』なくても支障はない夢の話「
「という漫画を描いてみたんだけど、どう?」
『どうじゃない!? なんでボク女になってるの!? でもってなんで子ども産んでるの!? そんでもって人生崩壊の一途を辿ってるううぅぅぅっ!!!?』
「うるさいうるさい。疑問点は一個ずつ述べてよ憂」
『なんで俺は階段から落っこちて殺されなきゃならないんだよ。そんな簡単に人って死ぬか? 踊り場までそんな段数ないだろ』
『それ以前に海原、お前星宮とズッコンバッコンヤッちゃってる事になってっけど! うひぃ〜気持ちわりぃ〜!』
「うっさい、渚と長尾は黙ってて! さっさと外行ってきたら? 邪魔!」
『邪魔て』
『星宮くんと海原くんでBLを描きたいけどそれじゃどうせ反発されるからって強引に星宮くんの事を女にするのはどうなのよ? 小学生でこんなん描くとか刺激強すぎでしょ〜よ。ね、冷泉』
『むむむ……! 海原さんと星宮さんのドロドロの恋愛……悪くありませんね……!』
『ほら。お嬢様には刺激が強すぎたみたい。冷泉が腐女子への道を歩もうとしてる。なんてもの描きあげてんのさ間山』
「別にあたしが何を描こうがあたしの自由でしょ〜? 与能本だって興味津々に読んでたじゃないの」
『途中まではね? 男が女になったらこんな風になるのか〜って意味で興味は引いたけども』
『いやこうはならないでしょ!? ボクんちの両親離婚してないしな!? 息子が女になったくらいで家庭が壊れてたまるかーっ!!!』
『まあまあ。星宮んとこのおばさん若干キツいところあるしな。自然ではある』
『ここまで極端じゃないよ!? てか海原くんは自分の父親がボクのレイプ集会に参加してることについて文句とかないの!?』
『まあいいんじゃね。フィクションと現実は混同するもんじゃないからな。現実でこれやってたら流石にドン引きだけど、現実の星宮はちんこ生えてっし。なら問題ないだろ』
『あるよ!!! 文句言うべきだよ!!!』
『いいじゃねえの、そもそもお前が桃果をオタク沼に引きずり込んだんだ。多目に見てやれよ』
「そういう事。さっすが渚は分かる男ね、でも邪魔だから早くどっかいって?」
『なんで擁護したのに邪魔者扱いされるんだよ。相変わらずいけすかねぇ〜。よくこんなのと付き合えるよな、星宮は。女を見る目ないんじゃねぇの?』
『それは例え海原くんといえど許せない暴言だよ?』
『やべっ、怒った怒った。逃げろー階段から突き落とされる〜』
『落とすかぁ!? もう〜、妄想を描くにしてもなんか重いよ桃果ちゃんっ! 描くならせめてハートフルなやつ描いてよ! なんでこんな誰も幸せにならない漫画描いたのさ、病んでるの!?』
「リアルを追求したらこうなった。あたしの目にはラプラスの悪魔が潜んでるからね、これはいわば未来予知だよ。ノストラダムスと呼んでね」
『物語開始時点で現実に存在しない病気を罹患しちゃってるから何の意味もなさない未来予測だからね!? てかなんで架空の病気なのにそこそこリアルに描写するのさ、女になるにしても痛みを伴う感じじゃなくて寝て起きたら女になってた〜ってネタを採用してよ……』
「それだと底抜けのバカ属性である憂の心を軋ませられないじゃん。あたし、苦痛とか葛藤なしに別物に変身するみたいなストーリーあんま好きくな〜い」
『一応確認なんだけどボクの事好きではあるんだよね?』
「好きだよ。だからあたしはこれをネットで販売する。収益を得るよ。星宮TS鬱エロ同人誌でね」
『どうしてそうなるんだろう絶対駄目だよ? そもそも小学生が描いたR指定同人誌なんて世に出していいわけないでしょ!』
「大丈夫よ。ここからいらない部分を削って構成を整理してからペン入れするからまだまだ世に出すまで時間かかるし。出せて最速来年かな」
『中学生でもアウトだよ! 18歳になるまでそういうのを世に出すのは駄目でしょ!』
「居るんじゃない? 世の中探せばそういう人も」
『リアル中学生エロ同人作家? 居たら相当レアケースでしょそんなの……』
「あたしもそこに名を連ねて一発当てるわ! そして得た収益をデート代に回す! 憂で稼いで憂と遊ぶ! 自給自足ね!」
『それで奢られるボクの気持ちよ。自分自身の尊厳をめちゃくちゃにされてるエロ本で食べるご飯が果たして美味しいとは思えないよ』
「んー、でも言うてそんなにエロエロしてないのよねぇ現段階だと。もっとセックス描写に力入れるかぁ。でもそうなるとあたしおっさんの絵とか描きたくないから自動的に渚とのシーンが多くを占める形になるけど」
『やめてね!? 本当にやめてね!!! それより早く帰ろうよ! 今日はお祭りの日だよ!』
「はいはい。ごめんね〜与能本、冷泉も。彼氏が早く早くってうるさいからここら辺で失礼するわ。じゃね〜」
『はーい』
『また明日ね〜』
「そういえば、前までここラーメン屋さんだったのにまたお店閉まっちゃったよね。次は何のお店になるんだろ」
『次は焼肉屋さん? になるんじゃなかったっけ』
「そうなの? え、謎の情報通。憂の知り合いがお店開くの?」
『違うよ。ほら、中一の秋ぐらいから新しい看板立ってなかったっけ』
「あー……そう、だったかも? あんまり覚えてないや」
『いつも帰り道はここを経由してたのにねぇ。まあ、あんまり学校を楽しめてなかったから歩く時の視線も地面の方を向いていたし、印象に残らないのは当たり前か』
「そうだね。星宮ともっと話したいのに、素直にそれを伝えられないし神出鬼没だしで長い間悶々とした気持ちを抱いてた。確かにあの頃は足元ばっか見てた気がする」
『神出鬼没てそんな、人を幽霊みたいに〜。ボクにも色々あったのさ、お腹の大きくなった中学生がそんな簡単に外なんか出れるかって話だしね』
「いいじゃん。えっちじゃん」
『うんその返しは異常だからね間山さん。えっちではないよ、事だよ普通に。こんな寂れた村だからのらりくらりと大問題を回避出来てるだけで普通に考えたらニュースになっててもおかしくない事態だからね』
「何気に因習村っぽさあるわよねこの辺って。こわぁ、さっさとこんな村から脱出しなきゃ」
『中卒で上京フリーターは人生ハードモードではあるよ。本当に高校進学しなくてもいいの?』
「本音を言うと女子高生になってみたさはある。制服とか可愛いし」
『間山さんの成績なら今からでも全然高校進学できる範疇だと思うけどなぁ』
「星宮が出席日数ゴミすぎてそこら辺絶望的なんだからあたしも進学しな〜い。星宮が居ない高校なんて通っても楽しくないもん」
『何かが足りないからって何も楽しくないなんてことは無いでしょ。きっと行けば新しい友達とかできるし、楽しいことだって見つかるよ』
「どうだろうね」
『言ったでしょ〜? 生きてれば楽しい事だってあるかもしれないって。楽しいと思えるハードルを下げちゃえばいいんだって』
「言われたけど」
『間山さんは変に根が暗いというか、ネガティブ思考なのが良くないんだよ。ボクのことを馬鹿だ子供だって言うけど、賢ぶって不幸になるよりは純粋無垢なつもりでちょっとした幸せを噛み締められるようになった方が人生マシになるって思わない? 明るい女の子になろうよ、間山さんも』
「自分は強い子、明るい子って暗示して苦しみから逃げ続けた星宮に言われてもなぁ。そういう風に振る舞えてただけで、内心メンタルボロボロだったでしょ」
『ありゃ。バレてた?』
「バレるわよ。あたし、ずーっと昔からあんたの事好きだったんだもん。何年間目で追ってたと思うの」
『あはは。海原くんに置いていかれて泣きべそかいてるのを見つけた時から好きなんだもんね。桃果ちゃんでも泣くことなんてあるんだねぇ』
「当たり前でしょ。あたしが泣かなくなったの、渚の事を酷い奴だって思うようになったのもあるけどさ。それ以上にあたしの事を何も覚えてない憂に対して怒ってたのもあるんだから。酷いよ、まったく」
『ごめんごめん。じゃああの時の続きをしようか。ほら、桃果ちゃん。ランドセルなんて置いて置いて!』
「憂ももうそのぬいぐるみ置いてって。二人だけで見るんでしょ、花火」
『そうだね。すまぬ、イルカさん。陸上生物ではないのにこんな場所に放置することになってしまった。ボクたちの荷物を見ていておくれ』
「問題ないわよ。イルカって哺乳類だし、肺呼吸するから別にここで放置されたところで痛くも痒くもないでしょ」
『自重で肺が潰れちゃうんだよなぁ』
「くわしっ。イルカの生態に異様に詳しいな憂ったら」
『ボクが、というか君が詳しいんだけどね。絵の練習するためとかいって色んな動物の生態を調べてたもんねぇ』
「役立ったことはないけどね」
『これから役立ててればいいさ。よし! ベンチまでダッシュだー!!』
「わっ!? 早いよ憂っ! 腕痛いって!」
*
パラパラと、空で爆発した花火の欠片が地上に向けて落ちていく光景を目に焼きつける。
花火なんて、別に綺麗と思ったことなんて一度もない。ただの火薬の爆発に過ぎないソレを、派手に雑音を響かせながら落下していく光を見ているとなんだか寂しい気持ちになるから、あたしは昔から花火なんて好きでもなんでもなかった。
そもそも、花火を見るだけならあたしの部屋からでも見えるものだからって間近で見る機会も無かったというのもこの冷めた感想を抱かせる要因だったと思う。
星宮憂と出会って、彼も含めた友達グループ複数人について行く形で夏祭りに行って、輪の中に混じれず離れた所で見上げた花火はやっぱ綺麗さよりも寂しさの方が印象深くて。
思えばその日から、あたしは祭りがあっても花火を眺めるなんて事をしないようになった。
「花火って、なんで下に落ちていくんだろうね。ずっと空で咲いていればいいのに」
『そりゃまた不思議な事を言い出すねぇ。物理法則をご存知ではない?』
「折角空まで打ち上がったのに、ほんの一瞬だけ爆発して後は下に落ちていくなんて悲しいじゃん。なんか、必死に手を伸ばしてるのに結局届かず諦めて手を下ろしてるみたい。嫌な気持ちになる」
『連想ゲームだねぇ。ロールシャッハテストでもしてるのかな?』
「インクの染みを指して言ってるわけじゃないから」
『染みみたいなものでしょ、ここで見る物なんて。全部が全部、間山さんの記憶が滲んで染みになったものに過ぎないんだから』
「……」
『……ごめん、間違えた。今は桃果ちゃんだったね』
隣で優しく喋る星宮の手にあたしの手を重ねる。直接目を向けたわけでもないのに、今あたしはそうしているというのが景色としてあたしの頭の中に描写される。でも、あたしの手の下に星宮の手の感触はない。あくまであたしに伝わってくるのは、そうしているというイメージのみだった。
『桃果ちゃん』
「いい。間山さんで」
『桃果ちゃん、こっち向いて』
「……」
星宮の声が、あたしの耳のすぐ近くから響いてきた。でもあたしはその声を無視してただ空を見上げる。目を向けてしまえば、きっとこの夢は覚めてしまうから。あたしは少しでも長くこの時間を長続きさせる為に、顔を動かさないまま口を開く。
「変な夢。小学校なのに与能本と冷泉が居た。中学から知り合った筈なのにね」
『桃果ちゃん』
「それに、あたしは海原を渚って、星宮を憂って呼んでるし。時系列がおかしい事になってる」
『……』
「星宮も、あたしの事を桃果ちゃんって呼ぶし。あたしの事なんか忘れてたくせに。ばか」
『……あ、はは。まあ、怒ってるよね。ごめんね』
「怒ってる。ここであんたに言っても仕方ない事だってのも理解してる」
『それはどうだろう〜。少なくともボクにとっては意味あったけどね。なんで間山さんがあんなに怖い感じの態度を取ってたのか、その理由を知れてよかった』
「なにそれ。……え? なに、もしかして今のあたし達同じ夢を見てるみたいな話? 混線しちゃってるの?」
『みたいなものじゃない?』
「有り得ないでしょ。あたしだったらそういう設定の漫画とか思いつきそうだし、無意識下で星宮にそう言わせてるだけだ。性格悪いな、あたしの深層心理」
『そういう着地に落ち着くんだ。折角オタクの仲間入りしたんだからSFを楽しもうよ。そこで純粋にすげ〜! ってなれた方が楽しいでしょって』
あははっ、と星宮が昔のように笑う。その笑い声は、あたしが記憶から再現したものではなくて本物の星宮が笑っているかと思うくらい鮮明で、明瞭で、つい顔を星宮の方に向けてしまった。
人の影が視界の隅に入った瞬間、何かで視界を遮られる。これは……手のひら? 星宮があたしの目に手を翳して、自分の姿を視認できないようにしている。
「なにするのよ」
『夢から覚めたくないんでしょ? ならもう少しだけ話そうよ』
「……星宮に触れてるはずなのに何も感じないのはちょっと嫌だ。さっさと星宮に抱き着きたい、だからもうそろそろ起きたっていい。あわよくば寝込みを襲いたい」
『欲望に真っ直ぐすぎるな相変わらず』
「ていうかあたしが夢の中で再現してる存在なのにあたしの意思に歯向かうとは何事か」
『夢だって分かった瞬間急に支配者ムーブし始めたな。明晰夢をそんな使い方する人他に居ないでしょ』
「いいから手を退かしてよ。ちょっと体の感覚が戻ってきたと思ったらめっちゃだるくなってるのまで伝わってきたし。暑いし。これ、絶対お昼まで寝過ごしちゃったパターンじゃん」
『あははっ。もう起きる?』
「起きる」
『なら……最期にちょっとだけ抱きしめてもいい?』
「む。夢の中で抱きしめられてもって感じはするけど、まあ、いいよ」
『ありがと』
そう言って星宮が体をこちらに近付けてそっと抱き着いてきた。
……?
おかしい。さっきまで触られても何も感じなかったのに、急に星宮に抱きしめられている感触がした。
「星宮……?」
『声音は困惑してる感じなのにちょっと力強すぎるな。戸惑ってる時ってもっと脱力するよね普通。なんで今全力で鼻から息を吸い込んだの???』
「星宮の匂いがする……!」
『夢の中の登場人物として言いますけど、普通に錯覚だからねそれ』
「しかも学校で嗅いだ時の女の子感の溢れる甘い匂いだ」
『じゃあ100パーセント錯覚じゃん。錯覚って分かるじゃん。力緩めてくれないかな、プロレス技かけられてる感じになってるからボク』
「ディープキスしてもいい?」
『いいけどその場合現実の方の間山さんすっごい気持ち悪い事になると思うよ。唇とベロをしきりに動かしながら寝てる人だからね、寝相不細工すぎるでしょそれは』
「不細工って言われた。じゃあしない」
『賢明だねぇ』
口を止めて腕の力を緩めると、今度は星宮が少しだけ抱き着く力を強めてきた。
『間山さん』
「なに?」
『ボクのワガママに付き合ってくれて、本当にありがとうね』
「どういたしまして。こっちで言われてもって感じではあるけどね」
『あははっ。……さっきの、話』
「うん? さっきの? 鬱エロ同人誌は描くよ? 稼ぐよ?」
『さっきすぎるでしょ。夢の冒頭まで舞い戻ってるじゃんか』
「で、なによ」
『うん。間山さんは少しくらい、明るい自分を演じてみてもいいと思う』
「漫画家の他に女優という道まで選ばせるのか。その二足のわらじは厳しいでしょ」
『そこまで本格的に演技する必要は無いけどさ。でも、いつまでも同じことに囚われて暗いままで居たら本当に楽しい事も楽しいって思えなくなっちゃうかもしれないでしょ?』
「本当に楽しいこと? 例えば?」
『例えば、友達とバカやったり、くだらない事に真面目に取り組んだり、つまらない事をつまらないって愚痴りあったり』
「まるで楽しい事のサンプルとは思えないラインナップだ」
『傍から見てそう思えても、そういうなんて事ないものを同じ目線で、友達という輪の中で経験する事は間違いなく楽しい事だってボクは思うわけですよ』
「そうなんだ」
『うん。だからもう少しだけ、いやもういっその事今のボクが『めっちゃキャラ変したね!?』って思うくらい思い切って、とっても明るい女の子になれたらさ。きっと、間山さんは過去のしがらみから解放されて一人でも生きていけるような気がするから。だから』
「だから?」
『……あっ。やばい思わせぶりな間を取ってたら限界きちゃったみたい!? もわあああぁぁぁっ!!? 体が金の粒子になっ、サーヴァントみたいな消え方してるぅうううっ!!?』
間抜けな声を上げていた星宮の姿がパッと消えて、つい体が前のめりに倒れかける。金の粒子になるとか何とか言ってたけど、別にそんな事なかったですけどね。何の前触れもなく急に霞のように見えましたけど。
「どんな夢よ……」
星宮が消えた辺りから一気に全身が重くなって、目の前が真っ暗になった。どうやらもう夢から覚めて、あたしは今自分の瞼の裏側を見ているようだ。
変な夢を見ていた割にはガッツリ熟睡していたようで、身をくねられてから起こすと長時間睡眠した後のような倦怠感が全身を襲った。
「……っ?」
瞼を開けようとした刹那、フワッと一瞬だけ何かが頭の上に乗った気がした。けれど手で確かめてみてもそこには何も無かった。……毛虫でも乗ったのだろうか、もしそうなら気絶という形で再び入眠してしまう。
強い日差しに当たっていたのかちりちりと足先の肌が痛む。四方を壁で覆われていない廃墟小屋で雑魚寝してたから影の位置が変わったのか。
やっぱり寝過ぎたなぁ、星宮がまだ寝てたらどうしよう。起こすのは申し訳ないけどもっと暑くなるまでこの蒸し小屋の中に居るのは御免だよ……。
「……? 星宮?」
眠い目を擦って隣を見るも、そこで寝ているはずの星宮の姿はなかった。あ、でもよく見たら地面に雫の跡がある。
日向になっている所は水滴が蒸発してそれらの跡は消えていたけど、代わりに足を引き摺ったような砂の跡が残っていて星宮がどこをどう移動したのか丸分かりだ。
また一人で逃げ出したのかとも考えたけど、今の星宮は体力的に一人で遠出できる状態じゃないしそれは無いだろう。多分、喉が渇いたか涼みたいって理由で川の方へ歩いていったんだろう。
「イルカのぬいぐるみ忘れてってる。珍しいな……」
近頃肌身離さず抱き締めていたイルカのぬいぐるみがあたしの隣、星宮が寝ていた所にくたっとした状態で置かれていた。海原がくれたものとかいう、あたしにとっては特級呪物としか思えないアイテムを置いていくとか余程暑かったんだなぁ。分かる、あたしも今までにないくらいダラッダラに汗かいてるし。
「ついでに持ってって、星宮の前で水洗いしてやろうこいつ。砂で汚れちゃってるし」
イルカのぬいぐるみを持って、星宮がしていたように抱きしめると仄かに星宮の残り香が鼻をくすぐった。洗ったらこの匂いも取れちゃうかな。まあ、不潔なぬいぐるみを持ち歩かせるよりかはマシか。
「よいしょ」
熱にやられて重たい体で立ち上がり、倒れないように一歩ずつ川の方へ歩く。
これ、病院行くとかより先に体調不良で気絶しないか心配になってくるな。スマホがあったらここで救急車を呼ぶことも出来たんだろうけど、もうずっと前に置いてきちゃってるからこの足で病院まで行かないとダメなのか。耐えられるかなぁ〜……。