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変化

 贄の娘の世話を任せているカミラがヴォルフのもとへ足を運ぶことは、非常に珍しい――ことだった。

 かつてはそうだったのだが、ローゼマリーが新たな贄としてやってきてからは、明らかにその頻度が跳ね上がっている。下手をすると、過去三百年間の合計よりも、この数ヶ月分の方が多いかもしれない。


 変わったのは、カミラがヴォルフの元へ赴く回数のことだけではない。


 人形にカミラという名前を与えたこと。

 ヴォルフの名を問、その名をためらいなく口にすること。

 屋敷のあらゆる場所に花を生けること。

 ふと気づくと歌を口ずさんでいること。

 何より、ヴォルフに笑顔を向けること。


 ローゼマリーのやること為すこと全てが、過去の贄の娘らとは違っているのだ。


 そして、どうやら今もまた、記憶が更新されようとしているようだ。

 つい先日レオンハルトが調達してきた新しい書物の文字を目で追っていたヴォルフは、扉が開かれるのに先んじて顔を上げた。


 瞬き一つ分の間を置いて。


「失礼します」

 姿を見せたカミラは、そう言って一礼する。

 基本、ヴォルフがカミラを呼ぶことはなく、現に、今も呼んでいない。

 もちろん、カミラ自身に何か用があってヴォルフの元に来るということは、更に有り得ない。

 にも拘らず、カミラがヴォルフの元へやってきた理由は一つ――ローゼマリーが彼を連れてくるように言ったからだ。

 いったい、今日は何の用なのか。

 ヴォルフは本を閉じ、立ち上がる。


「今日は何だ?」

 尋ねたヴォルフに、カミラは軽く首をかしげる。

「言ってはならないと、ローゼマリーに言われています」

 その返事に、ヴォルフは小さくため息をこぼした。

 ローゼマリーが来てからこの城の中で変わったことはいくつもあるが、その最たるものはこのカミラではないだろうか。

 確かに、そもそもカミラは贄の娘のために作ったものだが、彼女達に絶対服従、忠実なしもべという訳ではない。以前のカミラであれば、ローゼマリーの命を受けていてもヴォルフが何かを言えば反射的にそれにも応じていたはずだ。自分で作っておいてなんだが、元来、カミラは言われたことをこなすだけの単なる木偶人形に過ぎなかったのだ。それが今や、己の意思や感情があるかのように思える時がある。


「どこに行けばいい?」

「広間です」

 カミラの返事にヴォルフは小さく頷き、歩き出す。


 前回広間を使ったときは、二ヶ月間の立ち入り禁止の後、ローゼマリーが暮らしていた村の模型を披露された。それを用いて『ヴォルフが守っている人たちの日常』というものを、丸三日かけて蘊蓄されたのを覚えている。

 正直、村人の生活には全く関心が湧かなかったが、ローゼマリーが今までどんなふうに過ごしていたのかということには、少しばかり興味が引かれた。

 それ以外にも、ヴォルフが物を食せないわけではないと知ると、甘い物やら辛い物やら作って供してきたり、どこから引っ張り出してくるのかはわからないが楽器を練習してその成果を聴かせてきたりする。


 ヒトがこの城ですることなどなかろうがと思っていたし、実際、これまでの贄の娘はわが身の不幸を嘆くばかりで部屋からろくに出て来ようともしなかったものだが、ローゼマリーはよくぞそんなにと思うほど何やかやを見つけては、仔ネズミのように日々動き回っている。

 まるで時間という名の氷が融けて一気に川の流れがよみがえったかのようで、ふと気づくとローゼマリーがこの城へ来てから半年以上が過ぎていた。


 今度はいったい何なのだ。

 ヴォルフは廊下を歩きながら眉根を寄せる。

 ローゼマリーの思考回路がどうなっているのか、ヴォルフにはさっぱりだ。彼女が何をしようとしているのか、見当もつかない。

 やがて広間の前に辿り着き、ヴォルフは扉を押し開ける。

 と、中にいたローゼマリーがパッと振り返った。彼を見ると同時に満面の笑みを浮かべるから、ヴォルフの視界には彼女しか入らなくなる。


「ヴォルフさま!」

 ローゼマリーが彼の名を口にした。

 どうして、そんなに弾むような声になるのか、ヴォルフには解らない。

 そして、更に理解しがたいのが『ヴォルフ』というただの音の並びに過ぎないものが、ローゼマリーの声で聴くとレオンハルトやカミラに呼ばれた時とは何か違う感じがすることだ。


 何か呪術のようなものでもかけられているのではないか。

 そう疑ったこともあるが、ローゼマリーからは魔力の欠片も感じられない。

 一度レオンハルトに己の懸念についてどう思うか訊いてみたことがあるが、憐れむような呆れたような眼差しが返ってきただけだった。その眼差しが妙に癇に障ったから、この件についてはもう二度と彼に頼るつもりはない。

 色々本を読んでみたが、そこにも答えは見つからず。

 たった数ヶ月のことなどヴォルフにとっては瞬きほどのものでもないというのに、このモヤモヤとした気分に、もうずいぶんと長い時間こと悩まされているような気がしていた。


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