか見えない不思議な二人。

 こうして奇妙な暮らしは終わらず、暇さえあればラナリアの巣にレオンは張り付く。

 しっかり設えられたサンルーフや風除けのラティスに絡まる蔓草。繭の周りには鉢植えの木立や花が沢山置かれ、まるで森のような装飾が施されていた。

 そこにトレイで御茶を持ち込み、まったり寛ぐ旦那様。

 テラスの半分を異空間に変え、通常運行でいちゃつく二人に、ラナリアの担当から外されレオンの担当に戻ったウォルターが吠えた。


「王宮からの招待は、どうすんだぁぁーっ!!」


 涙目の侍従様である。




「…………連れて行きたくない」


「そういうわけにはいかんだろうが、これだけはっ!」


「そうですね。新年パーティだけは外せませんね」


 仏頂面でそっぽを向くレオンの首を無理やり正面に向かせ、ウォルターは侍女長と招待状を見つめた。


 レオンは宣言どおり、ラナリアに一切の社交をやらせなかった。多くの招待が集まるが全て袖にし、レオン本人も社交は最小限しかせず、休みになると二人で遠乗りやピクニックに行ったり、仲睦まじく過ごしている。

 今までの分を埋めるかのようにイチャイチャする子爵夫妻だが、中には断われない社交もあった。その一つが、貴族全員の集まる新年パーティだ。


 他の御婦人に見劣りせぬようドレスや宝飾も揃えなくてはならないし、本人の自己申告によれば、付け焼刃程度らしい作法やダンスも洗練させねばならない。

 レオンの横に立つのだ。子爵家の看板を背負うのだ。今からでも遅いくらいだと、ウォルターは苦虫を噛み潰す。


「だいたい、本当に社交させないとは思わなかったぞっ? ああいうのは慣れが大きい。お前が連れ歩いてやれば、勝手に覚えていってただろうに」


「……ラナを見せたくない」


「旦那様。子供じみたこと言わないでくださいませ」


 ぷいっと不貞腐れる大の男に、溜め息をつくほかないウォルターとアンナ。

 前途多難な二人は、何とかして子爵夫妻をテラスから引っ張り出そうと四苦八苦していた。






「あ~、完全に二人の世界ですもんね、今の旦那様と奥方様」


「……モノには限度があるわ」


「……………………でも。なんか前と違って」


 厨房で賄いを食べながら愚痴るウォルターに、一人の下働きが俯きながら小さく呟く。

 それを訝しげに眺めつつ、ウォルターが顎をしゃくって話を促した。


 要は、ラナリアと殆ど遭わないので不安らしい。


「私達、旦那様の気持ちを知らなかったとはいえ、奥方様を邪険にしてたじゃないですか? ……それを旦那様は、どう聞いたのか。……どう言われているのか、気が気じゃなくて」


 少しでも挽回したいものの、当人に会えない。今は彼女にどう思われてるのか。まだ子爵家の者に嫌われているかもしれないと、あえて奥方様に避けられているのではないか。

 そんな疑心暗鬼が、じわじわ子爵家の中に広がっていた。


「そんなん気にしたって、しゃーなかろうが。俺は間違いなく嫌われてるだろうし、むしろ遭わないようになるべく奥方様の部屋には近づかないぞ?」


 お互いに気まずい思いをするだけだ。

 ウォルターは許してもらえると思っていないし、許されようとも思っていない。今までやらかした分、彼女が楽しく暮らせるよう、あえて顔を見せない選択をしていた。

 

 ……誤解してた頃も、それが解けた後も、俺にしたらどうでも良いことだったしな。奥方様のことは。俺はレオンが幸せなら、それで良いんだ。


 あの頃はレオンが苦労していると思っていたから、ラナリアに辛く当たり追い出そうとした。今はレオンが幸せそうだから、ラナリアが困らぬよう暮らしを整えている。

 全ては仕える主が基本のウォルター。なので、悪いことをしたとは思っていても、特に欺瞞や偽善めいたことをするつもりはない。

 ラナリアに嫌われているなら、それで良い。それを修正しようとも思わない。このまま真摯に二人に仕え、黒歴史が笑い話になるくらい穏やかな暮らしをさせてあげるつもりなウォルター。

 論より証拠。万の言葉より行動。口先だけの謝罪なんて意味がないことを彼はよく知っている。


 ……いずれ許されるかもしれないし、許されないかもしれない。だが、それは奥方様の決めることだ。自分がアレコレ言うことでもない。


 そう考えるウォルターには、疑心暗鬼でオロオロする子爵家の人々が滑稽にしか見えなかった。


 ……超自己完結型の男である。






「……ってことらしいですよ? 一応、伝えておきますね」


「そうか。……お前は気にしないのか?」


 厨房での話を聞き、レオンはウォルターに視線を振った。


「気にしたってどうしようもないっしょ? 俺がやらかしたことは変わらねえし、型通りの謝罪はしておいた。後は奥方様しだいだろ? 許してください、許してくださいって詰め寄るのか? そんなん脅迫と同じじゃねぇか。もし俺がされたらキモすぎて、相手ぶん殴るわ。そんなキモいこと奥方様にしたくないわ」


 頼むから許してくれと言う方は切実なのだろうが、される方はたまったものではない。虫唾が走るほど気持ち悪いし、精神的負担が爆増する。


「まあ、滅多に奥方様を見ないせいだろう? 悪い想像がどんどん膨らんでるだけさな。ちょいと庭や邸の中を連れ回して、あいつら安心させてやってくれよ」


 にっと笑う幼馴染みに、レオンは辛辣な言葉を吐き捨てた。


「……そんな義理はないな。ラナリアは、好きに暮らしたら良いんだ。お前が気にしてないなら、別にかまわん」


 それに眼を丸くするウォルター。


「……言うね、お前も。俺が気にしてたら、どうしたんだ?」


「……少しは仲を取り持ってやるつもりだった。ラナリアは根に持つタイプではないが、お前が気になるならな」


 やらかしの原因が自分の底なしな独占欲だと自覚してるレオン。そんな彼でも、今の幸せの御裾分けを与えてやりたい程度にはウォルターを気にかけていた。

 生まれた時からの幼馴染みだ。良いことも悪いことも一緒にやり、庭師の子供なウォルターを引っ張り回してきた。

 学院に通う時も側付きとして無理やり入学させたし、めいいっぱい面倒をみてきてもらった恩もある。侍女で教育係も兼ねていたアンナとは別のベクトルの大切な家族。

 だからこそウォルターも、金食い虫で働かない穀潰しと思っていたラナリアを、以前は嫌悪していた。全てはレオンのために。

 それが思い込みの誤解と知って、さぞ狼狽えただろうと思うと、レオンはいたたまれない。言って良いことと悪いことがあると分かっていても、その根幹がレオンへの友愛だと知るから尚更だ。


 ……こいつがやらかしたのも俺のせいだろうし、少しはな。


 だが、ウォルター本人は飄々としていて特に気にした風でもない。


「俺はレオンが幸せなら、それでいーんだよ。口の悪い脇役は退場すっから、仲良くやれや」


 こうして、超自己完結型な二人は話を終わらせた。全てはリナリアしだい。彼女に任せようと。


 ……が、それで終わらない人々がいることを二人は忘れていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ