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9話『寛解』

 ボクは1年間まるまる入院していた。ただ、入院している時は常に激痛に苛まれていて記憶が曖昧な為、退院するまでの流れは割愛する。



「落ち着いて聞いてください。君は今、女の子の身体になっています」



 大掛かりな手術を終え、以前と変わらないレベルにまで意識が回復して早々に告げられたのは、そんな意味の分からない言葉だった。


 どうやらボクは、生まれつき雄性変体症ゆうせいへんたいしょうなんていうよく分からない病気に蝕まれていたらしく、思春期の訪れと共にそれが加速度的に進行して急激な性転換現象が起きたらしい。


 お医者さんはとても丁寧に説明してくれた。

 その病気は難病指定で、治療法が分からないから完治させるのは実質不可能で、手術を行わず男の身体のままその病を抱えていると死ぬ恐れがあるという話らしい。だから、その場では女体化させられた事については一切の不満も抱かなかった。それが生きる為に必要な措置なのだとすれば受け入れるべきだと、口では納得してカウンセリングも受けてボクは退院した。


 女性として生きていくための知識も長い時間をかけて教わった。けれど、1年ぶりに自分の部屋に入って現実を直視すると、それまで抱かなかったはずの違和感や嫌悪感に襲われた。



「女の、体……」



 服を脱いで、自分の裸体を見る。海原くんに蹴られて気絶した日の朝に確認した時よりも胸が膨らんでいて、今まで股間にあったものが無くなっていた。


 初めて用を足す時の感覚は得体の知れない気持ち悪さがあった。今までただの肉だったはずの部位を通って尿が体外へ出て行く感覚、頭の後ろがゾワゾワして力が抜けていくような違和感。



「……誰だよ、君」



 鏡に映る自分の顔、と思しき顔を見つめて問いかける。


 ボクの身体に巣食っていた病の転移は上半身、特に胸と顔の方に集中していたらしく、肉体の構造が変わる際に余った部分が顔に集まっていたからってメスを入れて余分な物をこそげ落としたとお医者さんは言っていた。


 整形……みたいなものなのかな? ボクの今の顔は以前よりもずっと女の子っぽい顔になっている。


 可愛いとは思うけど、自分の顔って感じが全くしなくて慣れない。ボクの意思に応じて表情が動くのが、どことなく気持ち悪い。



「憂、入るぞ」

「……うん」



 父さんが扉越しに声を掛けてきた。急いでズボンを履く。

 退院の際のお迎えは両親共に来てくれたけど、母さんは変わり果てたボクの姿を見て大きく目を見開いたあと、「なんで……」と呟いて病室から出ていった。それから一切会話していない。一体どうしたんだろう。



「憂、あのな……っ!」



 扉を開けた父さんがボクの姿を見てすぐに扉を閉めた。なんだ? …………あっ、そうか。ボクって今女の子の身体になってるんだった。上裸になってたらそりゃ困るよね……。


 すぐにTシャツを着て扉を開ける。



「ご、ごめん」

「いや…………すまん」



 なんだか会話がぎこちない。ボクに気を使ってる、というか避けてる? ような感じがした。母さんといいなんか変な感じだ。



「それで、話って?」

「えっ……とだな。しばらく学校は休みなさい」

「え? なんで」

「なんでってそりゃお前、いきなり男が、女になったとか……驚くだろ? 周りの人がさ」

「驚くかもだけど、でも……卒業まであと1年もないんだし良くない? 寂しいよ!」

「気持ちは分かるんだが……その、アレじゃないか?」

「?」

「……言いにくいんだが、身体的に言えばお前って、その……」

「なに?」

「……な、なんでもない。すまん、忘れてくれ」

「なにさー? 言いたい事あるなら言ってよ、気になるじゃん!」

「とにかく学校は休みなさい。いいね」

「良くないよ! 友達と遊びたいもん!」

「……」



 父さんはバツの悪そうな顔でボクから目を逸らす。なんでそんな気まずそうな顔をするんだろう。



「……勉強なら、家でも出来るだろ?」

「勉強はどうでもいいけど、友達と会えないじゃん!」

「友達は、また学校行き始めたら作ればいいだろ?」

「作ればいいだろって、海原くんとか横井くんとか長尾くんとかと遊べないのは嫌だよ! 間山さんや伊藤さんとも!」

「とにかく! しばらく家を出ないこと。父さんのお願い、聞けるな?」

「……嫌だよ」

「頼むよ憂、お前の為なんだ!」

「ボクの為って……」



 友達に会わないことがなんでボクの為になるんだよ? なんの説明もなしにただ家を出るなって、そんなの聞けるわけがないよ。



 次の日。父さんが仕事に行き母さんが家事に疲れうたた寝している昼前を狙ってボクはパジャマから外出用の服に着替える。



「うっ……」



 寝起きで感覚がリセットされた状態で今のボクの裸体を見るのはちょっと驚くな……。見ちゃダメだ! って思ってつい目を逸らしちゃうけど、自分の身体なんだもんなぁ。


 抜き足差し足忍び足でリビングの横を通って、そーっと扉を開けて外に出る。



「風強っ! 髪、邪魔だな……」



 男の頃じゃ考えられないくらい伸びた髪が顔にかかる。帽子でも被ってくるべきだった、早く外に出たくて忘れてたよ……。


 今から家に戻ると母さんが起きてきそうだし、髪が邪魔くさすぎるけどこのまま外を出よう。とりあえず誰かにあって話をしたい。学校はまだ給食前くらいか、下校まで4時間くらいある。どこで時間潰そう……。




「こんにちはぁ」

「ん? あら、いらっしゃい」



 とりあえず時間を潰す場所に選んだのは間山さんとこの駄菓子屋さんだった。自転車で隣町まで行って本屋さんで立ち読みすることも考えたけど、そんな長い時間立ち読みとか出来ないしね。



「おばちゃん、ゲームしてもいい?」

「? えーと、君はー……学校は?」

「サボった! ボクの意思じゃないけどね!」

「あらまぁ悪い子」

「ボクの意思じゃないって! 親に休めって言われたから休んでるの!」

「親御さんに? どうして。風邪でも引いているの?」

「んーん。至って元気!」



 マッスルポーズを見せる。駄菓子屋のおばちゃんはそれを見てクスクスと笑う。



「なんだか君、男の子みたいね。よく似た事をする子を知ってるわ」

「? 何言ってんのおばちゃん。ボクは男でしょ?」

「え? どこをどう見ても女の子にしか見えないけど……」



 おばちゃんはボクの頭からつま先までじっくり観察した上でそう言った。なんでそんな今更見た目をじっくり見るんだ? よく遊びに来るじゃん、ボク。


 あっ。違うや、そういえばボク今は女の子の身体になってるんだった。胸膨らんでるし、髪長いし、そもそも顔が変わってるから分かるわけないか! 分かる前提で話してたー!



「ごめんごめん! 分からないよね、ボク星宮です! 星宮憂!」

「…………ん?」

「星宮憂! です!」

「……からかっているのかな?」

「えっ!?」

「憂くんの姉妹さん? それかお友達かな。おばちゃんそこまで目、悪くないからね?」

「違うよ! 本人だよ!」

「本人?」

「そう、本人! ボク、星宮憂!」

「……頭でも打ったの?」

「打ってないよ!? なんで信じてくれないんだよー!」

「なんでって。だって明らかに憂くんじゃないでしょあなた。胸あるし、顔も全然違うし」

「でっ、でもボクはボクなんだもん!! 嘘じゃないよー!」

「うーん……憂くんが実は女の子だったってお話にしても、顔の造りが違うからな……」

「実はとかじゃなくて! 女の子になったんだよ最近!」

「えぇ? 女の子になった……?」

「うん!」

「なんで?」

「えっ。し、知らないけど! なんか病気で!」

「そ、そう。分かった、君は憂くんなのね?」

「信じてないでしょー!」

「信じてる信じてる。憂くん、アイス食べる?」

「! くれるの!?」

「あげるよー。はい」



 おばちゃんから渡されたのはあずきバーだった。



「ちょっ、これ前にも貰った! 世界一硬いアイスじゃんか! 他のがいいよおばちゃん!」

「! 前にも貰ったって話知ってるのね。手の込んだ入れ替わりごっこだ」

「入れ替わりごっこ? ごっこじゃないよ! もー、どうしたら信じてくれるかなー!」



 そういえば、病院からは学校復帰の際に提出する為の診断書? って紙を貰ったような気がする。あれをコピーして持ってくればいいのかな? でもそこまで手の込んだ事をするのはめんどくさいなあ、一々説明の為に紙を持ち歩くのも嫌だし。



「じゃあこれあげる」

「わーい! ガリガリ君だ、これが一番好き!」

「おぉ〜。またしても憂くんディテールを増す発言が出た。すごいすごい、マネマネ得意なのねーあなた」

「ディテールってなに? つめたっ、かたっ! 噛みきれないよ〜冷やしすぎ!」

「畳み掛けるなぁ。確かにそういう所は憂くんっぽい、かな?」

「ぽいじゃなくて本人なので!」



 おばちゃんがくれたガリガリ君を歯で高速掘削して食べる。最後まで食べ終えるとおばちゃんが小さなゴミ箱を手に持ってこちらに傾けてくれた。ありがとうと感謝を伝えて棒を捨てる。



「おばちゃんこれ頂戴!」

「はいはい、50円ね」

「はい!」

「ありがとね〜。で、なに? ゲームしたいんだっけ?」

「うん!」

「いいけど、学校ズル休みしてるのよね? 親御さん心配しない?」

「すると思う! めっちゃ怒られる自信ある!」

「駄目じゃないの」

「でも家から出るなって言われたんだよ? そんな事言われたら出るに決まってるよー!」

「え、なにそれ。家に出るなって……」



 そこでおばちゃんは何故か深刻そうな顔をしつつ、顎に指を当てながらボクを見てきた。なんだろう、心配しているような目付きだ。なにかまずいこと言っちゃったかな、ボク。


 まあいいや。とりあえずゲームをしてもいいと許可は得ているので奥に上がらせてもらおう。横井くんが進めてたゲーム勝手に先に進めてやろ〜っと。怒るだろうな〜、わざと怒らせて対戦に熱を吹き込むぞ!



「ちょっと待って」

「ん? どうしたの、おばちゃん?」



 半ズボンに買ったガムを詰めて、靴を脱いで座敷に上がろうとしたらおばちゃんに呼び止められた。今日は靴下履いてるから裸足で上がるのを怒ってるわけじゃないっぽい。なんだろ?



「君、ブラつけてる?」

「ブラ? ブラジャー? 着けてないよ!」

「着けなきゃダメよ!?」

「えー?」

「普段もノーブラで過ごしているの? ていうかブラジャー持ってる?」

「持ってな……いや、そういえば母さんが買ってきてたかも? 下着とか買い足したって言ってたような気する!」

「それなら着け方は分かるでしょ? なんで着けないの?」

「えー? 着け方なんて知らないし、そもそも要らなくない? なんの意味があるの? ブラジャーって」

「その大きさならブラジャーないと擦れたり揺れたりして痛くならない?」

「! 痛い! 根元が引っ張られてるみたいになってる!」

「なら着けなきゃダメよ。痛みを抑える為もあるけど、成長後の形もそれで変わってきちゃったりするからね」

「成長後の……」



 自分の胸を見下ろす。気持ち悪いからあまり考えないようにしているけど、現時点で結構服を着てても形が分かるくらい膨らんでいるのに、歳を取るとこれがもっと大きくなる可能性があるんだよね……。


 笑顔を作るのも空元気を本物元気のように思わせるのも慣れっこだし得意だけど、この感情ばっかりは呑み込めなくて苦々しい顔になってしまう。


 体が女性のものへと成長していく、自分とは違う肉体に魂を移し替えたかのような嫌悪感に胸がザワザワする。嫌だなぁ、もうどうしようも無い事だけど、体が元のボクから離れていくのは嫌だ……。



「帰ったらブラ着けなよ。着け方はお母さんか、恥ずかしいならネットで調べれば分かるからね」

「う、うん。わかったー……」



 嫌だけど、とりあえず返事だけして座敷に上がってモニター前の座布団に腰を下ろす。1年前よりも大分片付いてるなぁ、最近海原くん達ここに来てないのかな?


 ゲームを始めて少し経つとおばちゃんの寝息が聴こえてきた。大きな寝息だ、疲れてるんだなぁ。

 この時間帯はみんな学校に居るからお客さんも滅多に来ないだろうし、ゆっくり寝かせてあげよう。起こさないようにボリュームを下げる。



「……」



 誰かに体を揺らされている。いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。目を開けると、おばちゃんがボクの肩を揺すっているのが目に映った。



「おはよう」

「……おはようございます……今何時ぃ?」

「もう6時。寝すぎだよ、君」

「!? 朝!?」

「夕方のだよ。そろそろ帰らないと、親御さんにあまり心配をかけちゃダメ。……それとも、君ってもしかして、虐待とか受けていたり?」

「虐待? 受けてないけど……」

「そっか、良かった。さっき家を出るなって言われたみたいな話してたから勘繰ちゃったよ」

「んー……? んっ……やば、トイレ」



 ぶるっと体が震える。尿意だ。この身体、尿意を感じてから尿が出るまでの時間のゆとりが男の頃よりも無いからあんまり我慢出来ないんだよなぁ。漏らすわけにはいかないし先にトイレ行かないと。



「ふぅ、危ない危ない」



 駄菓子屋さんのトイレを借りて何とか暴発前に間に合わせることが出来た。ズボンを下ろし、便座に腰かけ……。



「便座がない」



 便座がない。まさかの和式便所。予想外すぎる、公園のトイレくらいでしか見た事ないよ。そして勿論、女の身体になってから和式便所で用を足したことがないよ。なんなら男の頃ですらそんなに経験がない。どうしようこれ……。



「立ったまま……なわけないよね。じゃあこれ……てか脱いだズボンとかどうしたらいいのこれ、どこかに置かなきゃかかっちゃうよね身体の構造的に……」



 うぅ。ズボンとパンツを完全に脱ぎきってそれを脇に抱える。やりにくい〜……。


 で、どうするんだろう。中腰? しゃがむ? しゃがんだら水が跳ねそう、でも排尿の方向感覚が上手く掴めてないし時々有り得ない飛び方したりするから中腰だと汚しちゃいそうなんだよな……。



「仕方ない……」



 他所の家を汚すくらいなら自分が多少汚れる可能性があった方がまだマシだ。膝を曲げてしゃがみ、力を緩めると未だに慣れない位置から尿が出る。



「うげ! めっちゃ前に飛んでる! あぶなっ!」



 予想では真下に綺麗に飛んでくれると思っていたのに思ったよりもずっと前の方に放物線が描かれていたので慌てて体を前傾姿勢に傾ける。

 もう少しで床を汚すところだった、まじで難しいよーこの身体でトイレするの! ちんちんでする放尿の簡単さが恋しいよ……!


 トイレットペーパーで股を拭く。これもなぁ……正しい拭き方が全く分からない。前から後ろに拭けばいいのか、後ろから前に拭けばいいのか。いずれにせよヒリヒリする時があるから絶対拭き方間違えてるんだよな。でもこんな所の拭き方なんて人に聞けないし、困ったものだ。



「ふう」

「憂くんちゃん、家まで送っていくよ」

「え? いいんですかやったあ! あと憂くんちゃんってなに?」

「自称憂くん、でも君は女の子。だから、憂くんちゃんって呼ぼうかなって」

「長いなぁ」

「じゃあ本当の名前を教えてくれる?」

「本当の名前だよ! 星宮憂!」

「ね? そういう事だから憂くんちゃん」

「普通に憂くんって呼んでよー!」



 頑なにおばちゃんはボクを星宮憂としては認めてくれなかった。男が女になるなんて聞いた事ないもんね、だから仕方ないけどさ! でもなんかモヤモヤする、自分なのに自分じゃないって言われてるみたいで嫌な気分になるー!



「あれ、ママ。どこか行くの? そっちの子は?」



 おばちゃんの車に乗る直前、少女が外階段を降りてきた。



「間山さん! 間山さんだー!!!」



 ボクは車から離れ、1年ぶりに姿を見た間山さんの前まで駆け寄る。彼女はやはりおばちゃんと同じくボクが誰だか分かっていないようで、急に距離を詰めるものだから驚いた様子で半歩下がり困惑した顔をしている。



「は、初めまして……?」

「初めましてじゃないよ久しぶりだよ! ボク、星宮です!」

「星宮……?」

「まさか忘れちゃった!?」

「いや、星宮の事は覚えてるけど……」



 困惑がドン引きの顔に変わる。『何言ってんのこいつ』と思っているのが伝わってくる顔だ。困ったなぁ、おばちゃんに対してもそうだったけど一見しただけじゃそりゃ分からないよね……。



「その子、さっきから自分の事憂くんだってずっと言ってるのよ〜。どう見ても顔が違うから、そんなわけないでしょ〜って思うんだけどねぇ」

「いや、そもそもアイツ男だし。君、女じゃん」

「これには訳があってねー? 話すと長いんだけど、要約すると女になっちゃったんだ! 身体が!」

「……はぁ?」

「こんな時間だから端折るしかないんだけど、ボクって生まれつき変な病気を持ってたらしくて、去年それが急に活発になっちゃって、その病気の悪い働き? を抑制する為に女の身体にする必要があるみたいでさー。あ、なんで女の身体にしないといけないかって言うと女性ホルモンに関係があるらしくて、その悪い働きを抑える為には」

「長い長い! てか何の話してるの……?」

「え? だから、ボク、星宮憂が女になった経緯を話そうかなって」

「男が女になるの? そんな訳なくない?」

「ボクもそう思ってたし、てか今もそう思ってるけどさぁ! なっちゃったのはなっちゃったんだもん!」

「はぁ……ママー、この人なんなの? 意味分かんないんだけど」



 む。なんか呆れてる、というかイラついてるみたいだ。おばちゃんも肩を竦めてるし、そんなにボクの言ってる事っておかしな事かな? ただ事実をそのまま並べてるだけなんだけどな。



「とにかくボクは星宮憂なの! 信じてよ間山さん!」

「信じるわけないでしょ。てか悪趣味だからそういう冗談やめなよ」

「悪趣味? なんで」

「……君、分かってて言ってるよね」

「分からないよー! なになに? もしかしてボク、ボクってか星宮憂、死んでるみたいに思われてた? 悲しすぎるよそれは! 確かにちょっと大袈裟に人前で血を出しちゃったりはしたけど」

「っ!? ちょっとって……?」

「? 海原くんに蹴られた時出血したでしょ? あれ、別に大したこと無かったんだよ? あれ自体は全然痛くなかったし。そんなのより全身のっ」



 バチンッ! と音が鳴った。間山さんがボクに平手打ちをしたのだ。



「どこの誰だか知らないけど、居なくなった人の名前を勝手に名乗って意味の分からないことを言って、アイツが苦しんでたのを勝手に、大したことないとか痛くないとか言って……どういう遊びか知らないけどまじで悪趣味! 最低だよ! あんた、もう二度とあたしの前に現れんな!!」



 ボクに怒鳴り散らすように言うと間山さんはその場にジョウロを落として階段を駆け上がって行った。どうやら駄菓子屋の入口脇にある花に水をあげるために降りてきたらしい。


 間山さんが居なくなってからもボクの頬は熱を持ったままだった。別に、何ひとつとして嘘は言ってないしふざけてるつもりなかったのに、間山さんから明確な拒絶の意志を感じた瞬間に胸がズキッと痛くなった。



「あーあー怒らせちゃった。ごめんね、うちの子が」

「……平気です! あんまり痛くなかったので!」

「そう? それは良かった。……でもね、あの子の言っていた事も一理あるかな〜」

「あの子の言っていた事?」

「他人の名前を名乗って、痛くないとか言うの、おばさんも良くないと思うかな。君は憂くんじゃない、そうでしょ? 憂くんは……去年から学校に行っていないし家にも居ない、あの事件があって以降どこにも姿を現していない。という事は……ね? 分かるでしょ」

「えっ……と? ごめんなさい、よく分からないです」

「あんまり茶化すのは良くないよって言いたいの。憂くんの事を大好きな人達が今みたいな事聞いたら、きっと嫌な気分になると思うんだ。だから、そういう遊びはもうやめようね?」

「えっ、いや、遊びって……」

「こら。おばさん、聞き分けの良くない子には優しくないぞ」

「…………はい。分かりました、ごめんなさい」

「うん、いい子だね。よしっ、じゃあ家まで送ろう。まずどっち方面? 山か学校か!」

「……大丈夫です」

「え? 駄目よ、もう暗いのに。危ないでしょ?」

「ここ、近所なので」

「えー? 近所に君みたいな子住んでたかな〜。田舎のコミュニティって狭いんだよ? 君みたいな子が近隣に住んでたら絶対知ってると思うけどな」

「最近、引っ越してきたんです。なのでっ」

「あっ!」



 言葉で引き離すことは難しいと思ったので逃げ出すように走り出す。後ろからおばちゃんが「気をつけるんだよー!」と大声で言ってくれているが、ボクはその声に反応することなくただただ走った。


 あはは。参ったなー。もうちょっとマシな事を話せるように話題を練らなきゃ。全然信じてもらえなかったや、ボクの話。考え無しに口を動かすものじゃないなー、勉強になった! 次からは気をつけよう!



「うぁっ」



 1年ぶりの全力疾走、付け足して違和感の残る身体を無理やり動かしていたので足がもつれ、思い切り前のめりに倒れてしまった。



「いてて……ははっ、あーもう。膝擦りむいちゃった」



 以前は簡単に受け身とか取れたはずなのに、全然思うように体を思うように動かせなくて無様に服を汚してしまった。そっちの方が母さん怒りそうだなー……。


 ……。あー、あははっ。星宮憂、なんだけどなぁ。ボク。そんなに分からないものなのかな? 分かりやすい喋り方を意識してたと思っていたんだけどなー。



「大丈夫。傷ついてない。ボクは強い子。大丈夫、こんなのへっちゃらだ」



 いや、まあ傷ついてはいるんだけどね。膝擦りむいてるし。でも心はこれっぽっちも傷ついてないから、つまるところボクは元気だ。よし。


 立ち上がり、帰路を歩く。


 家に帰れば、母さんはちょっとだけ怒るかもしれないけど、そういう子なんだって思ってくれるように友達を作って沢山遊んできたから、大丈夫。父さんも分かってくれる。勝手に家を抜け出したのは良くなかったかもしれないけど、そういうわんぱくな子供だから、ボクの行動は何も変じゃない。よし。



「こっころーのなーかっ、いっつもいつーもっ、えがーいてーるーっ。えがーいてーるーーー」



 陽気にドラえもんの歌でも歌いながらのんびりマイペースに帰ろうじゃないか。今日は少しだけ疲れたけど、家に帰れば元通りだからね。何事もなく、平和で平穏な日常に戻ろう。


 あー、早く学校に通いなおしたいなー! 久しぶりに海原くんや横井くんや長尾くんとプロレスごっこでもしよう! 1年のブランクがあっても最強の座は渡さないぞー!

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