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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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光に拒まれたもの

 ヴォルフに拒まれた。


 部屋を飛び出したローゼマリーの頭にあったのは、ただそれだけだった。

 レオンハルトに言われたように目の前で血を流してみても、ヴォルフには受け取ってもらえなかった。

 もう、どこからどう取っても勘違いのしようがないほどに、完膚なきまでに、拒絶されたのだ。


(わたしはここには必要ない。あの人は、わたしを必要としていない)


 居た堪れなさに駆られて廊下を走り、その勢いのまま外に飛び出した。

 どこに行こうと思ったわけではない。村に帰れるわけもなく、森の中で一人で生きていけるわけもなく。

 ただ、どこでもいいから、とにかくここから離れたいと思った。

 ローゼマリーを「要らない」と言ったヴォルフから、離れたいと。


(わたしは、ここでも拒まれた)


 贄という役割があったのに。

 ここに必要だから連れてこられたのに。


 それでも、拒まれた。


 生まれた時は親から要らないものとされた。

 村で必要だったのは、贄としての彼女だった。

 けれど、その贄としてさえ、必要とされなかった。


 ローゼマリーはみじめで、自分が情けなくてたまらなかった。


 息を切らしながら門扉に辿り着き、閂に手をかける。それを開けようとするのは、ここに来て初めてのことだった。玄関からずいぶんと離れたここまで、足を運んだことすらない。

 来たときは大きく開け放たれていた門扉に錠前などはなく、今はただ閂がかけられているだけだ。だが、ローゼマリーの手では握り切れないほどの太さがある鉄製のそれは重く、彼女の力ではなかなか動いてくれなかった。


(もう、やだ。どうして開かないの?)

 ガチャガチャと八つ当たり気味に門扉を揺すり、スンと鼻をすすった、その時。

 ローゼマリーの耳に、誰かの悲鳴めいた声が届いたような気がした。

(何?)

 男の人の声だ。

 けれど、ヴォルフの声であるはずがない。彼は陽を通さぬ鎧戸の向こうにしか居られないのだから。第一、彼があんな切羽詰まったような声を上げるわけがない。

 だから、声の主はレオンハルトのはず。そう、確かに彼だった。

 正体は判ったものの、あまりに必死な声だったから、ローゼマリーは振り向いた。


 と。


「え……?」

 三階の窓からヒラリと舞った、黒い影。

 レオンハルトが身にまとっているのは、もっと明るい色だ。彼が黒を着ているところなど、見たことがない。


 黒は。

 黒は――


「うそ……」

 ローゼマリーは愕然と呟いた。

 あんなに高いところから飛び降りたにも拘らず、その人はふらつきもせずに立ち上がる。

 カミラでも、ない。

 でも、重苦しい雲が空一面を覆っているけれど、今は昼だ。だから、あの人でもないはずだ。あの人であってはならないはずだ。

 そう自分自身に言い聞かせたが、しかし、ローゼマリーは次の瞬間走り出していた。

 黒い影はいくらか彼女の方へと近づこうとして叶わず、すぐにその場にうずくまる。

 近づくにつれローゼマリーの疑いは確信に変わる。


「いや、やだ――ヴォルフさま!? なんで、こんなッ!」

 地に伏したヴォルフは、ローゼマリーがひざまずくとノロノロと顔を上げた。その白皙の麗姿はこのわずかな間で赤くただれている。

「だめ!」

 とっさにヴォルフに覆い被さっても、小柄なローゼマリーでは細身とは言え彼女よりも遥かに大きな彼を到底隠しきれはしない。さりとて彼を放置してこの場を離れられるわけもなく、ローゼマリーの目からは絶望的なまでの無力感で涙が溢れ出した。

「カミラさん……レオンハルトさん!」

 声を限りに叫んでも、彼らが来てくれるまで、いったいどれくらいかかるのだろう。

 それでも二人を呼ばわり続ける最中、腕の中からかすれた声が届く。


「やはり、お前も我が恐ろしいか」


「え……?」

 ローゼマリーが腕の中を見下ろすと、炯炯とした紅い瞳が強い眼差しを返してきた。


「我は、これしきの光ですら耐えられぬ。この身は闇の中でしか生きられぬ――ヒトの生き血を食らう、化け物だ。やはり、恐ろしいか」

「違います。あなたが怖いなんて――」

「だが、お前も逃げようとした」

 ヴォルフの言葉にローゼマリーはハッと身を起こしかけ、慌ててまた伏せる。

「逃げてなんて――だって、あれは、あなたがわたしのことを要らないっておっしゃるから……」

「そのようなことは言っておらぬ」

「うそ!」

「嘘ではない」

 不服そうな声でそう返し、ヴォルフが身体を起こそうとする。

「だめ、動かないで!」

 彼を自分の下に留めておこうと声を上げたその時、突然ばさりと何かが被せられ、視界が真っ暗になった。

 どうやら、分厚い黒い布らしい。

 その布を通して、呆れ返った声が響く。


「ハイハイ、じゃれ合ってる場合じゃないから取り敢えず中に入ろうや。ったく、何してんだか」

 次の瞬間、ヴォルフとローゼマリーはひとまとめにして抱え上げられた。

「レオンハルト、さん?」

 安堵で、その名を呼ぶ声が震えた。

「俺以外に誰がいるよ」

 答えて彼は、おとな二人を抱えているとは思えない軽い足取りで歩き始める。

 やがて足音の感じが変り、すぐに扉が閉まる音がして、ローゼマリーたちは下ろされた。

「もう大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫、出ておいで」

 その台詞が終わらぬうちに、ローゼマリーは被せられている布を剥ぎ取った。


「ヴォルフさま――」

 大丈夫ですか、と確かめかけて、現れた彼の顔にホッと安堵の息を漏らす。

 外では焼けただれていた肌は、このわずかな間でだいぶ元に戻ってきていた。

「おお、流石、ちょっと前までたっぷり飲んでただけあるな」

 ヴォルフを覗き込んだレオンハルトが、感心しきりといった風情でそう言った。

「え?」

「血だよ。ひと月前まであんたのを毎日飲んでたんだろ? 生粋のヴァンピールが昼間に外に出るとかな、前みたく三十年飲んでないとかだったら、ちょっとヤバかったんじゃね?」

 レオンハルトはいたって軽い口調でそんなことを言うけれど、ローゼマリーの頭からザッと血の気が引いた。つまり、もしも血を飲んでいなかったら、今頃ヴォルフは灰になって消えていたかもしれないのだ。


「今すぐ、わたしの血を――」

「要らぬ」

 襟元をはだけかけたローゼマリーに、その拒絶の一言がピシャリと投げつけられる。

 こんな事態なのに、また、拒まれた。

「どうして、ですか。どうしてわたしの血を飲めないんですか?」

 問うてもヴォルフは答えない。目まで逸らされた。

 ローゼマリーは唇を噛んで彼を睨みつける。


 膠着状態に陥ったその場で動きを見せたのはレオンハルトだった。

「取り敢えず、こんなところで痴話喧嘩おっ始めるのもどうかと思うぜ? どっちかの部屋に行って、もう一度じっくり話し合ってみたらどうよ」

 彼は首をかしげるようにしてヴォルフを見下ろす。

「歩けないならまた抱えていってやるぜ?」

 その提案は、すこぶるヴォルフの機嫌を損ねたらしい。彼はムッツリと答える。

「余計な世話だ」

「あっそ。じゃ、お好きにどうぞ。あんまりローゼマリーをビビらせるなよ?」

 バリバリと頭を掻きながらそう言うと、それ以上干渉するのは諦めたようにレオンハルトは二人を置き去りにして行ってしまった。


 相向かいで黙り込んだローゼマリーとヴォルフを、その場にいたもう一人――カミラが、順々に見る。物音一つ立てずに佇んでいたからローゼマリーはその存在に全く気付いていなかったけれども、立ち位置からすると、三人が中に入るなりすぐさま扉を閉めてくれたのはカミラのようだ。もちろん、その面にレオンハルトのようなあからさまな感情はない。


「どちらのお部屋に行かれますか?」


 もう一度二人の間で視線を往復させて、しばし考えこむような間を置いた後、カミラはいつもと変わらぬ淡々とした口調でそう言った。


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