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 奇妙な暮らし 5


「……本当にすまなかった」


 レオンに招かれた執務室でラナリアを出迎えたのは、テーブル一杯を埋め尽くす手紙の山。

 それは彼女が実家に宛てたものや、実家から彼女に届いた物。他にもサロンや御茶会の招待など沢山の手紙があった。


「……これは…… どういう?」


「……………………」


 覚悟を決めたレオンは、とつとつと己の仕出かしてきたことを語る。


 ラナリアに里心がつくのを恐れ、故郷との繋がりを断ちたかったこと。他の男の眼に触れさせたくなくて、社交の邪魔をしていたこと。ただただ側にあって欲しくて、家から出したくなかったこと。

 悋気も裸足で逃げ出す執着と束縛。これまでの愚かな行い全てを、レオンはラナリアに打ち明けた。


「俺は…… 君に良い格好をしたくて…… 理解があるフリをしつつ…… 内心、真っ黒だったんだよ。君の御茶会を裏で潰したり、どんどん元気がなくなっていく君を心配する反面、……これなら家に縛り付けておけると…… 安堵もしてたり……」


 しだいに力なく途切れる言葉。


 その全てが青天の霹靂で、ラナリアは怒るどころが呆れ返った。普通の貴族令嬢なら、きっと怒り狂ったことだろう。ひょっとしたら恐怖に青ざめたかもしれない。


 だが、ラナリアも普通ではなかった。


「それで…… 手紙を隠したのですか?」


 こくりと頷く旦那様。


 まるでペタンと耳を寝かせた大型犬のように意気消沈するレオンを見て、思わず彼女は笑う。


「ふふ…っ、あはははっ、なんか子供みたいですわ。やだ、可笑しいっ」


「……は?」


 反射的に上がったレオンの素っ頓狂な顔。それがさらにラナリアの笑いを誘った。


「もっとつけ込めば宜しかったのに。私、あの頃は切なくて寂しくて、すごく弱っていましたから…… 優しくされたら、きっと旦那様に甘えていましたわ」


 ……つけ込む……? え? ええっ?


 予想外の答えを貰って狼狽えつつも、レオンはラナリアの言った、甘えるというワードに耳を持っていかれる。


 ……甘えて? 甘えて良いんだぞ? うんっ!


 そんなレオンを余所に、ラナリアは封筒を開き、中身を確認した。両親や弟妹。仲良くしていた友人など、温かな言葉で綴られる手紙は、やはり胸にクるものがある。しかし……


「故郷は故郷です。懐かしくも思いますけど、私は旦那様と共にありたいと嫁ぎました。……弱気になったりすると、脳裏に思い浮かぶのは家族ですけど…… もう、思い出さなくても良いのですよね?」


 ……こうして心の通った旦那様が傍におられるのならば。


 これからはサルバトール子爵家が彼女の居場所なのだ。恋い慕う旦那様と生きるのだ。

 だからレオンが望まないなら、実家との付き合いは最小限でも良い。なんのかんのとレオンはラナリアに甘いし、強請ればそこそこな付き合いを許してくれるだろう。

 強かな御嫁様はそう考えながら、手紙を簡単に整理して、にっこり笑った。それにぶんぶん首肯し、レオンが食いつくように答える。


「もちろんだっ! 俺が……っ、俺、守るからっ! 実家なんて思いださないくらい幸せにするからっ!!」


「頼りにしておりますわ。……でも、社交とかは、どうしますの?」


「あ……」


 手紙の山には多くの招待状が交じっていた。


「……正直…… 行かせたくはないな」


 しょぼんと項垂れる大型犬。今度は丸まる尻尾まで見える気がして、ラナリアは必死で笑いを噛み殺した。


 ……御可愛らし過ぎますわ、私の旦那様。


「行かなく良いのなら、それでもかまいませんよ?」


 今度は、ばっとレオンの顔が上がる。喜色満面なそれに、ラナリアも嬉しくなった。実のところ、彼女は社交が得意でない。

 王都貴族に嫁いだからには、夫人としての務めを果たさねばと頑張るつもりでいただけだ。


「正直、私は辺境貴族ですから。社交も作法もおざなりですの。馬に乗って哨戒に明け暮れておりましたしね」


「ああ…… そうだな。辺境ならば、そうなるだろうな」


 辺境と王都の間にある辺境伯領地。そこまでが本来の王国領だ。その外側に位置する辺境は形ばかりな貴族の集まりで、外敵や魔物などの襲撃の盾とされていた。

 俸禄は雀の涙。それでも民の住む領地を守る辺境貴族は戦いに明け暮れている。王国領内に住めない貧民たちのために。貴族というより義賊に近い集まりだった。

 なので社交とかもしれたもの。一族郎党総戦士。それが辺境貴族だ。

 そんな辺境貴族を野蛮な民族と蔑み貶める王都貴族達。自分達の盾になれることを誉れに思えなどと、居丈高にふんぞり返っている傲慢さ。

 生粋の騎士なレオンには、信じられない愚言だった。


「なら、社交はしなくて良い。やりたいことがあれば、アンナに相談しなさい。お、俺でも良いぞ? 沢山、甘やかしてやるからっ! 欲しい物とか、行きたいところとか、何でも言えっ!」


 強面顔に走る微かな朱。それにつられて、ラナリアも頬を染めた。


「はい…… 旦那様」


 テレテレとはにかむ新米夫婦。とうに蜜月も終わろうというほど一緒にいたのに、未だ手すら繋いでいないという初々しさだ。

 この間、勢いに任せて抱きしめてしまったことを思いだして、ワキワキし始めるレオンの指。


「……その。……好きだよ? ほんとに…… ラナが居てくれるだけで、俺は幸せだから」


「……私も。……お慕いしております、旦那様」


 ほにゃりと笑う妻の愛らしさよ。


 ……うわああぁぁっ! これが俺のモノっ? 俺のだよなっ?! 抱きしめたいぞぉぉっ!!


 両手をワキワキさせて仰け反るレオンの胸に、ぽすんっとラナリアがもたれかかった。条件反射のごとく、がちっと強張る旦那様。

 まるでゴーレムのように石化したレオンを小さく笑い、ラナリアは至福を感じる。


 ……ああ。少し前までが嘘のようだわ。きっと旦那様にも愛想を尽かされているだろうと思っていたのに。


 ラナリアは至らない自分が子爵家の人々から白眼視されるのを、仕方ないと感じていた。

 王都貴族なら社交やサロンで人脈を築き、夫のために根回しをするものだと聞く。それも出来ない役立たずな夫人など、すぐにお払い箱だ。

 しかも慣れない王都暮らし。精神的に追い詰められたラナリアは、どんどん弱っていってしまう。

 レオンの気遣いが申し訳ない。そのせいで、周りがレオンに叱られている。子爵家の人々が自分を疎ましく思うのは当たり前だろう。

 

 ……なんて出来損ないなのかしら。私は。


 自らを袋小路に追い込み、自戒に陥る毎日。


 しかし蓋を開けてみたら、全てはラナリアの思い込みだった。周りも思い込みだった。

 レオンはラナリアに愛想を尽かしていなかったし、それを知った周りの人々も必死に謝ってくれた。

 

 ……謝るのは、こちらだわ。そして、旦那様よ。ホントにもう。


 全てはレオンの隠し事が原因だったのだから。


 思い込みや勘違いは誰にでもあることだ。その原因を作ったレオンが一番悪い。そして、それをさせたのはラナリアに対する執着。

 振り回された周りには申し訳ないが、ラナリアは嬉しかった。辺境で切った張ったを繰り返してきた彼女は、守られるということがとても嬉しい。


 ……いつも守る側だったものね。だから、あの時も……


 彼女の脳裏に焼き付いた、大きな背中。


 王国の盾でしかないと捨て置かれる辺境領地の動乱。そこへ、いの一番で駆けつけてきてくれたレオンと部下達。

 その頼もしい背中に…… 敵を薙ぎ倒す勇姿に…… ラナリアは一目惚れしたのだ。

 守られるということは、こんなにも心震わせるモノなのかと。言葉にならない感動が彼女の目からあふれ出した、あの日。




「……愛しております、旦那様」


 うぎ……っと首を絞められたかのような声が頭上から降りかかり、ラナリアは心の底から嬉しそうに微笑んだ。

 

 ……まただ、またラナリアに先を越されてしまったぁぁっ!!


 ラナリアの柔らかな身体を預けられ、あまりの衝撃でガチガチに固まったまま、レオンは脳内で絶叫する。


 結婚式の求愛といい、先日の告白といい、常にラナリアに先手を取られっぱなしな旦那様。

 今も愛を囁かれた。先に自分が言いたかったのに。

 くうぅぅっと奥歯を噛み締めたレオンの脳裏を呆れ顔な幼馴染みが過る。まるでヘタレと言わんばかりに忌々しい顔のウォルターが。


 ……つ、次こそはっ! 俺が先にぃぃっ!!


 本人は至極真面目なのだが、ラナリアから見れば可愛らしいレオンの葛藤。これを可愛らしいと思ってしまうあたり、彼女も重症だ。

 破れ鍋に綴じ蓋、糠に釘。似た者同士の二人は、一緒に居るだけで勝手に幸せになる。

 キューピッドに仕事をさせないラナリアとレオンの糖度は高く、周りの眼がどんどん据わっていった。




「あの二人、いつまでくっついているつもりでしょうか」


「……旦那様の硬直が解けるまでだろ? それに付き合う奥方様も相当だわ」


 やっていることは本当に些細なことなのに、その密度が計り知れないくらい甘い。


 雨降って地固まる。


 ようやくラナリアの背に手を回し、そっと抱きしめたレオンを見て、幸せの御裾分けをもらうウォルターと子爵家の人々だった。

 

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― 新着の感想 ―
いや糠に釘って…www
奥さま・・・。想像してた性格と思考が違いすぎました(・o・;) なんと、たくましい なんだか自分勝手なヤバい人に見初められちまって、心身ともに傷つけられて可哀想に・・・って、心配してた自分がなんだか…
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