真夜中の闖入者
「あんたが新しいお客さんか」
夜も更け眠りの淵に沈んでいたローゼマリーに、突然そんな声がかけられた。
ビクッと彼女が跳ね起きると同時に、室内の蝋燭全てに同時に火が灯る。首を巡らせた彼女の視界に、炎と同じくらい明るく輝く金色の髪が飛び込んできた。
一体いつの間に入ってきたのか。
ローゼマリーが扉に目を走らせても、それはピタリと閉ざされている。
元々、部屋に鍵はついていない。
しかし、こんな夜中にあの扉が開かれることは、ローゼマリーがここに来て以来なかったことだった。
ましてや、見知らぬ者の侵入があろうとは。
部屋の隅に立っているのは、広い部屋が狭くなったかのように錯覚させるほどの威圧感を持った大柄な男性だった。眩い金髪にヴォルフと同じ紅い目をしている。
背の高さはヴォルフと同じくらい、けれど、彼よりもずいぶんとたくましい。
「あなた、誰?」
ローゼマリーは誰何の声をあげながら毛布をかき寄せ寝台の頭板に背を押し付けた。
男は、獲物を狙う肉食獣のようにローゼマリーに視線を据えながら、ゆったりとした足取りで近づいてくる。まるで少しばかり宙に浮いているのではないかと思わせるほど、静かな動きだった。
男からは悪意も殺気も感じられない。
それに、何より、ヴォルフの支配下にあるこの城の中に、敵意を持った侵入者などある筈がない――その信頼感が、ローゼマリーの危機感を褪せさせる。身をすくませてしまうのは、深夜に見知らぬ男と同じ部屋にいるという本能的な緊張からだ。
金髪の男は余裕に満ちた態度でローゼマリーの寝台までやってくると、ドサリとそこに腰を下ろした。そうして毛布を押さえるように彼女の腿を挟んで手をつき、額と額を触れ合わさんばかりに身を乗り出してくる。
紅い瞳はヴォルフのものよりも明るく、年は、ヒトの時間を当てはめるならば、二十代前半――ヴォルフよりもいくつか年若に見えた。ヴォルフの怜悧な美しさとは違う、ネコ科の肉食獣を思わせる精悍な容貌をしている。
「へぇ」
しげしげとローゼマリーを見つめた後、男はそう声を漏らした。と思ったら、ニカッと笑う。途端に、獰猛な獣のようだった顔が、人懐こい猫のようになった。
「あんた、いつものとはちょっと違うな」
「え?」
目をしばたたかせたローゼマリーに、男は無造作に手を伸ばしてきた。逃げようにも、右側は彼の腕、左側は彼の胸に阻まれて、どちらにも行きようがない。男のするがまま、それを受け入れるしかないように思われたが、その指先が彼女に届く寸前、冷やかな声が部屋の中に響く。
「やめろ」
パッとローゼマリーが男の肩越しに部屋の戸口に目を遣ると、いつ開かれたのか、廊下と部屋の境目にヴォルフが立っていた。彼はいつも通りの表情に欠けた顔を彼女に向けている。
――そう、いつもと同じはず。
(でも……何か……)
ヴォルフが現れる前よりも、部屋の温度が下がった気がする。そんなふうに思わせる何かが、今そこに立つ彼にはあった。
だが、その冷やかな空気など全く気にしたふうもなく、金髪の男はヴォルフに振り返る。
「よぉ、ヴォルフ。邪魔してるぜ」
どうやら、顔見知りらしい。けれど、両者の温度差はかなり大きそうだ。
ローゼマリーの寝台に陣取ったままいたって軽い口調でそう言った男に、ヴォルフは低い声で質す。
「ここで何をしている」
「何って、そりゃ、今度はどんなご馳走なのかなってさ」
肩をすくめて男が言った、刹那。
ザワリと、空気が揺さぶられたように感じられた。
「レオンハルト」
静かな、声だった。
ヴォルフがレオンハルトと呼んだ金髪の男の方が、膂力は勝るに違いない。少なくとも、体格から判断すれば、そうだとしか思えない。にも拘らず、この場で二人が争えばきっとヴォルフが勝つ――彼らを前にして、ローゼマリーはそう確信していた。
言葉少ななヴォルフの威圧に、レオンハルトはゆったりとした動きでわざとらしく足を組む。気持ち、ローゼマリーの方へと身体を傾けながら。
その瞬間、ピリ、と、部屋の中の空気が張り詰めた。
(怒ってる、よ、ね)
ヴォルフの表情はやはり動かない。けれど、ひたひたとさざ波のように滲み出す彼の怒りをローゼマリーの肌は確かに感じ取っていた。
勝手に自分の領域に入られたことが、よほど腹立たしかったに違いない。
侵入者を見据えたまま微動だにしないヴォルフを、そしてそんな彼が放つ凍てつく波動に全く斟酌しないレオンハルトを、ローゼマリーは息をひそめて見守った。
まさに一触即発――少なくともヴォルフの方は、かなり危険な域に達しているはず。
だがしかし、そんな中、レオンハルトはヒョイと無造作に肩をすくめる。
「何だよ、この子、そんなに美味いの?」
「……」
「独り占めしたいんだろ?」
「……」
「そんなの初めてじゃないか」
反応しないヴォルフに、レオンハルトは軽く首をかしげる。
「そういう訳じゃないっての? じゃ、俺ももらっていい?」
言うなりローゼマリーに手を伸ばしたレオンハルトを縫い留めるように、また、ヴォルフが彼の名を呼んだ。
「レオンハルト」
途端に、レオンハルトはまるでご馳走を前にして舌なめずりをせんばかりの笑みを浮かべる。
「なんだよ、やっぱり嫌なんじゃないか」
揶揄するレオンハルトに、ヴォルフはムッツリと押し黙る。
ややして。
「彼女に触れるな」
短くそれだけ残し、ヴォルフは踵を返した。
その姿が消え、数呼吸分ほど置いた後。
堪えに堪え、もう限界だと言わんばかりに、ブハッとレオンハルトが噴き出す。
ヒィヒィと苦しげに笑い転げる筋骨隆々としたいいオトナを、呆気に取られたローゼマリーはただ見守ることしかできない。
ローゼマリーの呆気が呆れのみになった頃、ようやくレオンハルトの笑いも鎮まり始める。最後にハァと息をついた彼は、顔を上げて稚気を含んだ眼差しを彼女に向けた。
「どうだ、今の? 傑作だろ?」
そんなふうに同意を求められても、どう返したらいいものか、ローゼマリーにはさっぱり判らなかった。