独りよがり
テオのその言葉に、ローゼマリーはどんな顔をしたらいいのか判らなかった。
「テオ、何を言って……」
ごまかすような笑いと共に言いかけた彼女の台詞を遮るように、テオが言う。それまでの軽さを拭い去り、有無を言わせぬ口調になって。
「もちろん来るだろ? こんなところに、いたくないよな?」
彼の眼差しは切り込んでくるように鋭くて、ローゼマリーは二の句が継げなくなる。
思わず握り合わせたローゼマリーの両手を、テオが大きな掌で包み込んだ。何度も何度もつないだことがある手なのに全然違う感触で、ローゼマリーは蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫になったような気持ちになる。
(テオ、なのに)
年下の兄弟と思って可愛がっていた彼は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
ローゼマリーは、まるで別の人間を相手にしているような不安に駆られた。
だが、そんなローゼマリーの心中などまるで気付いていない様子で、彼女を間近に引き寄せ、テオは言う。
「ローズ、消える前の日まで何も言ってなかったじゃないか。全然普通の様子で、また明日って言っただろ? いなくなったあの日に言われたんだよな、この城に行って、化け物の餌になれって」
化け物。
その一言で、ローゼマリーは我に返る。
「テオ! そうじゃない、そうじゃないよ……」
「ごまかさなくたっていい。村の為とか、もう考えなくていいよ。あんなところ、もうローズには関係ない!」
大きな身体から発せられるその声は、部屋の空気をビリビリと震わせんばかりだった。
居間からはかなり離れているけれど、こんな声を出していたら、ヴォルフやカミラに聞かれてしまう。
ヴォルフがテオを害するとは思わないけれど、贄以外の村の者がここに来るのは掟違反だ。万一村に知られたら、テオの居場所がいなくなってしまうかもしれない。
「テオ、そんな大きな声出さないで」
ローゼマリーはテオ宥めようと試みた。
本当なら手で彼の口を塞いでしまいたいくらいだったが、彼に掴まれてしまっているから、それもできない。代わりに、テオの目を真っ直ぐに見つめて、気持ちをそこに込める。
「あなたはここに来ちゃいけなかったの。わたしのことは大丈夫だから、心配しないで。すぐに帰って」
必死に言い募るローゼマリーの前で、テオの眉毛がみるみる逆立っていく。
「ローズ、何を言ってるんだ? ローズは来たくて来たわけじゃないんだろ? 村長に言われて、育てた恩でも着せられて、無理やり来させられたんだろ? ホントは逃げたいと思ってるんだよな?」
育ての親である村長を責める言葉に、ローゼマリーは何度もかぶりを振った。
「そうじゃないよ。それは確かに、最初に言われた時にはびっくりしたけど、でも、来るって決めたのは、わたしだよ。わたしはここにいたいの。村にもどこにも行かないよ」
テオに解って欲しくて、納得して欲しくて、ローゼマリーは懸命に説いた。だが、彼女が言葉を重ねるほど、テオの表情は険しくなってくる。
「何で……」
唸るようにテオが呟き、ローゼマリーの両手を握り込んだままの彼の手に力がこもる。彼女の手を、握り潰してしまいそうなほどに。ローゼマリーが痛みに顔を歪めても、彼は気付いていないようだった
「オレのことは、どうでもいいんだ?」
不意にテオが吐き出したその言葉に、ローゼマリーは仰天する。骨が軋む手の痛みも、吹き飛んだ。
「違う! なんで!?」
「だって、オレがいなくたっていいんだろ? それって、オレのことはどうでもいいってことじゃないか」
「違うよ、そうじゃないよ。わたしは、テオのことも大事だったから、それもあったから、ここに来ようって思ったんだよ? テオに幸せに暮らして欲しかったから――」
「オレは、そんなこと望んじゃいなかった! ローズがいないのに、幸せになんてなれるわけがないだろ!」
叩き付けるようにそう言ったテオは、握ったローゼマリーの手をグイと引き、ふら付いた彼女を抱きすくめる。ローゼマリーは、テオの腕の力と彼が放った言葉に身を縛られたような心持ちになった。
(わたし、テオを傷付けてた?)
テオに言ったことはごまかしでも偽りでもない。村全体のことも考えたけれども、一番に想ったのはテオのことだ。彼が無事に過ごしてくれるなら、無事に大人になって、幸せになってくれるなら、という気持ちが、大きかったのだ。
けれど、今、ローゼマリーに投げ付けてくる彼の声と台詞にあるものは。
「オレは、ローズを幸せにしたかったんだ。オレが、そうしたかったんだ。なのに急にいなくなって――知らない間に勝手に村の外に出て死んだんだって言われて。そんなの、納得できるわけないだろ? だから、オレ、探したよ。どれだけ探しても見つからなくて、でも、諦めるなんてできなかった。だから、生きてるって知ったとき、ここに捉まってるって聞いたとき、何をしてでも助け出して、一緒に逃げるんだって決めたんだ。なのに、ようやく逢えたと思ったら、そんなことを言うのか!?」
言葉と一緒に血を吐いているのではないかと思わせるような声だった。
テオの幸せを考えたはずだったのに、それは驕りだった。独りよがりにすぎなかった。
ローゼマリーはテオに何か答えなければと思うけれども、彼女にしがみつかんばかりに抱き締めてくる彼の腕がきつくて息ができず、どうしようもなく気が遠くなってくる。
(ごめん、ごめんね、テオ。わたし、あなたのこと、解かってなかった……)
ローゼマリーは声に出さずに何度も謝った。だが、それも長くは続かず、ふぅッと意識が闇に呑み込まれていく。このまま気を失えば、テオは彼女を連れ出してしまうだろう。
そう思った瞬間ローゼマリーの脳裏に閃いたのは、城から一歩も出ようとしない、孤独なヴァンピールの姿だった。
テオと同じくらい、いや、今はもう、テオよりもローゼマリーの中で大きな存在となってしまった、孤独な魔物。
ヴォルフを、独りにはしたくなかった。
(だめ、ちゃんと、話をしなくちゃ)
ローゼマリーが最後の足掻きを試みようとした、その時。
鋼のタガのような締め付けから、唐突に、彼女は解放された。




