テオの決意
春になって、テオは十五になった。
十五になったその春から、彼は狩人たちと共に森の奥深くに足を踏み入れるようになっていた。
村では十五歳は子どもの扱いだから、本来ならテオはまだ狩りには参加できない。それが許されるのは、十八になってからだ。だが、彼は、見習いでもいいから同行させてくれと、昨年の秋から半年かけて、狩りの長に頼み込んでいたのだ。
狩りの時期になると、狩人たちは何日も村を留守にする。そして、ほんの数日身体を休めただけで、獲物を置いてまたすぐに出て行ってしまう。しかし、冬の間は雪深い森に立ち入るのは危険極まりないことなので、彼らも村に留まって、家屋の修繕やら何やらの雑事に携わることになる。
そんなふうに彼らが村に留まらざるを得ない冬の間、テオは朝昼晩と狩りの長のもとに赴いて、連れて行ってくれとただひたすら繰り返した。
あまりのしつこさに長もうんざりしたのか、ちょうど雪が解け始めた頃から、断固認めぬという彼の態度もようやく緩み始めてくれたのだ。
そうして取り付けたのは、百歩離れた場所にある的に矢が当たるようになったなら、という約束。
成人と同じだけ動けるならばという条件で、春からの狩りに同行できることになった。
テオがそこまでして狩りに同行したかった理由は二つある。
一つは、森の中の歩き方を学びたかったからだ。
今までのテオの行動範囲は、何かあればすぐに村に帰れる程度までしか許されていなかった。
森の深くに分け入ったことはなく、だから、道に迷わぬようにする方法も、危険な獣を避ける方法も、森の中で夜を過ごす方法も、知らなかった。それでは村の外には出られない。それでは、村を出て三日と持たずに野垂れ死んでしまうだろう。
もう一つの理由は、自分自身で食い扶持を稼げるようになりたかったから。
今のテオでは、まだ一人では何もできない。この村の中で養われていなければ生きていけないのだ。
それが、我慢ならなかった。
この手で大事なものを取り戻し、二度と失わないように守れる力を手に入れる。
そうして三月の間鍛錬を重ね、狩りの長の許しを得、テオは木の実や薬草を拾う代わりに森の中で獣を追う日々に身を置くこととなった。
春から狩りに加わり、もうじき夏だ。
この数ヶ月で、テオは色々なことを覚えた。村という殻から出ても生きていけるだけのことを。
(これなら、きっとやれる)
テオは小さな携帯用の灯り一つで暗い森の中を進みながら、そう胸の中で呟いた。
下手な大人よりも仕留める獲物の数が多くなったテオのことを、皆口々に褒めそやす。特例を認めたのは成功だったと。
だが、そんな彼らの声は、テオの中をただ通り過ぎるだけだった。彼が欲しい声は、その中にはなかったから。
村の人々にどれほど称賛されようが、感謝されようが、テオは何も感じなかった。
彼らの平和な日々がどんな犠牲の上に成り立っているのかを知ってしまったから、その笑顔にはムカつきを覚えるだけだった。
いや、元々、テオの中で価値があるものは、たった一つだけだったのかもしれない。
ローゼマリー。
実の親以上に、テオのことを慈しんでくれた人。
彼女が姿を消してから、もう、一年が過ぎた。
テオにとって唯一必要だったもの、意味があるものは、彼の手から失われてしまった。
(だけど)
だけど、絶対に、取り戻す。
失ったと知った瞬間から、テオはそう心に決めていた。その決意が、彼の行動の全てを支配していた。
今、テオが目指しているのは、森の中にそびえるあの城だ。幼いころから決して近づいてはならないと言い含められていたあの場所を、真っ直ぐに目指している。
狩人たちは昨日から村に戻ってきていて、三日間だけ休息をとる。テオが彼らに同行できるようになって、こんなふうに村に帰ってきたことがもう十回近くはあるが、その都度、彼は夜になると村を抜け出して、今と同じように城を探りに行っていた。
最初の二回は辿り着けず、三回目でようやく城の塀を拝めた。
城は大きく、そして、テオの背を軽く超える高い塀に囲まれている。彼はその中を覗ける高さまで樹に登り、獲物を追うための双眼鏡で中を窺った。
いつ来ても、城は暗い。ヒトが住んでいるとは思えない。
本当は昼間にも来たいのだが、たとえ休息中でも課せられた義務がある。他の村人よりは少なくても、それをこなしながらとなると、昼に村を抜け出すには身体が二つ必要だった。
だから、こうやって夜に赴いているわけだが、どうやら、夜には夜の利点があるらしい。
テオは、城の南側の部屋の窓の一つに双眼鏡を向ける。
城は、いつでも真っ暗だ。
だが、その窓だけに灯りがともる。
――三回に分けてグルリと外を回ってみて、ようやく見つけた唯一の灯りだった。
(きっと、ローゼマリーはあそこにいる)
テオは、その窓の向こうに人影を探して食い入るように双眼鏡を覗き込む。
未だ、求めるものを見出せたことはなく、もしかしたら違うのかも、という疑念が常にテオの頭の片隅に居座っている。
アレは元々の住人が点けているもので、ローゼマリーではないのだ。
お前は間に合わず、彼女はもう城に棲む化け物に喰い殺されてしまったのだ。
少し弱気の虫が忍び込めば、そんな囁きが、彼の頭の中を撫でる。
テオは双眼鏡を握り締め、奥歯を食いしばった。
もう一度、双眼鏡を灯りに向ける。
彼女は、あそこに、いる――いる、筈だ。
(絶対)
テオはそう信じている。信じていなければ、足元が崩れ落ちてしまいそうだった。
「ローズは、いるんだ」
来るたび呟くその台詞を、彼はまた繰り返す。
そう、ローゼマリーは、暗い城の中で唯一輝くあの光の中にいるのだ。
あとはもう、どうやって彼女の元に辿り着くか、だけだった。




