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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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抜け出して

 間違いなく、今日は満月だ。

 夕食を終え、森の梢の上に姿を現した月を窓から見つめたローゼマリーは、胸の内で拳を握る。

 星明りもかすむほどの輝きを放つ銀盤は綺麗な真円にしか見えなくて、仮にまだ満ちきっていないとしても、限りなく満月に近いはずだった。


 レオンハルトから満月の光を受けて輝く石の話を聞いてから、日々、ローゼマリーはそれを確かめに行く手段を模索していた。

 彼が話してくれた川に行くのは、そう難しくはない。何しろ、城から見える距離にあるのだから。

 問題は、いつ、行くか、だ。


(やっぱりお風呂の時くらいだよね)

 ローゼマリーは一日を振り返って独り言つ。

 基本、夕食から翌朝まで、ローゼマリーの傍にはヴォルフがいる。陽が沈んでから彼が離れることがあるとすれば、入浴の時だけだ。


(ちょっと長くなる、と言っておけば、いないことに気付かれないうちに行って帰ってこられるかも)

 普通にヴォルフを誘って一緒に行けばいいのかもしれないけれど、彼は城から出ることがあまり好きではない。城から足を踏み出すということに、なんというか、精神的な障壁のようなものを感じさせる。

 最近は庭までの散歩は日課同然になってきてはいるけれど、今でも、微妙なためらいのようなものがあるようだった。庭でそれなら、城壁の外まで出るとなると、どうだろう。


(見られるっていうことを確認してから、一緒に行った方がいいよね)

 ローゼマリーは自覚せぬままウンと頷いた。

 本格的な冬になって雪が積もってしまえば、レオンハルトが教えてくれた石を見に行くことはできなくなる。事前に確かめる機会は、きっと、もうほとんどないだろう。


(今晩、決行しよう)

 取り敢えず入浴に行くふりをして、ローゼマリーの部屋は一階だから、そこから外に出たらいい。

 城の西側を流れる川に行くには、正門を出てグルリと城を回っていく方法と、西の崖を下る方法の二つがある。庭から見る限りでは、崖と言ってもそう大したものではなかった。第一、いつもの入浴時間内でなんとかしようとなると、そもそも正門からという選択肢はなくなってしまう。

(あのくらいのなら村にいた時にテオと下って遊んだことがあるし、大丈夫だよね)

 ローゼマリーは己を鼓舞する意味でも、自分自身に向けてウンと頷いた。そして、さっそく実行に移す。


「カミラさん、わたし、そろそろお風呂に行ってきます」

 厨房で片付けをしているカミラに朗らかにそう声をかけると、振り返ったカミラは微塵もいぶかる様子なく応える。

「わかりました」

「ヴォルフさまがわたしのこと探されていたら、お風呂だって伝えておいてもらえますか? 今日はちょっとゆっくり目になるかもしれないので。お風呂に入れる薬草がたくさん採れたから、長めに入っていたいんです」

「はい」

 疑うことを知らないカミラは、ローゼマリーのウソにあっさりと頷いてくれた。あまりにすんなりだったので、少しばかり良心が疼く。

 これもヴォルフに楽しんでもらうためなのだと自分に言い聞かせて宥めつつ、ローゼマリーは自室に向かった。


 部屋に着き、ローゼマリーは急いで動きやすい服に着替える。崖を下るかもしれないと考えた時から、ドレスの一つをズボンに作り替えておいたのだ。

(チャチャッと行って、チラッと見て、いないことに気付かれる前に帰って来よう)

 ローゼマリーは外に出て、音を立てないようにガラス戸を閉めた。

 庭に灯りはないけれど、幸い、今晩は満月だ。煌々と照らしてくれる月の光だけでも充分に道の様子は見て取れる。

 西の庭に行き、前もって用意しておいた梯子を塀に立てかけた。上りきったところで塀の向こう側に足を垂らして腰かける。

 もしかしたらここからでも石が輝いているのが確認できるかもしれないと思って、ローゼマリーは身を乗り出して覗き込んでみた。が、残念ながら、確認できたのは昼間の景色と大差がない光景だ。違いと言えば、薄くぐらいことくらい。

 溜息を一つこぼして、ローゼマリーは昼のうちに近くの樹に結んでおいた綱を引き寄せる。それを伝って塀を下りた。


(ここまでは、順調)

 思った通り、崖は大したものではない――と、思う。ローゼマリーの背丈五人分ほどの高さはあるものの、そう急ではないように見えた。まあ、下の方は充分には把握しきれていないけれども、見えているところまで下りてしまえば、たとえそこから落ちたとしても、そう大きな問題にはならなそうだ。

 慎重に下りれば、きっと、大丈夫。

 ローゼマリーはしゃがみ込み、尻をついて、滑る要領で崖を下り始めた。

 ゆっくり、ゆっくり、着実に。

 半ばほどが過ぎた頃だろうか。

 不意に、ズルリと身体が滑る。そこまではしっかりとした土だった地面が、突然、砂利に変ったのだ。


「きゃ!?」

 悲鳴を噛み殺し、ローゼマリーは何とか落下を食い止めようとしたけれど、どこに手足を置いてもまったく踏ん張りが利かない。焦った彼女が何をしようとも、滑り落ちる速度は増していく一方だった。


 そして、次の瞬間。


 唐突に、ふわりと身体が宙に投げ出された。


(落ちる!?)

 と思った直後に、ローゼマリーの全身を衝撃が襲う。痛みはほとんど感じられなかった――と、思う。ただ、地面に強く打ち付けられて、息が詰まった。

 視界中に、星と見まごう細かな光が明滅する。まさに、満天の夜空さながらで、ローゼマリーは星の海に放り出されたようだった。


 けれど。


(ヴォルフさまに、心配させちゃう)

 遠のく意識の中で彼女が思ったのは、ただそれだけだった。


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