星の石
「あいつ、ホント変ったよなぁ」
しみじみと、心から、という風情で、レオンハルトがそう言った。
ローゼマリーは花壇をいじる手を止めて、彼女の横にしゃがみ込んでいるレオンハルトを見る。今はもう秋も後半で、今日のように陽が出ていても、だいぶ涼しく感じるようになってきた。あとふた月もすれば、辺りは雪で覆われるだろう。彼は数日前にまたこの城に戻ってきて、土産と言いつつ、ローゼマリーに冬の支度を渡してくれたのだ。
ローゼマリーがこの城で冬を過ごすのは二度目のことになる。去年も温かな綿入りの上着やら毛皮の襟巻やらを受け取っていて、今年もそれを使うから必要ないと断ろうとしたのだけれども、レオンハルトはヘラヘラと笑って一抱えもある包みを押し付けてきた。代金を支払ったのはヴォルフだから、と。そして、彼からだと言われたら、ローゼマリーは拒むことができなくなってしまう。
自身が寒暖を感じないらしいヴォルフは、それなのにと言うべきかそれゆえにと言うべきか、ローゼマリーの暑さ寒さには少々過敏だ。一緒に過ごす時間が増えただけに、ちょっと過保護ではないかと思ってしまうほどに、ローゼマリーが快適かどうかを気に掛けてくる。
なまじ本を読むからか、ヴォルフは不安を掻き立てるような知識も仕入れてしまっているらしい。この間など、ローゼマリーがくしゃみを一つしただけで、カミラに城中の暖炉に火を入れさせてしまった。
(村にいた時よりも、遥かに快適なのに)
あの時のヴォルフの渋面を思い出してつい笑みを漏らしてしまったローゼマリーの隣で、レオンハルトは花の一つを指で弾きながら言う。
「ありがとう、だってさ」
まるで、桃色のネズミを見たとでもいいたげな声だ。
「?」
小首をかしげたローゼマリーに、レオンハルトは肩をすくめる。
「このン百年、色々持ってきてやってたんだぜ? あいつに本とか、贄が来るようになったらその子らの服とか他にも色々。でも、そのことにあいつがなんか言ってきたのは、初めてだよ。初めて、礼を言われた。まあ、あいつが自分の部屋から出てきてんのも、出会ってこの方何回見たよ? って感じなんだけどな。まったく、あんた、いったいあいつに何をしたんだ?」
ほとんど尊敬の眼差しといってもいいような代物を向けられて、ローゼマリーは眉をひそめた。
「何、と言われても……」
ヴォルフに喜んでもらいたいとは日々思っているけれど、彼を変えようと思って行動したことはない。ヴォルフが望むことが判らないままやっていることなので、結局は彼の為ではなく、自分がしたいようにしていただけだ。
(ヴォルフさまは、何をしたら喜んでくれるのかな)
彼はローゼマリーと一緒にいたいと思ってくれていて、以前のように自室に閉じこもることなく、一日の大半を彼女の傍で過ごしてくれるようになった。ローゼマリーがヴォルフの方に行くのではなく、彼の方が彼女の傍に来てくれるのだ。けれど、それが『普通』になるとただ傍にいるだけではどこか物足りなく感じられるようになってきてしまって、もっと彼を喜ばせたいとか笑わせたいとか、どうしても思ってしまう。
ローゼマリーは今まで欲というものを持ったことがあまりなかったので知らなかったが、どうやら、それは、ひとたび抱くと際限なく膨らみ続けていくものらしい。
「レオンハルトさんは、何かしたいこととか欲しいものってありますか?」
唐突に訊ねたローゼマリーにレオンハルトは器用に片方の眉を持ち上げて、ニッと笑う。
「何、なんかくれるの?」
「あ、いえ、ヴァンピールの人の望みって、どんなものがあるのかなって思って」
「ちぇ。そりゃ、『ヴァンピールの』じゃなくて『ヴォルフの』だろ? まあいいや。そうだなぁ、俺はやろうと思ったことはだいたいできるし、欲しいと思ったもんは手に入れられるんだけどよ、一つだけ、どうしても無理ってもんがあるんだよな」
「レオンハルトさんにも、ですか?」
ローゼマリーから見たら万能に近いレオンハルトに叶えられないことならば、彼女にはとうてい手が届かないことに違いない。が、肩を落としたローゼマリーに、レオンハルトはヒョイと肩をすくめて言う。
「まあ、俺だから、なんだけどな。あんたならそう難しくはないさ」
「レオンハルトさんにはできないのに、わたしにはできる……?」
ローゼマリーは首を傾げた。そんなことがあるとは、思えないのだけれども。
「そう」
一体何なのだろう。
ローゼマリーが眉根を寄せると、レオンハルトはバリバリと頭を掻いた。
「満月の下で見ると光る石ってのがあるんだってさ」
「遠いところとか、行くのが大変なところにあるんですか?」
「いや、この近くの河原でも見られるらしい」
レオンハルトの返事に拍子抜けして、ローゼマリーは首を傾げる。
「じゃあ、見に行ったらいいじゃないですか」
「まあ、事情があるんだって。とにかく、教えてくれたのは他のヴァンピールなんだけどな、そいつが言うにはえらくキレイらしいんだ。夜の闇の中で、満月くらいの光量があって初めて、光るんだとさ。珍しいもんじゃなくて、ゴロゴロあるから、満天の星空みてぇに見えるらしい。でも、光ってない時にはただの石。面白れぇだろ?」
確かにそれは、想像するだに見てみたい。
けれど、レオンハルトの話を聞く限りでは、いかにも簡単そうなのに。
(なんで、レオンハルトさんは見られないんだろう)
レオンハルトが言う『事情』は気になるけれど、見るからに踏み込んで欲しくなさそうな彼の様子に、ローゼマリーは好奇心を頭から追いやった。
「それが、この近くでも見られるんですね?」
訊ねた彼女に、レオンハルトは立ち上がり、右手の方を顎でしゃくって答える。
「ん? ああ、あっちの、この城の西側にちょっとした崖になってるところがあるだろ? そこを下ったところに川があるからな、多分そこで見られると思うぞ」
「あの川で?」
ローゼマリーは思わず声を上げた。
レオンハルトが言うように、城の塔から外を眺めた時、そちらの方に川が見える。距離だけで考えれば、ローゼマリーにもさほどかからず行けるはずだ。
(ホント、そんなに近くなのに、どうして見に行けないんだろう)
再び好奇心が疼いてきたけれど、チラリと見上げたレオンハルトはとうてい教えてくれそうになかった。




