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ヴァンピールとヴェアヴォルフ

 金髪の大男は笑い上戸なのか、まだクツクツと身を震わせている。

 困惑しきりでローゼマリーは彼が落ち着いてくれるのを待った――本音を言えば、この部屋を出て行って欲しいのだけれども。

 寝台の上で薄布一枚の寝間着姿でいるのに、手が届く位置に男性がいるというのは大変居心地が悪い。弟分のテオとでさえ、こんな状況で二人きりになったことなどないのに。


 悶々としながらローゼマリーが見守る中で、次第にレオンハルトの肩の揺れが鎮まってくる。

「それにしても」

 ようやく話をする気になってくれたのか、乱れた金髪を片手で掻き上げ、レオンハルトがその口から笑い声以外を出してくれた。


 しかし。


「あいつは随分とあんたにご執心だな」

 出てきたのはそんな妙な台詞だ。


 ご執心。


 あの淡白なヴォルフにこれほど似つかわしくない言葉はない。


 そこでふと気付いたようにレオンハルトが軽く首をかしげ、現状についていけずにいるローゼマリーを見た。

「そう言えば、あんた、名前は?」

 その顔は、ローゼマリーが答えるものと信じて疑っていない。

 何というか、『我が道を行く』を地で行っているような人だ。

 このまま応じていいものなのだろうかと内心迷いつつ、ローゼマリーは先ほどのレオンハルトとヴォルフとの遣り取りを思い返してみる。会話の内容は親しげだったし、ヴォルフも、微妙に怒りめいたものを漂わせつつ、このレオンハルトという男のことを受け入れていたように見えた。

(多分、お友達でいいんだよ、ね?)

 眉根を寄せて紅い目を見上げてみると、邪気や悪意の欠片も感じさせない人懐こい笑顔が返される。

 それで、心を決めた。


「ローゼマリーです」

「ローゼマリー、な。花の名前か」

 似合っているなと頷いているレオンハルトに、ローゼマリーは問いを返す。

「あの、あなたのお名前はレオンハルトさん、で良いのですか?」

「ん? ああ、そう。生粋のヴァンピールのヴォルフと違ってヴェアヴォルフが混ざってるんだけどよ」

 あんたら人間よりはヴォルフ寄り、と彼が笑う。

 だが、彼の台詞の中の耳慣れない言葉に、ローゼマリーは眉をひそめた。


「ヴァンピール……ヴェアヴォルフ……?」

 ヴァンピールという言葉は聞いたことがない。

 ヴェアヴォルフは、ヴェア――人、ヴォルフ――狼だ。まさか、ヒトと狼の間に生まれたという訳ではないだろう。

 しかし、ローゼマリーの疑問が解消されないうちに、レオンハルトは先に進んでしまう。

「知らないのか? あいつはヴァンピール――不老不死であり、そしてこの世で最強の魔物だよ。ま、あいつはあんまり血を飲まないから、その力も半減してるだろうがな」

 それでも強いことには変わりがないが、と笑うレオンハルトにローゼマリーは首をかしげた。


「あの、魔物にそういう、種族みたいなのがあるんですか?」

「そりゃあるさ。ただ、個体数が少ないから、普通は一生に一度ですら遭遇することがないだろうし、ヒトは知らんだろうがな。長生きはするが、数は少ないんだ」

「森の中には、熊っぽいのや狼っぽいのがいるって、聞いてます。たまに、狩りに出ていて出くわしたって、村の人が……」

「ああ、そりゃ、熊や狼が変化したものだろ? ありゃ、俺らとは違う」

「え……」

 さっくり否定され、ローゼマリーは目をしばたたかせる。キョトンとしている彼女に、レオンハルトは指を折って語り始めた。


「ヴァンピール、ヴェアヴォルフ、それにヘクセ。この三種族はれっきとした『種』だ。『魔物』のな。中でもヴァンピールは希少種でな、俺も大概長く生きてきたが、ヴォルフ以外のヴァンピールは三人しか知らない。ヴェアヴォルフは多分もうちょっと多いし、ヘクセは魔法に長けてるんだけどな、それさえ使わなけりゃパッと見普通の人間だから、意外にヒトの中に紛れ込んでる。占い師とか呪い師とか薬師とかやりながら、シレッと」

「魔物って、みんながみんな、血を飲んだりヒトを食べたりするわけじゃないんですか?」

 てっきり『魔物はヒトが食事』だと思っていたローゼマリーは、また目をしばたたかせた。そんな彼女にレオンハルトが肩をすくめる。


「ヴァンピールは他の生き物の血で力が増すけどな、なきゃ生きられないってわけじゃないぜ? 俺はヴァンピールの血を引いてるから血を飲んで強くなれるが、ヴェアヴォルフが混ざってるからヴァンピールほどじゃない。血よか肉の方が好きだし。言っとくが人間は食わねぇぞ? で、ヴァンピールより弱い代わりに、ヴェアヴォルフの血も入ってっから、陽の光の中も歩ける。真夏の炎天下はやめてくれって感じになるけどな」

「ヴェアヴォルフの血が入っているからって……じゃあ、ヴォルフさまは外を歩けないんですか?」

 ヴェアヴォルフとは何ぞやという疑問は残っていたけれど、それよりもローゼマリーの気を引いたのはヴォルフのことだ。

 太陽の輝きも温かさも知らないなんて。

 そんな日々など想像もできず、ローゼマリーは眉根を寄せた。

「昼はな。陽の光に触れたら、灰になる。身体半分くらいまでなら消えちまってもまた再生するだろうが、それ以上になるとどうかな。ヴァンピールは基本不老不死だが、太陽だけはダメだ」


 平然としたレオンハルトの台詞に、ローゼマリーは心底ゾッとした。


 灰になる。


 彼女が鎧戸を閉め忘れたところにうっかりヴォルフが部屋に入ってきたら、彼は消し炭のようにこの世から消え去ってしまうかもしれないのだ。

 彼にとって危険なのかもしれないと察しつつも、日光がそんなに悪いもののはずがない、少しくらいは大丈夫だろうとどこかで高をくくっていたローゼマリーは身を震わせた。

 確かにヴォルフは村を守ってもらうために必要な存在だ。

 けれど、ほとんど顔を合わせることすらないとは言っても、同じ屋敷の中でひと月も暮らしていれば、なんとなく気持ちの絆が生まれてくるというものだ。損得抜きで、彼がいなくなるかもしれないという考えに、ローゼマリーは胸の中をザワリとした何かに撫でられたような心持になった。


(これからは、もっと気を付けよう)

 ローゼマリーは決意を心に刻み込む。

 そして、そんな彼女の心中には気づいていない様子で、レオンハルトは続ける。


「五、六百年くらいは前になるかな。こんな森の中にある城って何なんだよと思って入ってみたら、ヴォルフがいたんだけどよ。その頃からあいつは無感動というか無気力というか無関心というか、何が楽しくて生きてるんだよって感じでな。放っておいたら十年でも二十年でも指一本動かさねぇでいるんじゃねぇのってくらいだったよ。で、見るに見かねて試しに街で手に入れた本をくれてやったら、多少は気を引けたらしくてな。それからこうやって時々新しいのを持ってきてやってるんだ」

 それからレオンハルトはローゼマリーに向けて顎をしゃくり、続ける。

「あんたたちが来るようになってからは、ヒトに必要なものも持ってきてやってるけど」

「え?」

「食いもんは何とかなっても、ほら、服とかそういうのは無理だろ? あいつはその辺さっぱり解ってないから」

 言われてローゼマリーは我が身を見下ろした。まさか、自分が快適に過ごすためのものを用意してくれたのが彼だったとは。


「ありがとうございます」

 礼を言うと、レオンハルトは二ッと笑った。

「悪くないだろ?」

「はい。着心地良いし、素敵です」

 頷きと共に笑顔を返したローゼマリーに、彼は笑みを消して真顔になった。彼女の中に何かを見出そうとするかのようにしげしげと見つめてくる。

「あんたは、今までの子らとはちょっと違うな」

「そう、ですか?」

 違うと言われても、三十年前の前任者がどんな娘だったかなど、ローゼマリーは知るべくもない。が、ふと彼女は、それまでの贄の娘たちのことが気になった。


 確かにヴォルフは姿を見せないけれども、自分は大事にされていると、思わせてくれる。

 ただの餌なのだからどこかに閉じ込めておけばいいだろうにこうやって自由にさせてくれて、自分は食事などしないのにおいしい料理を用意してくれて。


(きっと、今までの子たちにも同じようにしていたのだろうけれど)


 別に、ローゼマリーだけが特別なわけではなく。


 彼女が胸の中で呟いたとき、まるでそれを聞き取ったかのように、レオンハルトが言う。

「どうやらあんたは少々『特別』らしいな」

「え……?」

「あいつがあんなふうに俺を威嚇しに来たのは初めてだぜ?」

「威嚇?」

「そ。触るな、なんてな」

 戸惑いレオンハルトを見上げたローゼマリーに、彼が手を伸ばす。

「もしも俺があんたのこと食っちまったら、あいつ、どんな反応見せるかな」

 これはもしかしたら逃げるかヴォルフを呼ぶかした方がいいのだろうか。

 ローゼマリーの頭にそんな迷いが生まれたけれど、レオンハルトの紅い目を見ても、不思議と危機感を覚えない。


 決めかねているうちに、レオンハルトの指がこめかみの金髪をひと房すくい取った。彼はそれをそっと摘まみ、持ち上げ、口元に運ぶ。


 が。


「触れてはいけません」

 前触れなく割り込んできた静かな声に、レオンハルトはチ、と舌を鳴らした。


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