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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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特別、じゃない

 ヴォルフが何を考えているのかが解らない。

 自室の寝台で、ヴォルフの腕の中に身を置きながら、ローゼマリーは煩悶としていた。


 折に触れ思い出すのはひと月前のこと。

 重ねられた唇の感触。

 突然の、口づけ。


 いや、口づけというより――


(口から食べられてしまうのかと思った)

 あれからもうひと月も経ったというのに、いまだに、思い出すとじわじわと体温が上がっていく。

 そして、このひと月の間、あの行為に何の意味があったのだろうかとローゼマリーは日々考えているけれど、答えはまだ出ていない。

 もちろん、年頃の女性として、唇を合わせるというのはお互いに好意を持った男女の間で為されることだとは、知っている。解らないのは、何故、ヴォルフが、ローゼマリーに、したのかということだ。


 それに。


(それに、口づけがあんなだなんて、聞いていない)

 同年代の女の子が集まった時に経験者がクスクスと笑いながら話してくれたのは、抱き合って唇を重ねるだけ、ただそれだけのものだったのに。

 ヴォルフから受けたアレは、聞いていたものとは全く違っていた。

 ちょっと記憶を辿っただけでもあの時の感触が生々しくよみがえり、ローゼマリーは大声で叫びたくなる。

 もしもあんな口づけが吸血行為の延長だというのならば。


(今までの子たちにも、同じようにしたのかな)


 そう思うと、モヤモヤとしたものが胸の中に立ち込める。

 それに今のこの状況。

 あの日、気が遠くなってしまったローゼマリーをヴォルフがこの寝台まで運んでくれたということは知っている。何しろ、目覚めた時には彼の腕の中に居たのだから――今と同じように。


(これも、何なのだろう)

 あれから毎晩ヴォルフはローゼマリーの元に来て、一晩中彼女を抱き締めて過ごす。

 彼は眠りを必要としないらしいから、ただ横になっているだけだ。たまに吸血されるものの、毎晩ではない。むしろ、何もしないで一晩が終わることの方が多い。

 これも、贄の娘にはいつもしてきたことなのだろうか。

 口づけに加えてこのことを考えると、ローゼマリーの胸にはいっそうモヤモヤが募る。

 こうやって抱き締められて眠るのは、けっして嫌ではない。ヴォルフには体温がなくて、寝台に入って最初のうちは少しひんやりとしている。けれど、ピタリと身を併せているうちに彼の身体も温かくなってきて、そうすると包み込まれる心地良さだけが残るのだ。

 口づけだって、最初は確かに驚いた。でも、嫌ではなかった。

 一晩中抱き締められていることも、口づけも、どちらも、その行為自体は、けっして嫌ではないのだ。

 ローゼマリーがモヤモヤするのは――もう少しはっきり言ってしまうと――嫌な気分になるのは、同じことを他の娘にもしているヴォルフを想像したときだった。

 ローゼマリーだって、自分がヴォルフにとって特別な存在だなどと、思ってはいない。彼女は三十年ごとに入れ替わるただの『餌』に過ぎないのだということは、重々承知している。


(わたしには、ヴォルフさまの行動にどうこう言ったり、何かして欲しいとか思ったりする権利なんて、ない)


 けれど、ヴォルフが他の子にも口づけたり抱き締めて眠ったりしていたのだと考えるのは、とても、嫌だった。


 そんな思いが高じて、ローゼマリーは身じろぎをする。と、彼女が目覚めているということがヴォルフに伝わってしまったらしい。

 背中からローゼマリーを包み込んでいたヴォルフが、少しばかり身を起こしたのが判る。そして、彼女の首筋に触れる、少し冷たい指の感触。

 ヴォルフはローゼマリーの肩にかかっていた巻き毛をよけて、首の皮膚の柔らかいところを露わにする。


 血を飲むのだろうか。

 そう思いながら、ローゼマリーはヴォルフが触れ易くなるように首を反らす。それは彼女自身にも自覚がない、無意識下での動きだった。

 最近吸血行為の頻度が上がっているから、自然と身体が反応してしまう。


 少し間があってから、ヴォルフが触れてきた。けれど、その感触は、明らかに唇ではない。

 ヴォルフは手のひらでローゼマリーの首を包み込み、親指で彼女の頬を撫でる。それから耳の後ろの敏感なところ、そして耳朶に、探るように触れてきた。

 ローゼマリーの存在を確かめているかのように、あるいは、そうやって触れられることを彼女が許すか確かめているかのように。

 ヴォルフにそんなふうに触れられていると、ローゼマリーは、自分がとても繊細で貴重なものになったような心持になる。

 羽でかすめるような感触が、くすぐったくて、妙に心地良い。

 思わずローゼマリーが首をすくめると、横向きだったのがクルリとひっくり返された。

 仰向けになったローゼマリーの顔を挟むようにしてヴォルフが手を突き、彼女の上に覆いかぶさるようにして見下ろしてくる。

 暗い中でも、彼の紅い目は光を放つようで、真っ直ぐに見つめてきているのが良く判る。

 眼が合ったので笑いかけると、ヴォルフがグッと奥歯を食いしばったように見えた。


「? どうし――」

 たのか、と問いかける前にヴォルフの頭が下がって来て、いつものようにローゼマリーの肩口に顔をうずめてきた。

 が、触れるか触れないか、というところで止まったきり、動かない。

 一つ一つの動きに間があって、なんとなくだけれども、躊躇しているような雰囲気が伝わってくるのは、気のせいだろうか。


「あの、ヴォルフさま? どうかされましたか?」

 しばらく待ってみても今度は動きがなくて、ローゼマリーは彼の耳元でそう問いかけた。と、ヴォルフの肩がピクリとはねて、次の瞬間、彼女の問いに答えることなく牙を突き立ててきた。


「ッ!」

 痛みはないが、ずぶりと侵入してくる感覚はある。何度行為を受けても、そのたびに、ローゼマリーの身体は反射的にビクリと跳ねてしまう。

 と、ヴォルフの両腕が獲物を捕らえる猫さながらにローゼマリーを抱き締めてきた。


 身じろぎ一つできないほどに拘束されての吸血行為。

 まるで、全身で逃がさないと言っているように。


(拒むなんて、しないのに)


 その想いを言葉で伝える代わりに、ローゼマリーは両手を伸ばせる限り伸ばしてヴォルフを抱き締め返す。ローゼマリーの腕の中で彼の身体が束の間強張って、ゆっくりと頭が上がる。

 漆黒の髪の間から覗く深紅の瞳が、ジッとローゼマリーに据えられているのが見て取れた。

 首の傷は癒え、もう血が出ていないことはなんとなく判った。

(あんまり飲んでいないよね)

 時間も短かったし、ヴォルフが喉を鳴らす回数も、ほんの数度程度だったような気がする。

 口づけの後から吸血の頻度は明らかに上がっているけれど、毎回、量は微々たるものではなかろうか。


(足りるのかな)

 以前はひと月に一度も吸血してこなかったから、週に一度の今と量的にはトントンなのかもしれないけれど。

 ヴォルフは内心で眉をひそめるローゼマリーを見下ろしながら、唇の端についた血の雫を、舌先で舐め取った。刹那、その紅い目に飢えの光が走る。

 彼は、まだ、欲している。

 そう感じたから、ヴォルフが頭を下げた時、また首筋に牙が食い込んでくるものと、ローゼマリーは思っていた。


 が、しかし。


 予想に反し、ヴォルフは再びローゼマリーの隣に横たわり、彼女を胸の中に引き寄せただけだった。

 呼吸も鼓動も感じられないその胸に頬を寄せ、ローゼマリーは身体の力を抜く。

 他の贄の娘も、この安らぎを手に入れていたのだろうかと、思いながら。


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