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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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あなたを、守りたいから

 咆哮が、夜の闇を引き裂くように木立を縫って響き渡った。

 猛り狂ったレオンハルトは、立ちはだかるヴォルフに突進する。それは、理性も知性も、微塵も感じられない動きだった。

 ヴォルフ目がけて振り下ろされた鉤爪が肩を薙ぐ。傷口からは血しぶきのように魔力が噴き出したが、構わず、レオンハルトの腕を掴み、振り回した。

「ギャンッ」

 立ち木に叩き付けたレオンハルトが、蹴り飛ばされた犬のような声を上げた。大きく揺れた大木からは、ハラハラと葉が舞い落ちる。

 ヴォルフが手を放すと、ズルズルとレオンハルトは幹を滑り落ちた。四肢をピクつかせてはいるが、起き上がりはしない。


(まだ、か)

 ヴォルフは金色の毛皮の塊を見据えた目を細める。

 まだ、レオンハルトは狼のままだ。

 ヴェアヴォルフの変身は魔力の暴走によるものだ。だから、ある程度力を消費すれば元に戻る。

 つまりひとしきり暴れれば勝手に変身は解けるわけだが、それを許せば間違いなくローゼマリーの村が甚大な被害を受けるだろう。

 ローゼマリーは、それを望まない。

 自然と消耗するのを待てなければ、消耗を速めればいい。つまり、レオンハルトの身体に損傷を与え、力がその修復に向かうようにすればいいのだが。


 こうやってレオンハルトが意識を落とすのは、もう三度目になる。だが、変身は解けず、さほど間を置かずに目を覚ましてきた。多分、今回もまたすぐにヴォルフに向かってくるだろう。

 ヴォルフは肩の傷に手をやり、治癒を早めようと力を注ぐ。しかし、思うようには塞がらない。ほんの一瞬、視界が暗くなり、彼は地に膝を突いた。

 レオンハルトが気を失うのは三度目だが、ヴォルフもまた、軽いとは言えない傷を幾度か負っている。彼は戦い方を知らず、これまで怪我というものに対して無頓着であったから、レオンハルトの攻撃を避けるということに思い至らなかったのだ。

 ヴォルフは眉をひそめる。

 治癒が遅くなっているのは、彼自身、力が尽きようとしているからなのだろう。

 そうなる前に、できる限りレオンハルトの力を削いでおかなければならない。もしも先にヴォルフが倒れたとしても、少しでも、村の被害が減るように。


 ヴォルフは膝に力を籠め、立ち上がろうとした。

 が、その時。


「ヴォルフさま!」


 ここで聞こえるはずがない声。

 それが、彼の名を呼んだ。

 瞬時に疲労が吹き飛んだヴォルフは眉を逆立てて振り返る。彼の目に飛び込んできたものは、カミラの腕から解放されようとしているローゼマリーの姿だ。


「帰れ!」

 声を荒らげてそう命じたヴォルフに、しかし、ローゼマリーは駆け寄ってくる。

「ヴォルフさま、怪我――」

 ローゼマリーは塞がりきらないヴォルフの肩の傷に目をみはり、すがるようにそこかしこが切り裂かれた彼の服を握り締めた。そんな彼女に取り合わず、ヴォルフはカミラに貫くような眼差しを向ける。

「カミラ、すぐにここを離れろ!」

 だが、僕へ向けたはずのその命令への返事は、彼の胸元から届けられた。

「いやです!」

「ローゼマリー!」

 カミラに向けていた視線そのままでローゼマリーを睨み付ける。しかし、彼女は怯むことなく真っ直ぐに彼を見返してきた。


 ローゼマリーはどうされようが絶対に離さないと言わんばかりにヴォルフの服を握り締め、乞う。

「わたしの血を飲んでください」

「何を――」

「血のこと、カミラさんから聞きました」

 ローゼマリーはヴォルフの服の裂け目に触れる。肩ではなく、腹にあるものを。

 彼女は束の間どこかが痛むように表情を曇らせたが、すぐさま頭を上げた。決然とした光をその目を宿らせて。


「血を飲めば、ヴォルフさまは強くなるんですよね? だったら――」

「飲まぬ。お前は城へ帰れ」

「ヴォルフさま!」

 ローゼマリーが悲鳴じみた声を上げた時、背後から微かな呻き声がした。

 じきに、再びレオンハルトが目覚める。

 今のヴォルフには、ローゼマリーを守りきることができない。一刻でも早く、彼女をここから立ち去らせたかった。

 ヴォルフはほとんど突き飛ばすようにして、ローゼマリーをカミラの方へと押しやった。よろめいた彼女にハッとしたが、転ぶ前にカミラが受け止めてくれる。


「ヴォルフさま、待って!」

 ローゼマリーの声と視線を振り切るようにして、ヴォルフは彼女に背を向けた。レオンハルトはまだ地に伏したままだが、手足がモソモソと動き始めている。

「カミラ、早く彼女を――」

 連れていけ。

 そう、続けようとした。が、刹那その場に漂った甘い香りに思わず振り返る。そして見た光景に、ザッと血の気が引いた。


「ローゼマリー、何をしているんだ!?」

 彼女は右手に銀の小刀を持っている。ヴォルフが、彼から身を守るためにと渡した小刀を。

 そして彼女の左手首からは、ボタボタと、紅い雫が滴り落ちていた。

 前にも、同じような光景を見たことがある。だが、あの時とは比べ物にならないほどの、流血だ。


 ローゼマリーは小刀を投げ捨て、ヴォルフに歩み寄りながら左腕を彼に向けて差し出す。

「お願いです、飲んでください」

 呆然としていたヴォルフはその言葉で我に返り、ローゼマリーの左腕を掴んだ。溢れ出す彼女の血がヴォルフの手を伝い、落ち、地に滲みる。

 ポタリ、ポタリと増えるそれに、己の身が切り裂かれた時には微塵も感じなかった痛みが、ヴォルフを襲う。


「そこまでして、奴らを守りたいのか」

 ヴォルフは食いしばった奥歯の間から、声を絞り出した。

 あの村は、ローゼマリーを捨てたのだ。彼女を彼に差し出したのだ――村の安寧の為に。

(そんな奴らの為に、ここまでするのか)

 その時ヴォルフの身に満ちていたのは、恐らく怒りだ。

 だが、次の瞬間返されたローゼマリーの言葉に、その怒りが迷う。


「村を守って欲しい。それは本当です。でも、それ以上に、あなたに傷付いて欲しくない」


「何……?」


 ローゼマリーは真摯な想いが溢れる眼差しでヴォルフを見上げてきた。

「ヴォルフさま、わたしは、あなたが大事です。確かに、村を守って欲しい、そうあなたにお願いしました。でも、あなたが傷つくのもいや。わたしは……わたしは、あなたを愛しているから。あなたが村を守ってくださるなら、わたしはあなたを守りたいんです」

「ローゼ、マリー」

 彼女は今、何と言っただろう。


(愛?)


 なんだ、それは。


 ヴォルフは、彼女のその言葉に何を返したらよいのか、何を返すべきなのか、判らなかった。

 思考と身体が硬直した彼の耳に、再び、先ほどよりもはっきりと、呻き声が届く。

「早く、ヴォルフさま!」

 ローゼマリーの切迫した声での促しに、呆けた頭ではなく身体が従った。

 ヴォルフは掴んだ彼女の腕を口元に引き寄せ、溢れ続ける至上の仙薬に舌を這わせる。

 一口、二口と飲み下すにつれ、身の内に力が満ちていく。開いたままだった肩の傷も、瞬時に癒えた。


「グガ、ゥ」

 低い唸り声に振り向くと、頭を振りながら立ち上がろうとしているレオンハルトの姿がある。身を起こした金狼は、ヴォルフに目を止めた瞬間、完全に覚醒したようだった。

「ガアァァア!」

 両拳を握り締め、威嚇の咆哮を上げる。

 ヴォルフは片腕でローゼマリーを引き寄せ、レオンハルトに向き直った。

 地響きを立て、怒号で空気を震わせながら、獣が彼ら目がけて突き進んでくる。

 レオンハルトが鈎爪を振り上げ、振り下ろそうとした、その時、ヴォルフは無造作に片腕を払う。

 そのひと振りで、レオンハルトの巨体は弾かれたように吹き飛んだ。腕の中でローゼマリーが息を呑むのが感じられる。レオンハルトは幾本もの樹をなぎ倒し、その先にある岩を砕く。砕けた小石がパラパラと舞った。


「大丈夫だ」

 レオンハルトに目を据えたまま、ヴォルフはローゼマリーを胸の中深くに引き寄せ、その頭に口づける。


 レオンハルトは両手両足を広げて地面に横たわり、ピクリとも動かない。

 ――そして、さほど間を置かずして、その形を変え始めた。


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