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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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存在意義

 何故、ヴォルフはローゼマリーの血を飲まなくなったのか。


 真昼の庭園、絶対にヴォルフが現れない場所で、ローゼマリーはいつかの夜に彼に向けて投げたその疑問を頭の中で繰り返す。

 結局、その理由は有耶無耶になってしまったし、あれからもやはり彼は彼女に触れるだけで、決して牙を突き立てようとはしない。

 ヴォルフが姿を見せるのはだいたいが夜で、さんざんローゼマリーを啼かせた後、まるでその償いででもあるかのように優しく抱きしめて眠らせてくれる。それは全く変わらない。たまに昼もふらりとやってくることがあるけれど、その時は夜とは違ってこめかみとかすぐに届くような場所に軽く口づけるだけで、去っていく。ローゼマリーがそこにいることを確認できたらそれでいい、という風情で。


「ホントに、このままでいいのかな」

 菜園の雑草を引き抜きつつ、ローゼマリーが呟いた時だった。

「何が?」

「ッ!?」

 完全に上の空だったから、突然降ってきた声に思わず飛び跳ねる。

「ごめんごめん、驚かしたか」

 振り返った先にいるのは、にやにやと笑うレオンハルトだ。


「よう、元気?」

「レオンハルトさん。お久しぶりです」

「久しぶり? この間来たばっかじゃないか」

 眉をひそめたレオンハルトに、ローゼマリーが笑う。

「人間にとったら三ヶ月は長いですよ」

 そう答えてから、自分の台詞が意味するところに気付く。

(そっか……人間にとっては長くても、ヴァンピールにとったら――ヴォルフさまにとったら、あっという間のことなんだ)

 五年、十年、もしかしたら三十年だって、彼らにとっては瞬きほどの時間に過ぎないのかもしれない。ローゼマリーも、ほんのひと時ここに居ただけの、取るに足らない存在になるのだ。改めてその事実が身に滲み込んで、なんとなく気が沈む。


「どうした?」

「え?」

「なんか暗い顔してるけど?」

 レオンハルトに指摘され、ローゼマリーは笑顔を作る。

「あ、いえ、何でもないです。あなたたちはホントに長生きなんだなって、しみじみ実感して」

「まあ、そりゃな」

 頷きながらも、彼は微妙に疑わしそうな顔をしていた。ローゼマリーは更に突っ込まれる前に話題を変える。


「あの、ところで、ちょっとお訊きしたいことがあるんですけど」

「何だ?」

「その、ヴォルフさまが、わたしの血を召し上がらないんですけど……」

「は?」

 レオンハルトが紅い瞳を丸く見開く。

「もうだいぶ、飲んでくださらないんです」

「どんだけだ?」

「かれこれひと月くらいは」

 ローゼマリーの答えに、彼は肩をすくめた。

「なんだ。それだったら別に構わないだろ。だいたい、飲まなくたって死にゃしねぇし、ここら一帯守るくらいなら十年や二十年飲まなくたっていいくらいだろ。あいつがずっと気をみなぎらせてるせいか、だいぶ前から荒っぽいのはいなくなってるしな」

「そうなんですか?」

「ああ。だから気にすんなって。今までの娘たちだって、そんなしょっちゅうは飲まれてなかったはずだぜ?」

 と、そこでふと何かに気付いたように、レオンハルトが首を傾げた。


「ひと月って……あんたが来てからもうじき一年くらいか?」

「え? ええ、はい」

 正確にはひと月よりも数ヶ月は短いが、彼にとったら大差はないのだろう。

 頷いたローゼマリーに、レオンハルトは怪訝そうに眉をひそめた。

「ひと月の前は、どれだけ飲まれてたんだ?」

「七日に一度くらい、でした」

「そんなに!?」

 素っ頓狂な声を上げたレオンハルトは、まじまじとローゼマリーを見つめてくる。彼女はしどろもどろで付け加えた。

「あの、毎回少しずつ、でしたけど」

「……」

 レオンハルトは絶句したままだ。

 そんなに奇妙なことなのだろうかとおずおずと見上げるローゼマリーの前で、彼がいかにも「信じられない」という風情で頭を振った。


「七日に一度、ねぇ。逆にどうしたんだって感じだけどな。まあ、安心しとけ。全然問題ないから。ていうか、そんなに飲んでたって方が驚きだから」

 そう言ったレオンハルトは、「何やってんだよ」とか何とか、ブツブツと呟いている。

「あんたは、そんなに血を取られて大丈夫なわけ?」

「大丈夫です」

「ふぅん。まあ、嫌だったり身体がつらかったりしたら、ちゃんとあいつに言えよ?」

「嫌だなんて、そんな……むしろ、今の方が困ってるっていうか」

 うつむき加減でローゼマリーがそう言うと、レオンハルトが首をかしげる。

「困る? 何でだ?」

「だって、わたしは血を差し上げるためにここに居るわけですから、それができなかったら役立たずってことじゃないですか」

「役立たずって……それはないだろう」

 何を言い出すのやらと言わんばかりのレオンハルトだが、ローゼマリーからしたら切実な問題だ。

「ありますよ。だって、ここでは他にわたしがお役に立てることがないんですから」

「役に、ねぇ。でも、アイツはそんなのこれっぽっちも期待してねぇだろ?」

 ローゼマリーは唇を噛んだ。


「確かに、そうかもしれませんが、わたしはヴォルフさまのお役に立ちたいんです。役目を、果たしたいんです。ちょっと前まであんなに欲しがっておられたのに……」

 言いかけ、ハッと気づく。

「もしかして、わたしの血がお口に合わなくなってきたのでしょうか」

 血の味の良し悪しなんてローゼマリーには判らないけれど、彼らヴァンピールからしたら何か違いがあって、急に彼女の血に食指が動かなくなったとか。

 もしもそうなら……

 うなだれたローゼマリーの前で、レオンハルトは困惑の面持ちで頭を掻く。


「アイツが毎日姿を見せてるって方が驚きなんだけどな……まあ、どうしてもってんなら、もうチョイ積極的に迫ってみたら? ほら、どっか切って血を出してアイツの鼻面に突きつけるとか。それでも飲まなかったら、マジであんたの血を飲みたくないってことだろ」

 言っておいて、レオンハルトはそこまでする必要なんかないけどな、と笑った。

 だが、ローゼマリーの耳にその軽い笑いと台詞は入っていなかった。

 以前ヴォルフに言ったように、彼に血を提供することがローゼマリーの存在意義――生存理由ともいえる。親にも不要だとみなされた彼女を、その役割故に必要としてくれている、はずなのに。

(ヴォルフさまにも要らないって思われてるなら、わたしは……)

 ローゼマリーは拳を固める。

(わたしは、ヴォルフさまにわたしのことを必要だと思っていて欲しい)

 今だけでも――ヴォルフにとってはほんの一瞬に過ぎない、この短い三十年の間だけでも、ここに、彼の傍にいなければならない存在で、ありたい。

 それは傲慢で分不相応な欲求なのだろう。

 しかし、ローゼマリーは、どうしてもそう願ってしまう。


 かつて村にいた頃のローゼマリーは、皆から愛されていたという確信はあるけれど、誰かに求められてはいなかった。誰かを、何かを求めていい立場にあるとも思っていなかった。

 村の中でそれなりに役割を果たしてはいても、それは彼女でなければいけないものでは、なかった。ローゼマリーがいなければ、村の誰かが――あの村に本来属している誰かが、いつだって代われるものだ。

 けれど、この城での役目は違う。

 これは、ローゼマリーだけに課せられたもの。

 他の誰でもなく、『ローゼマリー』に求められているものなのだ。

 それを果たせないというのなら、彼女は、ここでも不要な存在だということになる。


(ヴォルフさまに、血を飲んでいただかないと)

 村のために、村から課せられた義務を、果たしたい。

 そして、ヴォルフに必要だと思われたい――必要だと思われていると、感じたい。

 己の強欲さに嫌気を覚えつつも、その望みを押しやることができない。

 ローゼマリーは血がにじむほどにきつく、唇を噛み締めた。


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