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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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ここにいる理由

「どうしてですか?」


 詰め寄るローゼマリーに、ヴォルフの眉間にしわが寄った。そんな彼を、半ば睨みつけるようにして彼女は続ける。

「今日も、わたしの血をお飲みにならないのですか? もうずいぶんと飲んでいらっしゃいません」

 いつものように夜になってローゼマリーの部屋に入ってきたヴォルフに、今日こそはと切り出した。ジッと見つめるローゼマリーから、ヴォルフがふいと視線を逸らす。

 これは、忘れていたとかその気がないからとかではなく、何か理由があると言っているに等しい。しかもその理由は、ローゼマリーにあるに違いない。でなければ、目を逸らすなどない筈だ。

 だったら、きっと、素直には話さないだろう。

 ローゼマリーはそう思ったが、彼女とて引き下がる気はない。


 おかしいと思ったのは、十日ほど前のこと。七日に一度はあった吸血が行われずに三日は過ぎていることに、ローゼマリーは気が付いた。

 そこから改めて日を数え始め、三十日。

 ひと月を待っての、今日だ。


「何で、飲まれないんですか?」

 睨むローゼマリーに、ヴォルフは淡々と答える。

「必要ないからだ」

「だけど――」

 にべもないヴォルフにローゼマリーは更に食い下がろうとした。が、彼は基本的に言葉が少なくて、彼女が納得するまで会話を繰り返そうとはしてくれない。


 今もそうだ。


「寝ろ」

 言うなり、ヴォルフはローゼマリーを引き寄せ、彼女の頭を自分の胸に押し付けるようにしてそれ以上の遣り取りを封じてしまう。

 いつもなら、ローゼマリーも無理押しはしない。ヴォルフが語ろうとしないなら、それでおしまいにする。

 けれど、この件に関しては、そう簡単に引き下がれなかった。

 ヴォルフの腕をもがいて外し、寝台の上に座り込む。


「ローゼマリー……」

 困惑した面持ちで身を起こしたヴォルフから、ローゼマリーは少しばかり距離を取った。そうしないとまた捉えられ、否応なしに寝かしつけられてしまうから。

「わたしは、贄なんですよ?」

「……」

「あなたに血を差し上げるのが、わたしの役割です」

 微かに、ヴォルフの眉間のしわが深くなった。

 何かが彼の気に障ったようだと思いつつ、ローゼマリーは更に言葉を継ぐ。


「わたしがこのお城に来た理由はあなたに血を差し上げるためで、ここに居続けるのもそのためです。どうして、わたしに役割を果たさせてくださらないのですか?」

 そうさせてくれないのならば、身の置き所がないというものだ。

 何しろ、ここの生活は至れり尽くせりなのだから。

 しかし、切実な思いから吐き出したローゼマリーの台詞は、いっそうヴォルフを不機嫌にさせてしまったようだった。


「お前に役割などない」

 むっつりと言ったヴォルフに、どうしてそんなに怒っているようなのだろうと思いつつ、ローゼマリーはかぶりを振る。

「いいえ、あります。それが、わたしが生きている、ここで生かされている、理由のはずです。わたしには果たすべき役割があります。そうすることが、わたしを拾って育ててくれた、わたしを可愛がってくれた――」

 が、懸命に言い募ろうとした彼女の声はそこで遮られた。

「野の生き物に生きるための役割など――生きるための理由など、要らん」

 彼らしくない荒い声音で言うなりヴォルフは立ち上がり、ポカンと見上げるローゼマリーを上掛けで包んだかと思うと両腕に抱え上げる。

「ヴォルフさま? あの、――」

 唐突な彼の動きに戸惑うローゼマリーを抱いたまま、ヴォルフは部屋を出た。少し怖いくらいの速さで廊下を歩くから、彼女は知らず彼の胸に身をすり寄せていた。


 ヴォルフは黙々と廊下を進み、階段を上り、やがて城で一番高いところにある塔の天辺に出る。そこから見えるのは、城を取り巻く高い塀の向こうに広がる黒々とした広大な森だ。

 まだ春が浅い夜更けの風が、ローゼマリーの頬をひんやりと撫でる。


「見ろ。お前はどこから来たというのだ?」

「え?」

 唐突な問いに困惑するローゼマリーに、ヴォルフは再び森の彼方に眼を向けて言う。どれだけ目を凝らしても果てが見えない、彼方へと。

 そうして再び腕の中のローゼマリーを見下ろした。

「お前は森に捨てられていたと言うが、この深い森にわざわざ子を捨てに来る者がいると思うのか?」

「そ、れは……」

 ローゼマリーは視線を揺らした。


 ヴォルフの言葉は、ローゼマリーの胸の奥にある、開きたくない箱を叩く音だ。

 その箱の存在を、ローゼマリーは知っている。知っていて、見えないように奥底に追いやり、けっして開くことのないように封をしている。


「下ろして、ください」

 この場から去りたいともがいたローゼマリーを一層強く抱き締め、ヴォルフは更に追い詰める。

「我が知る限り、村の者以外にこの森をうろつくヒトはいない。もう数百年、森の外から訪れたヒトは――」

「いいんです!」

 咄嗟に、ローゼマリーは声を張り上げていた。


 それ以上、彼の言葉を聞きたくなくて。

 それ以上、彼に何も言って欲しくなくて。


「だが、村の者はお前を――」

「いいんです」

 さっきよりも柔らかな口調でそう言って、ローゼマリーは微笑みを浮かべた。

 それは決して無理に作ったものではない。

 ちゃんと、心から生まれたものだ。


 ローゼマリーは彼女をすっぽりと包んでいる上掛けの隙間から手を出し、ヴォルフの頬に触れた。

 滅多に感情を表に出さないヴォルフが、怒っている。

 けれど、彼のその憤りは、彼女の為のものなのだ。

 そう思うと、何だか無性に彼が愛おしい。


「みんながわたしを育ててくれた理由なんて、どうでもいいんです。どうしてわたしに親がいないのかっていうことも。あの村の人はわたしを愛してくれていた――それは、本当ですから」

 真実など、どうでもいい。

 ローゼマリーは、物心つく前からその中で生きていて、もう何もかもが変えようのないことなのだから。


 それに、何より。


「わたしは贄だからヴォルフさまにお逢いできました。ヴォルフさまにお逢いできて、一緒に過ごすことができている今が、幸せなんです。だから、いいんです」

 ローゼマリーは嘘偽りのない思いを伝え、微笑んだ。

 ヴォルフは、まだ渋い顔をしている。何か言いたそうな素振りは見せたが、それ以上糾弾しようとはしなかった。

 彼はローゼマリーを黙って見つめた後、ふとまた森へ眼を向けた。


 しばらくそうしていてから。


 来る時よりも穏やかな足取りで、塔の中へと戻っていった。


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