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闇森の獣は光に焦がれる~暁の花と孤独な狼~  作者: トウリン


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夜闇に咲く花

「ちょっといいですか?」

 ローゼマリーはほんの少しだけ開いた扉の隙間から中を覗き込み、そっと声をかけた。

 その部屋の中は物凄い量の書物で埋め尽くされている。四方の壁の天井まで書棚が設えられ、それでは足りず、床にも本の山がそこかしこにできている。ここの他にも、書庫となっている部屋がいくつかあるらしい。

 その部屋の真ん中に置かれた安楽椅子に、ヴォルフはいた。


 彼は本を閉じ、眼差しだけでローゼマリーに用件を問うてくる。

「あの、少しだけお庭に出て見ませんか?」

 ほんの一瞬ためらって、少しばかり気合を入れてから、ローゼマリーはそう告げた。

 もちろん、今は夜だ。だから、ヴォルフも外に出られる。

 だが、彼が出たいと言ってくれるとは限らない。


 果たして。


 ヴォルフは無言で立ち上がり、息を詰めて待つローゼマリーの方へやってきた。つまり、一緒に行ってくれるということでいいのだろう。

「良かった」

 嬉しさで彼女が満面の笑みを浮かべると、ヴォルフはつと視線を逸らしてしまった。

 彼は親しげにされるのが苦手らしい。ローゼマリーはついつい笑いかけてしまうのだが、そのたび、眼を逸らされる。結局はこうやって相手をしてくれるのだから、腹を立てているとかではないと思うのだけれども。

(単に暇だから、とか、断るのもめんどくさいから、とかなのかもしれないけど)

 取り敢えず何も言わずに応じてはくれるので、ヴォルフの優しさに付け込んで彼を動かしてしまうローゼマリーだ。


 ローゼマリーは先に立って廊下を進み、ヴォルフを庭へと導いた。

 今日は半月と満月の間くらいだから、灯りがなくてもそれなりに周囲の様子は見て取れる。けれど、外へと出ると、ヴォルフがローゼマリーの手を取り、自分の腕に掴まらせてくれた。

「ありがとうございます」

 つい、また笑いかけてしまう。そしてまた、顔を背けられた。

 少しばかりがっかりしつつ、ローゼマリーは気を取り直して歩き出す。

 この城は、かなり大きい。当然、庭にも相応の広さがあって、南側は菜園になっている。もちろんカミラやヴォルフの趣味ではなくて、ローゼマリーたち、『贄の娘』の食糧調達のためだ。カミラが世話をしていたそこを、今はローゼマリーが引き継いでいる。

 だが、今向かっているのは、南の野菜畑ではなくて、新たに作った東側の花壇だ。そちらに近付くにつれ、次第に仄かな香りが漂ってきた。


「あの、目を閉じてもらっていいですか?」

「……目?」

 ローゼマリーの要請に、流石に妙に思ったのだろう、ヴォルフが彼女を見下ろし問い返してきた。ローゼマリーはにこりと笑って、もう一度お願いする。

「大丈夫、転ばさずにちゃんとお連れしますから」

 そう言って、彼の手を取った。

 ヴォルフは眉間にしわを寄せながらも、ローゼマリーの頼みに従ってくれる。

 有言実行、彼を転ばせるようなことはしてはならないと、ローゼマリーは慎重に足を進めた。


 そして、ついに目的の場所に辿り着く。


「さあ、どうぞ。目を開けてください」

 ローゼマリーの合図で、ヴォルフがその紅い目を開いた。

 が、目の前の光景に、彼は口を閉ざしたままだ。

「あの、どうですか?」

「どう……?」

 そう言ってローゼマリーに向けてきたヴォルフの眼差しにあるものは、困惑が一番近いかもしれない。

「えっと、きれい、じゃ、ないですか?」

 彼女の言葉に、ヴォルフはまた、前へと視線を戻す。

「あの、実際に咲いているところを見て欲しかったんですけど……」

 やはり反応がないヴォルフに、ローゼマリーはおずおずと言ってみた。


 そう、ローゼマリーはヴォルフに見て欲しかったのだ。この、月見百合の花畑を。

 花が、摘まれて花瓶に生けられたところではなく、大地に根を張って風に揺れているさまを。

 月見百合は夜にだけ咲く花で、月光のような色をした小振りの百合だ。

 この百合のことを教えてくれたのは、レオンハルトだった。あちらこちらに足を伸ばす彼が旅の話をしてくれて、その中でこの花のことが出てきた瞬間、ヴォルフに見せたいと思ったのだ。夜に咲くなら、彼にも見られるはず、と。

 レオンハルトに種を持ってきてもらって、ひと月前からせっせと世話をしてきた。

 そして、ようやく昨日から満開になったのだが。


「ヴォルフさまに、きれいなものを見て欲しかったんです」

 もう一度言ったローゼマリーに、再び紅い眼差しが注がれる。ヴォルフはジッと彼女を見つめた後、また月見百合の群れに目を戻した。

「綺麗――これが、『美しい』なのか?」

 確認するような問いかけだった。

 ローゼマリーは微笑み答える。

「わたしはきれいだと思います。でも、どう感じるかはその人のものですから。ヴォルフさまがきれいだと思わないなら、それでもいいんです。ただ、わたしがきれいだと思ったものを見て、ヴォルフさまも嬉しく思ってくれたらいいなと思って」

「我は――」

 ヴォルフは口ごもり、そして続ける。


「よく、判らない」


 彼自身、途方に暮れているような声だった。自分が何を感じているのかが、本当に解らないというような。

 ローズマリーはしばし思案し、問いを変えてみる。

「じゃあ、見て良かった、と、見ない方が良かった、とでは、どっちですか?」

「後者だ」

 即答、だった。

(それで充分)

 ローゼマリーは嬉しくなって、また自然と笑みが浮かんだ。それを受けたヴォルフがポツリとこぼす。


「お前はどうして笑う?」

 その問いかけは、言おうとして言ったというより、気付けば零れ落ちていた、というように聞こえた。


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